05話 弟に負けたのが悔しいんだぜ
「……エルガーは筋がいい。……コテツは剣筋だけはいいが、小手先に頼りすぎる」
言われるなり、仕掛けた小手からの片手面をあっさり読まれて、俺は手首への鋭い一撃だけで木剣を取り落とした。
というか、エルガー相手のときより全然手加減してくれてるのはほんとに判る、解ってんだけど。
「うがあぁぁぁ、いってぇええぇぇぇぇぇぇえええぇぇ!!」
「……痛みにも弱い。致命的だ」
ぼそり、と呟くように告げるアドンの声には感情が篭ってないように聞こえるけど、10年以上も一緒に暮らした親父みたいな奴だ、俺とエルガーにだけは、その言葉に全力の謝罪の意志が込められてんのは解ってる。
「うううぅぅ、悪ぃ、アドン、しばらく俺休憩、いっつぅぅぅ」
「しばらく見学しておけ、腫れるようなら……」
「川に行って冷やせ、だろ? 解ってる、でも見学しとく!」
実際のところ、状態固定の身体だから頑丈さじゃそんじょそこらの戦士にも負けないくらいの耐久力はある。そりゃ確実。
アドンの振った木剣の一撃で綺麗に手首の関節を打ち据えられた今も、肌に傷一つついてない綺麗なもんだ。
――だけど、精神にがっつり突き刺さった激痛の感触はそう簡単に回復するもんじゃねえ。
なまじ感覚が鋭敏すぎて、ある程度聴覚や視覚は自己調整できるつっても、身体に直接触れる感触……、特に痛覚は瞬時に遮断出来るような代物じゃねえしな。
それに、地球で県大会出場経験あるから、なんて浮かれてたけど、村でガチの猟師と護衛の戦士を兼任してる歴戦、つってもいいくらいの風格を持ってるアドンからしたら――、俺が持ってる剣道の経験なんて鼻で笑う程度の素人のお遊びだ、ってのが判っただけでも収穫だった。
エルガーの12の誕生日、ってことで今日から本格的に剣術修行をやる、っつーことで俺も見学がてら、村外れの厩の近くの広場で同じように剣術や槍術の訓練受けてる年長組に混じって、こっそりいつものように木剣振り回してたんだけどさ。
俺が母親代わりのサーティエに習ってる魔法陣魔法や、シンディから直で教えられてる詠唱魔術よりも剣術の方が好きだ、ってのは村の幼馴染の悪ガキども、それに剣術修行つけてくれる男衆には周知の事実でさ。
今んとこ村で唯一の女子なんで割りと融通効くっつか、いつも一緒にイタズラ三昧やってる悪ガキ衆と離れさせるのも可哀想と思ってくれてんのか、そんな感じで追い出したりされずに稽古つけてくれるのは有り難いんだけどな。
今までは割りと「子供の遊び」レベルで俺が打ち掛かっても反撃せずに居てくれた男衆が、今日からは子供扱いじゃないってことなのか、どんな小技使っても全部を全部、跳ね返して反撃してくる。
どうやら手加減が致命的に苦手っぽい、村で最強の戦士らしいアドン以外はそこそこ手加減して軽く叩くくらいで終わってくれるけど。
アドンだけは凄い速さで瞬時に俺の木剣を防ぐと同時に反撃が終わってる――、攻防一体、交差法ってやつか?
そんな速さで打ち据えられるもんで、周りの大人たちから怒られてるのが見えるけど、アドンが手加減苦手なのは周知なもんで、訓練を止められるまでには至ってない。
……そんなことになったら困るのは俺だっての。痛がりなのはもうガキどもにも大人たちにも知られてっから、同世代でもかなり手加減されてっけど、それじゃ俺の練習にならねえ。
痛がりなのは『相手の技を見切って全部避ければ』別に問題ねえし、一発くらいは耐えられるんだから、最悪相打ちに持ち込めば問題ねえ。――首を飛ばされても生存出来るだろうからな。
だが、しかし。
こんな北の寒村で暮らしてるアドンにすら勝てねえんじゃ、俺が大陸を旅する、なんて夢のまた夢、だ。
アドンやサーティエに、村のみんなの話から総合するに、この村――シャトー村は大陸の北東の端っこにある端の端な小さな寒村で、シンディが稼ぎに行ってるのは南の森の向こう、少し大きなシスの街らしい。
大陸全体の大きさってのはシンディから聞いただけだが、地球で言うところのゴンドワナ大陸、つまりヨーロッパとアメリカとオーストラリア、アフリカを全部合体させた大きさに匹敵する単一大陸だそうだ。
たまげたね、びっくりなんて言葉一つじゃ片付けられないくらいの衝撃。
未だにシンディの目的は不明っちゃ不明だけど、この村にも12年も過ごせば愛着出まくって当然だけど、それでも、そんな『地球にも存在しないくらいのバカでかい大陸に居る』なんて聞いちまったら。
……隅から隅まで見て回りたい、なんて考えても不思議じゃないだろ?
東へ西への大冒険、ってやつだぜ、俺の知識欲と好奇心が唸りを上げてる。これをエルガーに話したら付いて来たい、なんて言い出したのは予想外だったが、エルガーの野郎も、俺より成長が早いのはシャクだけど。
……コイツ、弟のくせに12歳で身長は160センチ前後、150センチ台でぴったり成長止まってる俺より頭一つでかくなってるし、まだまだ成長期で伸びてるし、最終的には180センチ超えるんじゃねーのかな?
体格も父親のアドンに似てすらっと伸びた背丈でそれでいて、がっちり太い骨格の上に筋肉の鎧を纏いつつある筋肉質な戦士向きの身体になってるし。
……相変わらず、少しは脂肪が増えたとは言え、ガリガリ細身なまんまの『姉』の俺よりも戦士向きなのは認める。けど。
「――コテツには魔法があるんだから、そっちに専念すればいいのに?」
「るっせえぞ! 左側がお留守だぜ、アドン、やっちまえ!」
「――見えてるし」
くーっ、ムカつく。背丈が俺を追い越した辺りから急に先輩風吹かせやがって。
確かに剣術修行始めたのは体格が早く大きくなったエルガーの方が先だし、アドンの言うとおり、コイツの方が筋がいいのは判ってる。
今も、どうやらわざと左側の盾を下げてガードを下げたように見せかけた誘いでアドンの剣戟を誘って、カウンターで右手の木剣を突き入れようとした攻防が見えてて。
足を踏んだり、盾で殴ったり、アドンとエルガーがやってる攻防ってのは地球で俺が経験してた『お上品なスポーツ武道』とは似ても似つかない泥臭い完全に『相手を殺害することを目的にした実戦向きの剣術』で、それを見てるだけでものすごい勉強になる、のは認める。
いつの間にか、打たれた左の手首を小股に挟んで、いつまでも続くアドンとエルガーの攻防に見とれてた俺の左右や後ろに他で訓練してた男衆や悪ガキどもが集まって、一緒になって見物してたことに気づく。
まだ12歳だってのに、アドンが強いのはそれだけ実戦経験豊富なんだろうけど、エルガーの方はコイツ、間違いなく剣の天才だ。それだけは、少しでも剣道みたいなもんをかじった俺ですら判る。
俺には超感覚があるから相手の目線や少しの動きを感じて攻撃する場所を予測したり、迫ってくる剣をはっきり目視した上で躱したりなんてことは出来るけど、エルガーとアドンの戦いはその更に一歩上を行ってる。
恐らく何千、何万回も血豆を潰して振り続けたエルガーの剣速は半端ないレベルに達してて滑らかで速い上に、熟練の戦士なアドンとの対戦の中で人間の動きを見て覚えたんだろう、攻撃を予測した上で誘いやフェイントを入れてまで戦い続ける戦闘センスってやつは。
――たぶん俺が一生逆立ちしたって勝てるレベルにならないんじゃないのか、って思えるくらいに芸術的だ。
だけど、ただの人間なエルガーにいろんな能力持ってる俺が負ける、なんて悔しくねえ?
俺が能力ちゃんと使いこなせてねえだけかもしれねえけどさ、それでも負けてることがある、ってのは『男の矜持』って奴が許さねえ。――女だけど。
このまま日が暮れるまで戦い続けるんじゃねーのか、ってくらいに激しく剣を打ち合い続けるアドンとエルガーを見てたらなんだかそんな悔しさが体中に広がった気がして、俺は頭を冷やすために川に向かって大きな足音を立てながら一人でその場を立ち去った。