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幕間9 シンディとヒトツメ

「少々気になることが出来てな。長く出かけることにしたので、留守を頼みに来た」


「ソレハ、たけみかづちニ言ウベキナノデハ?」


「……?」


 焦りながら答えたアメノヒトツメに、シンディは心から不思議そうに、自分の『命令』に口答えした配下を見つめた。


「私はヒトツメに頼みに来たのだが? タケミカヅチには別の用件を言いつけてある」


「シカシ……、私ハコノ容姿、虎徹サマト一緒ニ行動スルニハ、難ガアリスギテ」


「……ああ。そうだった。ヒトは異形を嫌う防衛本能があるのだった」


 元々は最弱の種族故に、と続けたシンディは、そのまま自分の考えに浸かるように、小声でぶつぶつと何かの思索を呟き続ける。


 こういうときに声を掛けても完全に無視されてしまうことを長年の付き合いで熟知しているアメノヒトツメは、その様子を黙って見つめるのみだった。


「ふむ? つまり、神の本体の写し身である、現在の肉体の容姿に問題がある、と」


「ソウデス。コノ身体ト容姿デハ、虎徹サマノ傍ラニ居ルダケデ騒動ノ種ニナリ、本末転倒デショウ」


「――では、『容姿がヒトと同じ』になれば、問題ないな?」


「……? あゆかト同ジ、肉体改造ヲ、私ニ? シカシソレデハ、鍛冶神ノ本分タル、神刀ノ改装ヲ出来ナクナリマスガ」


「神刀の残り作業は私が戻り、容姿を戻した後でも良い。――元々、虎徹と私の探索期間は百年ほどの期間を見ている」


 シンディの言葉に大きな単眼をぱちくりと瞬かせたアメノヒトツメが、少々戸惑ったようにそのように述べてみたものの、シンディの意志は固いようだった。


「14年で68%進んだのだから、長く見積もっても50年も掛かるまい。その間、君をただ遊ばせておくのは、人員の使い方としてはとても勿体無い」


「最高神ニ連ナル神格ヲ持ツしんでぃ様ノゴ命令ナラ、従イマスガ……、ソノ場合、私ノ権能ノ扱イハドウナルノデショウカ?」


 きっぱりと断言されて、諦めたようにアメノヒトツメはそのように返答を返した。


 神刀に使用する神鉄は地下深く、マグマと水脈に隣接したアメノヒトツメの工房で地熱を効率良く利用した上で、アメノヒトツメの神力を重ねて水分の電気分解で得られる酸素ガスや鉱脈内の各種気体ガスを高効率で循環させ、それぞれを転炉と高炉に利用しているのだった。


 地と火の精霊力を司るドワーフのムギリが修行に訪れる際は問題ないが、先日宴のためにエルフが訪れた際には安全のために前もって炉の火を落としておいたほどで、その状態で鍛冶作業を進めるのは困難である。


 シンディの知識とアメノヒトツメの地と火の権能を以てすれば精錬の工程を経ずとも刀剣を素材から直接錬成することも可能なのだが。


 完成品として錬成された神鉄に後から魔術式を書き込むことは『完全なる神の錬成鉄』としての神鉄では非常に困難なため、神刀の銑鉄(せんてつ)には昔ながらのコークス炉を使用して製銑(せいせん)している。


 これは本来の日本刀の銑鉄工程で行われるたたら製鉄よりも効率良く製鋼可能だが、神力を封入し神刀の形を作る過程で専用の器具で折り曲げ圧延する工程を何万と繰り返す。


 この後、直接製造のたたら製鉄では叩く過程で殆どの鉄が火花となって飛び散ってしまうが、神刀の場合は飛び散ることなく全てが神力と共に凝縮され凄まじい重量となる。


 それを、圧縮工程と同時にシンディの神力術式で鉄分子個々レベルで大量に込められる軽量化の神術により持ち手に重量を感じさせないように調整されている。


 余談だが、アメノヒトツメが地と火の神力を直接扱う通常の神鉄の製鉄工程であれば製鉄技術の未熟なこの世界で鍛冶師として生きて来た弟子のムギリは魔術式に詳しくないためにそれを理解し学ぶことは困難であったと思われ、双方に取っても良い機会であったと言えよう。


「……と言っても、私もこの世界では最高神の制限を受けている身、君の容姿を最初から作り直すには時間が掛かり過ぎる。――虎徹の神器の肉体を成長させるのすら、14年余りを費やしてまだ途中なのだからな」


「デハ?」


「うむ。君が言ったように、アユカと同じく、今ある身体を少々作り変える方法を採る。外見のみを変える程度なら容易であるし、君に方法を教えておけば、自分で戻ることも出来るだろう。――手を」


 ヨーロッパ系白人の父と日本人の母から生まれた虎徹とシンディの兄妹の、父の血を色濃く引いていた白い肌に金髪という妹のシンディの外人体型を写した神のシンディは日本女性よりもかなり大柄で170センチにも届こうかという背丈だったが。


 それでも、立ち上がれば六メートル以上となるアメノヒトツメの手を取るには上に伸ばした手がアメノヒトツメの手を掴むには至らず、その手を取るためにアメノヒトツメは跪く必要があった。


「ウッ、……ムムッ、ウゥゥゥ」


「術式展開は私が行っているが、使用する神力は君のものを利用している。権能にない神力の使われ方で、少々違和感を伴うと思うが」


 初めて肉体として体感する莫大な違和感に思わず呻き声を上げたアメノヒトツメに、淡々と事実を述べるかのように、自身の手の数倍はあろうかというその左手に両手を添えて神術展開を行うシンディは告げた。


 その間にも、シンディの展開する術式展開は激しさを増し……、アメノヒトツメの左手から始まったうねりを上げる脈動は肉体の繋がりから左肘、左肩、首、胸と反応が広まって行き、苦痛を伴うのか、アメノヒトツメは絶叫の衝動を辛うじて押さえ込んでいるようだった。


 しかし、跪いた姿勢を保てなくなったものか、その場に崩れ落ちて大の字に寝転んでしまったアメノヒトツメの左手をシンディは離すことなく、術式の展開を継続し続けた。


 ……小一時間も経過しただろうか?


「……小サイ、デスナ」


 むくり、と固い地面から起き上がったアメノヒトツメは、相変わらずシンディに握られたままの左手の大きさが、シンディのそれよりも多少大きめながらも、常人の大人サイズにまで縮んでいることに気づき、疑念の声を上げた。


「見た目の質量を凝縮変化させただけだ。単眼はそのままだが、頭部を兜や眼帯などで隠しておけば問題なかろう。戻る方法は、分かるな?」


 問われて、自身の神の身体である肉体を変化させた術式が、何の事はない、神刀に使用されている凝縮圧縮術式の応用であることに気づいたアメノヒトツメは、深く頷いた。


 アメノヒトツメの鍛冶神としての権能が、『自分の肉体を含む、金属以外の物品にも及ぼせること』に気づいたのは数十億年にも及ぶ神としての生涯で初のことで。


 神界ではそれぞれの領域で互いに交わることのないそれぞれの神々が、この世界で肉体を持って相互に交流することの有意義さに気づいた瞬間でもあった。


 そして……、シンディの視線が自身の下半身の方に向けられていることに気づいたアメノヒトツメが同様にそちらを見やると。


「……オット?! コレハ、失礼ヲバ」


 ……どうやら体格がタケミカヅチと同様に二メートルサイズにまで縮んだ自身が、それまで着ていた腰布のサイズと合わなくなり、縮む過程で自然に脱衣したもの、と気づき。


 慌ててシンディの手から自らの左手を離し、神の耐火布で出来た腰布を適当に身体に巻き付けた。


「肌ノ色ハヤヤ赤クナリマシタナ。鍛冶神ノ権能ヲ利用シテ肉ノ身体ニ応用スルトハ、サスガ智慧ノ神、しんでぃサマ」


 そのまま起き上がりつつ、体格の大きさが変化した自身の両手を単眼の前に持ち上げ、しげしげと観察する。


 ほぼ真緑に近かった肌色はほんのりと赤味がかった人肌に変化した上で、全身を覆っていた隆々たる筋肉量や手足の長さのバランスはそのままに、全長だけが比例縮小されたかのような様子であり。


 傍らに放置してあった、ムギリが修行の際に使用していたドワーフサイズのハンマーを手に取って軽く振ってみたが、ドワーフであるムギリが両手で使用する重量を持つそれすら、アメノヒトツメは二本の指でつまみ上げて振り回すことすら可能で。


 どうやら身体を動かすに際して、体格の大きさ以外での違和感はあまりないようだった。


「元々の権能も筋力などもそのままで、全長だけを濃縮しているようなものだ。――神鉄の精製には難があるが、弟子を教えるにはそれで問題なかろう」


「オ心遣イ、痛ミ入リマス」


 どうやら特にシンディに伝えることなく無断で取ったムギリという弟子のことも聞き及んでいるらしく、暗にムギリに鍛冶師としての教育を行う方向性に影響が少ないように配慮したらしいシンディの行動に思い至り、再び跪いたアメノヒトツメは、深くシンディに対し頭を垂れた。




 ……が。ふと視線を感じて単眼をシンディに向けると、どうやらシンディは、アメノヒトツメがしゃがんで立膝を立てた拍子に膝の間から覗いてしまったらしい、股間のモノに興味が移ってしまったようであり。


「ふむ? 神と言えども、男性器の形状も様々だな。これは他のサンプルとも見比べて観察する必要があるかもしれないな」


「……勘弁シテ下サイ」


 シンディのその言葉で、アメノヒトツメは、現状この世界に顕現してシンディの配下となっている神族のうち、親友であり、たった二柱しか居ない同じ男神のタケミカヅチと自分が素裸でシンディにそれぞれのそれを仔細観察されている様子を脳裏に思い浮かべ、げんなりとして答えた。



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