55話 エルガーたちの痕跡を見つけたぜ
「まったく! ワシは床の石に同化してしまえば平気じゃが、アユカが可哀想じゃろ!」
「いや、説明がめんどくさかったっつか、まあそんな感じで……、アユカ、悪かったな?」
「……ごめん、なさい、びっくり、した、だけ」
珍しくムギリに怒られながら、俺は腰を抜かしそうに驚愕したらしい床にへたり込んだままのアユカに声を掛けたら、真っ赤に赤面したままで、返事して来て。
「んと、コテツ姉の背中も、アユカちゃんの服も乾いたっぽいよ?」
「オウ、そうか。んじゃ……、アユカ、立てるか?」
俺の背中とかを確認してたレムネアが言うもんで、俺は相変わらずへたり込んだままのアユカに手を差し伸べたら、アユカはその手を取って足を震わせながらも、頑張って立ち上がってた。
「大丈夫? 匂い、しない?」
「っあー、そりゃアユカや俺の嗅覚で嗅げば『多少臭う』のは仕方ねえだろうが……、普通の人間たちにゃ気づけねえと思うぜ?」
自分の衣服や、アユカを担いでた俺の背中周辺をくんくん嗅ぎ回りながら不安そうにアユカが言ってるけど。
まあ、『びっくりしすぎて失禁』ってのは、そりゃ恥ずかしいよな。
俺は魔法使えるから、インシェルドのかけた<落速減衰>が効かなくたって全員救出するくらい訳ねえし、俺の魔法の熟練度を知ってるレムネアも心配してなかったみたいだが……。
アユカは俺らと付き合って日が浅いんだった、ちょっと考えなしすぎたぜ。
「問題ないぞい。それより、今回は食料など持ち込んでおらんからの、進むなら、先を急がねばならんぞい?」
「アァ、解ってる。――悪いけど、アユカ、頼めるか?」
「わかった。アユカ、頑張る」
遥か上の方にぽっかりと四角い光が見えてる、開けっ放しの入り口の扉をなんとなく見上げながらアユカに頼んだら、アユカはぶるる、と全身を震わせて、おもむろに床にしゃがみ込んで片手を付いた。
「犬の嗅覚を使う、とは考えたものだな? 犬面族ベースの獣人、というアユカ嬢なら、先行したパーティが居ればその匂いを辿って先に進めるということか」
「別にこのために連れて来たわけじゃねえんだが……、エルガーたちがシルフィンとシフォンを連れてっちまって、そのまま帰って来てねえからな」
「ほう? シルフィンとシフォンとは、エルフだったか? 流石、人脈が豊富だのう」
アユカが匂いを辿ってる間、なんとなく手持ち無沙汰なんで、俺はインシェルドと会話しながら手早く戦闘装備を再確認してたけど。
『シィ? 起きてるか?』
《呼ばれて飛び出て以下略っ、起きてるよ、コテ兄? どしたん?》
『今更だけどな? このインシェルドって爺ぃ、なんかおかしくねえか、言ってること?』
《んと、あたしも『目覚めたばっかり』で状況が掴めてないんだけど……、どこら辺が?》
逆に脳内のシィに問い返されて、俺はうっかりしてた、って思ってちょっとだけ唇を噛んだ。
……村の村長宅でインシェルドの手引で俺に憑依してる状態から、半物質化、つまり霊体になる相互変換のやり方を教わったシィだったけど。
その過程で判明したんだが……、このシィが持ってる前世の知識は『死亡直前どころか、そのずっと前の、俺が吸血鬼として目覚めた辺りまでで記憶が止まってる』んだよな。
そこから俺がシィを噛み殺すに至る過程はどうやらシンディの記憶操作? で覚えてないか、思い出せないようになってるらしくて、聞いても全然解ってなかったんで、俺も辛い記憶だし教えちゃいない。
このシィの認識じゃ、俺が研究室で吸血鬼の能力に目覚めて、シィと面会してる途中でぶっつり意識が途切れて、そこからシンディの手で俺に憑依させられるまでが完全に空白らしい。
――ってことは、当然、エルガーやシルフィンやシフォンのことも、カスパーン爺さんやハインのことも全然知らないんだよな。
……もちろん、このシィは、『自分がシンディと死ぬ間際に契約を交わした』ことも覚えちゃいねえ。
『アァ、そうだった。――軽く説明すっと、今、このクソジジイが言ったシルフィンとシフォンってのはエルフの姉妹で、エルフってのは寿命がねえんだが』
《んっと……、インシェルドさん、千年以上後の未来から飛んで来た、って言ってたよね?》
『察しいいな? さすが俺の血を分けた妹。そう、千年後、なんてちょっと途方もなさすぎて想像も出来ねえけど、他のことじゃ俺から直接聞いた、なんて話を何度もしてるのに』
《エルフ姉妹の話を初めて聞くみたいに話すのはおかしいってこと?》
『――そうだ。それに、どうやらコイツ、アユカのこともヒトツメのことも知らねえっぽい。……獣人で千年後まで生きちゃいないだろうアユカはともかく、ヒトツメも同じ神族で、寿命がねえのに』
憑依状態に戻って姿を消してるシィと脳内で会話しながら、ちらり、とインシェルドに目を向けると、インシェルドも装備確認で――っつかこのジジイ、ローブと杖以外に何も持ち込んでねえんだけど――、俺の方には目もくれずに杖の握り具合を確かめてるみたいだった。
『悪いけど、このジジイのこと、監視しといてくれるか? 他にも理由は盛り沢山だが、やっぱ、めちゃくちゃ怪しいからな』
《うん、解った! コテ兄のためなら頑張るー!》
『ハハッ、撫でられねえのが残念だぜ』
元気良く答えを返して来たシィに答えておいて、頼み事の済んだ俺は、床に這ったままでじわじわ先に進んでるアユカの後を追う。
――シィが俺の脳内に住んでるのは神のシンディの方との協定で他には秘密、ってことになってて。
そっちの方が今みたいに他に内緒でいろんな頼み事するのに都合がいいし、シィ本人も困ってねえから、仲間たちにゃ悪いが、誰にもシィの存在は教えてねえ。
問題は……、なんでインシェルドが、その、誰にも秘密のはずのそれを知ってんのかはマジ解らねえが、――コイツが言ってる内容が真実だとしても、まだまだ胡散臭すぎるし。
……俺の五感が常人の数万倍に達してんのはもう14年もこの人形の身体と付き合って来て慣れてるが、俺に憑依してる状態のときだけ、シィもその能力を間借りすることが出来るんだよな。
で、シィが俺に憑依してるときってな、その俺が無意識にシャットアウトしてる意識外の五感を感じることが出来るんで……、この人形の身体の能力を、俺とシィで別々に手分けしてる状態になるんだ。
――シィが霊体のときなんか、俺の最大の弱点な痛覚も常時無効に出来るから、もしかしたら俺よりも強力かもしれねえな。
まあ、シィは魔法を使えねえし、霊体だから物も持てずに素通りしちまうんで、超人能力を使える幽霊、みたいな立ち位置だが。
「うん。匂い、覚えた。進む?」
「オゥ、いいぜ? 準備出来てるよな?」
メイド服のスカートを軽く両手ではたきながら立ち上がったアユカが間近に居た俺にそんなこと聞いて来るんで、答えながら他の面々を振り返ったら、口々に同意の返事が返って来たもんで。
「んじゃ……、どうやら先に迷宮クリアした奴らが居るなんて締まらねえが、そりゃ置いといて。――《岬の迷宮》の冒険、開始だ」
おー!! なんてレムネアが率先して腕を突き上げてるもんで、俺も付き合って片腕を上げてみた。
前世でも今世でも、俺はどうやら頼れる兄貴をやる運命らしい。
――唯一の不満は、そろそろ言い逃れ出来そうもねえくらいの美少女の身体になっちまってることなんだが。
このまんまずっと女の身体で生きるしかないんだったら、早いとこ背丈をどうにかしねえと、『三人姉弟ん中でいちばんチビの長女』になっちまうんだよなー。
こないだのシンディからの吸血成長は失敗しちまって、胸と尻に化けちまったから。
……なんとか、背丈を伸ばす方法を探さねえと、年長者の威厳を失っちまう。急務だぜっ。
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「こりゃ、アドンとサーティエの仕事じゃの。相変わらず、巧いことやりおるわい」
「うん、ボクも分かるー。っていうか、びっくりだよー。ほんとはこれ、作動したら上の天井の一部が落ちて来ると思うんだけど」
どこから持ち込んだのか、スイッチになってるらしい床石の一部の直前に、直径五センチ程度の鉄棒が突き立てられてあって、馬鹿でもスイッチに気づくようになってた。
レムネアの言葉通り、半円状になってる天井をよーく見たら、どうやら動く部分に沿って、天板を覆ってる苔や汚れが境界っぽく段差状になってて。
「恐らく、エルガーたちは動かさずに通過しとるのう。――石の精霊は専門外じゃろうに、よくも気づいたものじゃ」
「えるふ姉妹ノ仕事ナラバ、石ノ精霊デハナク、天井ヲ覆ウ苔類ノ植物ノ精霊ニ聞イタノダロウ」
ムギリの言葉に、ずっと喋れないみたいに押し黙ってたヒトツメが、岩くれが喋ったみたいな超絶低音で相槌を打ってて。
どうやらヒトツメが喋れることを本気で知らなかったっぽいアユカとインシェルドが、びっくり目で凝視してた。
「ただ落ちて来るだけなら幾らでもやりようはあるんだろうが……、もしかして、いっぺん動き始めたら止まらない系のやつか?」
「そうじゃろうな。動かしてみなければ断言出来んが、恐らく《水と炎の迷宮》と違って、純粋に精霊力のみを利用した罠じゃろう、と思う」
「じゃ、動かさずに正解で、こりゃエルガーたちが後続のために残した警告、ってことか」
「そうじゃの。――《水と炎の迷宮》では単に通過しただけじゃったが、後々他人も探索に潜ることを考えると、ワシらも今後、これを見習った方が良さそうじゃの?」
ムギリの思案顔に頷いて、俺はもう一度、どうやらアドンが力任せに打ち込んだらしい、ちょっと抜くのに一苦労しそうな、床から生えた鉄棒を見下ろした。
「他人のことを思いやるアドンとサーティエやエルガーらしいぜ、この対処。……見習うのはいいんだが、また疑問が生まれちまったな」
「そうじゃの……。ここまで他人の配慮が出来る人間が、何故連絡も残さずに失踪してしまったのか、じゃろ?」
「アァ。ほんとに、それだな」
ムギリに答えながら横を通過して、先で立ち止まってちょっとだけ寒そうに身震いしたアユカの腰を抱き寄せて、罠のスイッチを避けつつ俺は歩を進めた。
「まあ……、最後まで到達して、アイツらが何を発見したのか、そいつを確認してみるしかなさそうだぜ?」
俺の言葉に同意したのか、少しだけ表情を引き締めて後ろに続く面々を軽く振り返って確認して、俺たちは《岬の迷宮》を、更に奥へと進んだ。




