51話 有り得ない事態なんだぜ
「なんで、その、『異世界由来』ってのが解った?」
通路より多少は広いつっても、俺とインシェルドさんと二人掛けのテーブルセット、それに一人用の狭い台所があって通路との間の空間でインダルトとちびフクロウのインダールがじゃれ合ってる程度で。
後は、用途不明のガラクタがみっしり密集してるほんとに狭い空間の中で、家主のインシェルドさんと向かい合ってる状況に、俺はかなりの圧迫感を感じたままで、途切れ途切れに問い返した。
ロフトがある関係か、まだ天井の方が開けてるからマシだけど、正直、こういう本気で狭っ苦しい空間は『閉所恐怖症』の気があるもんで、ちょいと苦手なんだよな。
――実は前世の経験で、閉じ込められたらパニック起こして暴れ出すかもしれねえ重症のトラウマ持ちなんだが、幸い、今んとこそういう場所に入ったことはねえ。
「サーティエの推論と、私の文献資料ですな。……サーティエが以前から神の力――、『神力』について詳しい、と言っておりましたが、そうか。貴方のことですな?」
「正確には、俺だけじゃなくて他にも何人かこの世界に来てんだけどな」
「神を数える単位は『柱』ですな。人ではありませんから」
「また横道に逸れようとしてんぜ?」
俺の指摘に、演技なのか本心なのか解らねえが、インシェルドさんはしわくちゃの顔をくしゃり、と歪ませて笑ってみせた。
「これをやるから嫌われる、と解っておるのに止められないのが賢者のサガでしてな。知っていることを全て指摘してしまう。黙って流せば平和なのに」
「話の続きを、いいか?」
「そう、サーティエは以前から神力について詳しく知っており、たくさんの不審火跡から感じられた魔力の残滓が、その神力のどれとも――、もちろん、普通の魔力や精霊力とも全く違う点を不審がっておった」
……すんげえシリアスな会話シーンなのに、俺らの周りを頭押さえて悪態付きながらぐるぐる回って逃げてるインダルトと、面白がってんのか螺旋飛行しながらインダルトの後頭部を爪やくちばしで突付きまくってるインダールの一人と一匹で完全に台無しだ。
ちっくしょー、いいな、あのモフモフそうなふわっふわで、それでいて茶色と黄色っぽい白と黒でまだら模様が浮き出たかっこいい羽毛。
後で俺も抱っこしてえぞ、マジで。
「不審火ってのは、そんなにもあちこちに出現したのか? 放火の可能性は?」
「放火の可能性はかなり初期に否定されましたな。何しろ、水中や井戸の中など、普通の火が点火、延焼出来ない場所でまで発火しまして。――何より、よそ者が少ない寒村でのこと、魔力災害が最初から疑われていました」
「いい加減やめろって、インダール! ……爺ちゃんがこの村で唯一の魔法使いなんで、それで爺ちゃんの魔法実験の暴走が疑われたんだ」
そろそろインダールもインダルトとの遊びに飽きたのか、ガラクタの上に舞い上がって翼を休めてるけど、大きなふたつのくりくりの目で、俺たちのテーブルをじぃっ、って見つめててさ。
……くっそ、俺はなんで前世でフクロウについてもっと詳しく知っておかなかったんだ、って後悔しちまうくらい、めちゃくちゃ可愛いぞ、インダール。
「失礼な奴らだよな、井戸掘ったり家建てたり水道引いたりで、さんざん爺ちゃんの魔法と知識に頼りまくってたくせにさ」
「村の初期に貢献したお陰で、私は大きな収入源を持たない身で在りながら、このような大量の書物を所蔵する家に住む機会を得た。まあ、相互利用という奴じゃ」
心底悔しがってるみたいに表情を歪めてるインダルトを抱き寄せて寄り掛からせたインシェルドさんが、そんな風に言いながらインダルトの頭をぐしゃぐしゃって撫で回してて。
なんか、ごく普通の老人と孫、だよなあ。
「で、魔力災害の疑いでアドンとサーティエが派遣されて……、っつか、二人だけで解決し切れなかったからもう一人救援要請したろ? そりゃなんでか分かるか?」
「魔力災害、という推論は当初からありましたが、その原因を判明させて解決する、というのが困難な状況にありましてな。――知っての通り、魔力災害は魔力溜まりに歪んだ形で溜まった魔力が引き起こす、さまざまな災害ですが」
「そりゃ俺だって一応知ってる。きちんと正しい形で魔力が一定量溜まれば、精霊や妖精の形に変化して世界に還元される、けど、……その魔力循環が部分的に壊れて、そこらに魔力でいろんな災害を撒き散らす状態だろ?」
「魔法と魔力についても詳しいとは、意外でしたな。見た目は戦士のご様子だが」
俺の背中と腰の後ろにある二本の刀を指で指し示して、インシェルドさんがそんな風に揶揄するもんで、俺はちょっとイタズラ心で、ふんぞり返って言っちまった。
「大賢者さんでも知らねえことがあるんだな? 俺は『侍』だ。戦士でも騎士でも兵士でもねえ、魔法と刀を同時に使う前衛だぜ?」
「――察するところ、コテツさまが唯一無二のサムライ、なのではないですかな?」
ぐさっ。痛いとこ突くっつか、瞬時に切り替えされて俺は一瞬だけ目が泳いじまったぜ。
そもそも、『魔法と剣を同時に使うのがサムライ』ってのも、昔遊んだゲームからの知識だし。
現実に人が生きて生活してて、俺たちが冒険するまで『冒険者っていう職業や、迷宮探索ってものが存在しなかった世界』で、そういう前衛火力に異常なくらい特化した戦闘職が存在するわけ、ねえんだよな。
いいとこ、アドンやエルガーみたいに『自分を守るために魔力を使って戦闘力を底上げする魔法戦士』が居ればいい方で。
「魔法とカタナ? 武器名ですかな? その、剣を同時に振るう、と言えば聞こえはいいが、人間が修行して技術を身に付けるのであれば、要はどっちつかず、どちらも中途半端にならざるを得ない」
「すげえ痛いとこ突いてくれるな、オイ」
「――不老のドワーフ族やエルフ族でさえ、魔術師と前衛ではっきり分かれているのに、有限の生命の人間に真似出来るはずもない。……インダルト、この後は難しい話になる。インダールを連れてロフトで待っていておくれ」
相変わらず不貞腐れ顔のインダルトにそんな風に言い聞かせたインシェルドさんの言葉に従って、インダルトがインダールを大事そうに胸に抱いて俺らの居場所から退席するのを、俺も不貞腐れて片膝に頬杖しながら見送ってた。
「その、もう一人、後から派遣されて来た子供の戦士が、『迷宮』に入る資格を持っていたことで話は進み、不審火に始まった……、魔力災害を引き起こした異世界の火神を鎮め、災厄を解決した。――だが、別の問題を引き起こした」
「迷宮ん中で具体的に何をどうやって解決したのかも気に掛かるとこだが……、って、別の問題?」
「そう、別の、新しい災厄だ。――彼、エルガーは『封印の迷宮』から出て来たあと、自分の固有能力、<魔眼>を使って村を支配し……、どこかへ去ってしまった」
「有り得ねえ!」
がたん! って椅子を後ろに跳ね飛ばして、俺はテーブルに両手を叩きつけて……、力の加減が出来ずに、テーブルを木っ端微塵に粉砕しちまった。
「ああ、悪い、壊しちまった……、いや、有り得ねえ。エルガーには、ちゃんと<魅了眼>の危険を説明したし」
「彼らからの説明は何もなかったが、その様子では、相当に近しい存在だったようですな」
カップソーサーとカップをそれぞれ両手に、壊れた古テーブルが上げた木片の煙の向こうで、悠々とインシェルドさんはカップに入ってるハーブティーを口にして、そんな風に言って。
「<魔眼>の祝福を受けた人間が力に溺れるのはよくあること、過去にも魔眼で身を持ち崩した例は枚挙に暇がない。彼も、その一例に加わることでしょうな」
「有り得、ねえ……」
知った風にエルガーのことをこき下ろすインシェルドさんに反論する俺の口調も、少しだけ弱々しくなっちまう。
考えてみりゃ、カスパーン爺さんに会う直前、領主の館に乗り込んだエルガーたちを追いかけて領主館の前で追いついたときの、レムネアやエルフ姉妹たちの様子。
たぶん、あれが、あいつが<魅了眼>を他人に全開で使った最初なんだろう。
俺は、その後こっちに来てからシンディみたいな生身の生き字引にいろいろ聞いてっから、俺の固有能力でもある<魅了眼>についてもあいつより深く知ってるが。
――<魅了眼>は、魔力を持ってる相手ほど掛かりやすく、中毒を起こしやすい。
「レムネアよりもエルフ姉妹の方が<魅了眼>の中毒症状が深かったのは……、精霊族で所持魔力量がレムネアの数倍以上あるから、か」
レムネアはずっと付き合ってた限り、エルガーを兄として慕っては居ても、<魅了眼>の使用をねだってる様子はなかったしな。
でも、エルフ姉妹の方がエルガーにやたらべったりの様子は……、そういうことか。
「レムネアというのは、白髪白眉の子供ですかな? エルガーと一緒に来たエルフ姉妹の他に、迷宮内で出会ったのか、エルガーの傍らにいつも寄り添っていたが」
思わず口に出ちまった疑問に、インシェルドさんもなんか疑問を覚えたのか、俺に尋ねて来た。けど。
「?! ……いや、そりゃない、はず。外見の特徴は確かにそうだが、レムネアは盗賊ギルド所属で、っつか、一緒にこの村に来てるし!」
「一緒に、村に? それは、大変かもしれませんな? 村ではその子が村から離れて時間が経ったことで洗脳が解けて、白髪白眉の子供が全ての元凶、として捜索隊が組織されるなど殺気立っておるはずなので」
インシェルドさんの言葉を最後まで聞かずに、俺はその場を離れて入り口に向かって駆け始めた。




