53話 大賢者と全力戦闘したぜ
「殺しすぎじゃ、莫迦もん!!」
……血の海の中で全身を真っ赤に染めて、いい具合に血の芳香に酔い痴れてた俺を一撃でその場から吹き飛ばしたのは、そんな怒声と共に俺に向かって一直線に放たれた馬鹿でけえ魔力の奔流で。
「……アァ?」
「未熟者めが、本能に溺れおって! それで『吸血鬼の真祖』か!!」
「――ナンデ、ソレヲ……。なんで、それを、知ってる?」
吹っ飛ばされた衝撃で半壊した家の土塀に半身をめり込ませた俺が立ち上がる間にも、急速に真っ赤な霧が掛かってたみたいにぼうっとしてた視界がクリアになってったけど。
それと同時に、今の発言のおかしさに、気づいて。
「言ったであろう、私は神と人を結ぶ者にして世界の全てを見聞する者、大賢者インシェルド・ハヤヒ!!」
「……言ってねえから」
よくよく見れば、村の入口からのっしのっし歩み寄って来るインシェルドさんの全身から、とんでもねえ量の魔力と同時に、よく見慣れた真っ白い力――神力も放たれてるのが見えて。
「あんた……、神族だったのか?」
「言っておる最中にお前が飛び出して行ったのだ。全く」
人形の身体で疲労も損傷もしない、つっても、そりゃ肉体だけの話だ。
全身に浴びるだけ浴びて飲みまくった村人たちの血液のおかげで、全力で本能を刺激に刺激されまくった俺は、こいつらと同じように薬物中毒者みたいな状態になっちまう。
ここまでド派手に殺しまくった後じゃ、正気に戻った後でも、脳みそが疲弊しまくっちまって。
「しばらくは動けんのだろう? そこで大人しく転がっておれ」
「待てよ? なんで、俺が吸血鬼の『眷属』じゃなくて『真祖』だって、知ってんだ? この世界にも他に吸血鬼が居るのか?」
俺の横を大股で通過しようとしてたインシェルドさんに、まだ起き上がれずに、言われた通り瓦礫に埋もれたままで声を掛けたら。
「『未来のお主に直接聞いた』からだ」
「――なんだって?」
「しばらくは脳みそも働かんのか。寝ておれ、私は忙しい」
間近を通過しようとしてたインシェルドさんの杖に向けて片手を伸ばして掴んだけど、びしっ! なんて軽い勢いでその手を蹴飛ばされて跳ね除けられちまって。
言われた通り、身体を動かすのすら億劫になっちまってる疲れ果てた状態で、視界の端でどんどん村の奥に向かって突き進んでるインシェルドさんの後ろ姿を必死に目で追ってたけど。
――そのうち、俺は、疲労に負けて眠っちまった。
――――☆――――☆――――☆――――☆――――☆――――
「全く、莫迦も莫迦よ、この大莫迦者めが。私の苦労が水の泡になるところだった」
「……つーか、対処法持ってんだったら先にやっとけっつーんだよ」
「やかましい、痴れ者が!」
ばしん! って杖で頭を殴られたんだが、なんでか状態無効の人形の肉体で痛覚無効まで使ってんのに、その杖で殴られたときだけ痛覚無効効果が消し飛んじまって、俺は頭を押さえてまた悶絶しちまう。
「……っつぅぅぅ! つかよ、説明しろっつの! ――俺が殺した重症の奴ら、ほんとは生かしたまま救えたのか?」
元は村長宅だったっつー、かなり広い大部屋の中央で囲炉裏みたいに焚いてる暖炉を前にして、俺は軽く血を洗い流した身体で胡座をかいて座って、うろうろと周囲を歩き回ってるインシェルドさんの話を聞く体勢になってた。
「――結論から言えば、救えん。殺すしかなかった。そこら辺は理解しておったのだろう?」
「やっぱりかよ。……重症になったらもうおしまいだ、脳内で暗示が反響しまくって、まともに思考するのも難しくなる」
「そうだ。――だが、外部刺激……、音や光に対する反応はまともに対処しようとするので、脳内で外部刺激と内部暗示が相克して行動がちぐはぐになるし」
「――内部暗示が消えないままずっと残るから、閉じ込めても拘束しても、……最後には、発狂しちまう」
「そうだ。……だから、重症者を殺した対処は、正しい」
ぱちぱち、ぱちっ、ぱちぱちっ。
ずぅん、って空気が重くなったように、部屋の中には暖炉で火が弾ける音が響くのみで、重っ苦しい沈黙が支配して。
「結局、あの後、他の村人はどうした?」
「後先考えずに殺人鬼のように虐殺を始めた莫迦者のせいで、暗示のない、治る見込みがある軽症者がパニックになっておったからな。――村の避難所になっている東の食料保管庫に全員を移送した」
「インダルトが居ないのはそのせいか」
「当たり前だ。既に母親は居らんのでその心配はないとはいえ、生まれたときからの付き合いのあるインダルトの知り合いを多数殺したのだ。――孫の保護者として、しばらく孫と顔を会わせんように命令しておくぞ」
言われて、なんとなく、俺はその、村人たちを易々と引き裂いた両手の爪を見て。
来たときはメイドさんたちに真っ赤に塗られてたその爪をなるべく傷つけないように頑張ってたのに。
吸血鬼として血の力で何度も伸び縮みさせた鋼鉄の硬度にまで変化する俺の爪は、伸び縮みさせたせいでマニキュアが剥がれちまって、何も塗ってない生身の爪状態に戻ってた。
「アイツも、可愛いっつってたのにな」
「屋敷に戻ってまた塗れば良かろう。それよりも、この先のことだ」
ぴしゃり、と横っ面を叩かれるように言われて、俺は叱られてるみたいにおずおずとインシェルドさんの顔を下から見上げる。
「あんた……、ほんとに、何者なんだ?」
「大賢者インシェルドだ」
「いや、そりゃ解ってるが……、人間と神を繋ぐ、とかなんとか?」
「神と人を両親に持ち、現時刻より千年後から過去に渡った神人だ」
「――は?」
「先程も見せただろう? 私は神力と魔力と精霊力、全てを同時に操る最強の魔道士、大賢者だ。……コテツが現時代唯一のサムライならば、私は現時代唯一の時空魔法の使い手、大魔法使いだ」
「……えーっと?」
「まあ、諸々の都合で過去にしか渡れない上に、未来に戻る手段は生存し続けるしかないのだがね」
「……???」
流石に、こっちの世界に来た直後ならともかく、この世界で生まれて14年も生活していろんな常識身に付けた後で聞かされる『ぶっ飛び設定』は、いろいろとカルチャーショック過ぎた。
「インシェルドさん……、あんた、『正気』だよな?」
びしっ!
「狂気の吸血鬼の分際で、他人に正気を問うとはいい度胸だ」
マトモに顔面を杖が直撃したもんで、俺は顔面を押さえて声もなく七転八倒してた。
知ってるか? 人間ってな、本気の本気で全力で痛いときってな、声も出ないんだぜ!
俺は人間じゃないし、そんな事実知りたくもなかったけどな!!
「そうだな、疑うのも無理はない。では『現時点の君しか知らないこと』を言い当てよう。――『脳内の妹さん』、シィさんは以前と変わりないかね?」
「……誰に聞いた?」
「言っただろう? 『未来の君自身』にだ。正確に言えば、現時点から千と45年後の君、だな」
《コテ兄? あたしのこと?》
『アァ、お前のことを言ってるっぽいんだが、シィ? こっちの肉体に移ること、シンディは誰かに言ってたか?』
シィ、ってな俺が妹のシンディを呼ぶときの愛称で、これを知ってるのは今んとこ、俺とシンディとシィ本人だけだったはずだ。
そして、この、脳内に居るシィは、俺のそばから離れるシンディが契約履行のお目付け役として『死んだ直後の記憶を持ってる、元の魂から分離した仮想人格』を神血の繋がりを介して俺に憑依させてる存在で――、俺にしか知覚出来ねえはずで。
《言ってないよ? っていうか、あたしの存在は、シンディさんとあたしとコテ兄しか知らないはず》
『じゃあ、アイツは何で知ってるんだろうな? さっき気絶してる間に、自白でもさせられたか……』
《ううん、気絶したコテ兄を、この人は、空中浮揚の魔法でここまで運んだだけだったよ》
ずっと見てたもん! って続けたシィの言葉を聞きながら、俺は少しだけ敵意の籠もった目でインシェルドさんを見つめて。
「もう一度だけ聞く。なんで、知ってる?」
「愚問に二度も答える口は持たない。莫迦者には実力行使で信じやすくしてやろう」
ずべしっ!!
なんっ……で、俺はこの、ただの杖の打撃を避けられねえんだ?!?!
《わっ、わっ?! コテ兄、ちょっ、ちょっと! すごいよ!!》
『アァ、何が、すごいって?』
そんな風に脳内で話しかけながら、俺は、『声が聞こえた方向を振り返って』……。
「うわすげえ」
「すごかろ?」
めっちゃくちゃ棒読みになっちまった。
相槌を打ったインシェルドさんも棒読みなのは俺の口調に合わせたからか?
《すごっ、すごいよ! こんなの、シンディさんにも出来なかったのに?!》
「この時代のシンディが出来ないのは、魂の扱いに不得手で、まだ神力と魔力の複合使用法にこなれていないからだ。ずっと後の時代では出来るようになる」
「シィ。場違いだけど、オマエの姿がまた見れて、兄ちゃん嬉しいわ」
なんか、怪しいって一言じゃ言い表せないくらいには正体不明のインシェルドさんのことなんか、一発でどうでも良くなっちまって。
俺は、半透明の自分の身体をびっくりしたように見回しまくってる、さっきまで俺が座ってた場所にぽつんと浮かんでる、生前の妹の姿を見て、感動に震えてた。
《っていうか、なんであたし、裸なのー?!》
「……ただで妹の裸を見てんじゃねえ、この好色爺ィ!」
「ちょっとした手違いだ、小娘の裸になど欲情せんわ!」
――感動の再会から数分後に飛び出したシィの言葉で我に返った俺は、インシェルドさんと全力の戦闘状態に入って。
村長宅だった家は、ものの五分程度で全壊した。




