46話 誰にだって苦手なもんはあるんだ
「なあ、さっきの部屋のことだけどな?」
「だから、俺らにも解らねえんだからきっと迷宮の罠だって」
「うん、たぶんそう! ボクもコテツ姉の言う通りだと思う!」
……すんげえ不思議そうに訊いてくる何も知らないインダルトの追求を軽く躱しつつ。
俺たちはインダルトが連れて来たハダトさんの本隊と合流して、蜂の死骸だらけになっちまった蜂の巣部屋を漁ってるとこだった。
「……どこまでごまかせるかと思ったけど、な」
「みんなノリノリで口裏合わせてくれるんだもん、ボクちょっと笑い出しそうになっちゃった」
インダルトが俺らのことをやたら気にかけてるっつっても、立場的には一番下っ端なんで、俺とレムネアとハダトさんのちょっとした会議中には近寄って来ないもんだから。
インダルトの方を見て俺らが笑ってんのをなんか不思議そうに見てたけど、ハダトさんに探索に戻るように指示されたら、小首を傾げながら作業に戻ってくのがまた可愛くてな。
「あれはからかうと反応が素直ですからな、皆のお気に入りとなっております」
そんな風に説明するハダトさんの目も、いつもの鋭い眼差しの中にちょっとだけ笑いを含んでるような気がして。
「アイツ、ほんとに愛されてんなあ?」
「なんかちょっと違う方向で構われてるのがいいよねー?」
「本人にとっては恐らく不本意でしょうけれどもな」
そんな風に言いつつ、ひとしきり笑いあって。
「……で、なんかスイッチとか仕掛けみたいなもんは発見出来た?」
「いえ、罠の類は発見出来ませんでした」
「ボクの方の見立てでも、この部屋まで罠はひとつもないねー」
「そうか。最初の迷宮と違って、罠の類はねえのかもな? かなりでかい迷宮らしいし」
しかし、俺はダンジョンマスターにシンディから事前に全五十階層って聞いてるけど……。
第一階層とは言っても、迷宮内に限らず地上でも見かけることがある巨大昆虫程度しか居ないんだったら、こりゃ単純に階層下るごとにモンスターが強くなってくパターンなんじゃねえのか?
なんてダンジョンの構造を思案してたら。
「そういえば。――仕掛けはありませんでしたが、ひとつ気づいたことが」
「あっ、ボクも気づいたことある!」
「ん? なんだ二人して?」
二人で同時期に気づいたんだったら、ダンジョン構造に関すること、だろうな。
正直、俺は戦闘しか能のないド素人だが、レムネアは言わずもがな、ハダトさんの方も戦場をたくさん経験してる歴戦の戦士で、部隊指揮経験も長いし。
新兵さんたちも軍事訓練の一環で経験してるつってたけど、ブービートラップ? みたいな、隠された罠の類を探索するのにも慣れてるらしい。
俺も……、魔力で隠されてる類のもんなら魔力探知で発見出来るんだけど、本気で単純に隠されてる罠だとまるっきり気づけねえからなあ、本職さん様々、だぜ。
「では私から……、恐らくですが『部屋を攻略するごとに、エレベーターの移動できる階層が増える』と思われます」
「それとね、たぶんだけど……、『一部屋ごとに虫のテリトリーが区切られてる』んだと思うの」
「――っあー、分かった。……くっそ、なんっつーめんどくせえダンジョンだよ」
たぶん、同じ可能性に二人も気がついてると思う。
こりゃ、『一部屋ごとにだんだんモンスターが強くなってくパターン』と、『最深部に到達するまでに、全階層の部屋を全部攻略しなくちゃ到達出来ないパターン』のふたつの複合だろう。
俺らが今まで倒してるのは、最初のアブラムシとさっき俺が焼いた蜂と。……それと、ハダトさんたちも探索中に見つけた小部屋に居たGの大群、で三種らしい。
正直、あの黒光りするおぞましく恐怖の象徴なあいつらと出会わなくて良かったっつか、もし直視してたらそのときばかりは俺は恥も外聞もなく悲鳴上げながら逃げ惑ったと思う。
――俺は、奴らの名前を口にするのもおこがましいくらいに、奴らが大っっっ……嫌いだ。
「やはり、苦手でしたか?」
「アァ、ちょっと固有名詞も出さないでくれると有り難い」
俺が心底嫌な顔になったのを見て取ったのか、苦笑と心配が7:3で混ざったみたいな複雑な顔作って尋ねて来たハダトさんに答えておいて。
……なんとなく自分の全身に鳥肌が立ったような錯覚を覚えて、思わず両手で自分の肩を抱いちまった。
「でしたら、やはりこちらだけで処理しておいて正解でしたな。事前に妹さんにお聞きしておいて良かった」
「オゥ、マジで助かったわ。予告なしにあいつらと対面してたら、ソッコーで迷宮脱出してただろうからな」
「――そこまでの嫌悪でしたか。……ほかにお嫌いな種類の虫は居りませんか?」
言われて、ちょっと考えてみる。言われてみりゃ、嫌いな種類の虫ってかなり多い気がするぞ?
「何しろ、出て来る奴ぜーんぶ大きいみたいだし? コテツ姉、意外と嫌いな虫、多かったよね?」
「ちょっと待て。っつーことは、ハダトさんたちが出会ったっていう『奴』も、でかかったのか?」
「ええ、それはもう……、サイズについては詳しく説明しない方が?」
瞬時に全身を震わせちまった俺の様子を見てハダトさんがそんな風に尋ねて来たんで、俺は全力でがくがくと首を振って肯定した。
「えっとね、確かコテツ姉は、蜘蛛とかムカデにゲジゲジみたいなのもダメだよね?」
「節足動物系は全部苦手なんだよ。ダンゴムシみたいなのも、丸まってるうちはいいけど、ひっくり返したら無数の足が気持ち悪くてダメだ」
「しかし――、言ってはなんですが。始めのアブラムシから始まって、じわじわと強さが増して居ますので……」
ものすごく言いづらそうにしてるハダトさんの言わんとしてることは、なんとなく解ってる。んだが。
「この先は肉食昆虫が増えていく過程で、その……、苦手な系統の昆虫が増加するのではないか、と思います」
そんな風に説明してるハダトさんたちの、ずっとずっと向こうから、噂は確かにしたけど律儀に出現しなくてもいいっつーのに、巨大な灰色で八本足のアイツが壁を這って近づいてくるのに気づいちまった俺は……。
その日、第一階層は俺が反射的に出現させた大量の炎に包まれた。
そして、そんな状況だったのに、同じく蜘蛛だけが苦手だっつーインダルトは直視しないように必死で目を逸してたんで、俺が炎を出したところを見てなかったらしい。
そんなこんなで、一階層に居た虫を全部退治したら、予想通りエレベーターが第15階層まで解禁された。
……下にもしまた苦手な虫が居たら、全階層を焼き尽くしてやる。




