54話 岬の迷宮探索だぜ
「コテツ姉もごめんね? なんか、いつの間にか気絶しちゃっててさ。アユカちゃんも、無事で良かったよねっ!」
「アァ。まあ、傷が大したことなくて良かったわ」
どうやらレイメリアに薬を嗅がされたことを覚えてないらしく、そんな風に言って照れてるレムネアを抱き寄せて、俺はそんな風に答えた。
「大事な身体なんだから、あんまり心配させんな?」
「――妹として、大事、ってこと、だよね?」
「……? 当たり前だろ? 他に何が?」
なんか、腕の中でレムネアが盛大に溜息ついたんだが。なんか、変なこと言ったか、俺?
とか適当にじゃれ合ってたら。
「夫が妊娠中の妻に掛けるような意味深な言葉を、妹相手に自然と口に出すでない」
ずびしっ!
「ぐおぉぉぉ、頼むから、知覚外からいきなり殴るなよ! 殴られるほどの言い間違いじゃねーだろ、今の!!」
この、インシェルドさんの……、いや、もう、さん付けとか要らねえだろ、クソジジイのインシェルドの杖、マジで避けられねえんだよな!
「仮にも迷宮探索中になんじゃ、その気の抜けた態度は。リーダーの油断がパーティの危険に繋がると言うのに」
「そりゃ解ってっけどよ? ――危険があるとしたら、『階段から落ちる』くらいじゃねえのか、この場合?」
下り階段のいちばん後ろを歩いてるインシェルドを振り返って言い返したら、それには答えずにまた杖を振り被ろうとしたんで。
俺は慌てて先頭を歩いてるムギリとヒトツメを追い抜いて避難したら、思いっきりムギリたちに苦笑されちまった。
「ほっほっほ、さしものコテツ嬢ちゃんも、頑固爺いには形無しか」
「……アァ、そんな感じだ。くっそ、なんで避けられねえんだ? ただの杖っぽいのに」
ムギリに適当に答えておいて、なんとなく、馬鹿でけえ円筒状の穴の外周に沿って螺旋状に下ってる迷宮の階段から、下を覗いてみるけど。
「ほんっとに深いよな? どれくらいあるんだこれ?」
「小石を落とした落下音から計った感じ、約一キロメートルほどじゃな」
「うえー?! 歩き疲れそう……」
アユカとなんか楽しげに話しつつ俺らの会話を聞いてたレムネアが、後ろの方で驚いた声を上げるのが聞こえて、今度は俺が苦笑して見せた。
「心配すんな? 俺とムギリとヒトツメって疲れ知らずが居るんだ、疲れたら担いでやっからよ?」
「んっと、それならボク、コテツ姉がいい!」
「何なら今すぐでもいいぜ?」
「わぁい!」
足場が悪いんで飛びつくのは遠慮したのか、ぱたぱたと早足で駆け下りて来たレムネアを、素早く抱き上げてお姫様抱っこ、だ。
「アユカも乗るか?」
「え、あ。んと。乗りたい、けど。アユカ、重い?」
「気にすんなっつの。ほれ、……つっても、両手は塞がってっから、背中に来い?」
レムネアを横抱きにしたまんまアユカの前で背中向けてしゃがんでやったら、おずおずと遠慮がちに首に手を回して来たんで、そのまま勢い良く立ち上がって背中に乗せたまんま、俺は普通に階段を下るのを再開した。
「でも……、大丈夫なのかなあ、ママ……」
「心配すんなっつったろ? ハダトさんたちも着いてんだし、問題ねえよ」
腕の中で心配顔で、見えるわけもないんだが気分的なもんか、もう結構に遠ざかった《岬の迷宮》の入り口を仰ぎ見たレムネアに答えながら、俺はその頬にいたずらっぽく顔を擦り付けた。
くすくすと笑い始めたレムネアと背中のアユカの声を聞きながら、なんとなく心が温まった気がして、気づかれないように胸の中でため息、だ。
「ハダト率いる探索隊も災難じゃったの? 迷宮探索に意気込んでやって来たというのに、村で発生した疫病の処理に追われるとはのう」
「アァ……、まあ、仕方ねえよな。一応、軍人なんだし」
ちらり、とインシェルドと目配せして、素知らぬ顔で俺はムギリに頷いてみせた。
――殺人鬼が出た、実は俺、なんてまともに説明したらややこしくなるし。
村人と一緒に隔離されてるインダルトの胸にはシスの街に居るハインに何もかも筒抜けになる<神核>がくっついてるから、ある程度状況が落ち着くまでは『村人にあんな目に合わされたレイメリア』とも会わせらんねーし、で。
軽症の村人とインダルト、遅れて到着したハダトさん率いる俺の配下の迷宮探索隊とレイメリア、でそれぞれ別に村の内外で待機して貰って、その間に村の中の死体や壊れた家々の後始末をハダトさんに頼んでんだよな。
で。
結局、『エルガーたち、プラスどこから出て来たんだかよく解らない白い子供が村を出た後でどこに行ったか』ってのがよく解らなかったんで。
インシェルドは白髪だってことでレムネアと勘違いしてたみたいだが、その、白い子供が出て来たんだろう、って思われる……、ムギリとヒトツメが村の東端、海に突き出た岬の下に発見した、封印されて隠されてたこの、《岬の迷宮》に潜ることにしたわけだ。
「しかし、知らんかったのう? ワシはてっきり、迷宮に潜る際には必ずこの、冒険者カードが必要なのじゃと思っておったが」
「アァ……、そのうち全員に行き渡ったらそうなる予定らしいんだが。まだ登録人数が少なすぎて探索人数と釣り合わねえもんで、な」
「あ、ボクお父さんに聞いたことある! 一枚のカードで六人まで非登録者を連れて行けるんだっけ?」
俺の腕の中で片腕を上げて急にレムネアが発言するもんだから、俺はちょっとよろめいちまって、光も届かないくらい真っ暗な下を覗いちまったらしい背中のアユカが可愛い悲鳴を上げた。
「とっとっと。場所が悪いから、あんまし暴れんな? うっかり落としたら末代まで笑い者だぜ」
「あ、ごめんー。コテツ姉にずーっと抱っこして貰う、って最近ずっとなかったから、つい」
レムネアの方は、うっかり落ちても俺が神刀でどうにかする、って信じ込んでるみたいで、全然慌てた様子もないけどな。
「あれ、そうだったか? ――そういや、ガキの頃以来か。別に疲れるわけじゃねえから、いつでも甘えていいんだが」
「って、ボクもう13歳だよ? ガキじゃないもーん」
「そういうこと言ってる間はガキなんだよ」
真っ白な<光球>の明かりに照らされた白い肌を紅潮させて唇を突き出して不満そうに言った至近距離のレムネアのそれに軽く口づけておいて。
レムネアが瞬時に両手で口元押さえて恥ずかしがるのには構わずに、俺はもう一度、階段の縁から下の方を覗き見る。
「どうすっかな? 下に何もないんだったら、『落ちた方が早ぇ』と思わねえか?」
俺の発言になんかめっちゃムギリとかがめっちゃビビってるけど、お構いなしに、最後尾のインシェルドを見上げたら。
「多少何かあってもこの面子なら対処可能だろう。どちらがやる?」
やっぱ、同じこと考えてたか。
「俺は両手塞がってっから、お手並み拝見、だな」
「怠け者めが。新参の老人に働かせて、恥ずかしいと思わんのか」
インシェルドが俺に向かって叱責して来るけど、口元が笑ってるから本気じゃなさそうだ。
でもいつあの杖が来るか判んねえから、俺は努めて杖の範囲外に遠ざかって、インシェルドが術を使うのを遠目で眺めてたら。
「<落速減衰>。――いいぞ?」
「オゥ。めっちゃくちゃ発音いいな、オイ」
「暗黒神直伝だからな」
「へえ? この時代には居ないんだってな、そいつ」
軽口叩いてる間にも、ぶわっ、って勢いでインシェルドを中心に、どうやら闇系統の魔法らしい黒い粒子が角を生やすみたいに飛び出して――、それが俺たち全員の身体の周囲をくるくると回転するみたいに螺旋状に周回しながら空気に溶けてく様子を見ながら。
――俺は、おもむろに、初めて見る魔法の種類に固まってる全員を、片っ端から奈落の底に向けて突き落とした。




