45話 穿いてなかったんだ
「なるほど、アブラムシの天敵つったら、そりゃそうだよな」
なんて呟いて、目の前に広がってる光景を見て、ため息。
「なんていうか、虫しか居ない迷宮なのかなあ? 途中にも大小たくさんの虫が居たけど、動物が居ないっぽかったよね」
「ああ、そりゃなんとなく予想はついてたんがな……。アァ、ちょっと待て」
背負ってた弓を下ろして戦闘準備を始めてるレムネアを手で制して。
――俺は、部屋の奥、人間の背丈の数百倍はありそうな巨大な『蜂の巣』と、そこに出入りしてる無数の人間の数倍サイズの蜂たちに度肝を抜かれたらしいインダルトの肩を軽く叩いて。
「うぉっ?! ビビらせんな、コテツ! ほら、こういうのは俺に任せて、お前らは早く隠れてろ!」
「いや、お前一人じゃ荷が重いだろ? 別方向を調査してるハダトさんたちを呼んで来てくれよ」
さっきのハダトさんの言葉が正しいならコイツは他の新兵たちよりも全然経験低くて完全に新人同然で、魔物やモンスターと対峙するのも初なんだろう、めっちゃキョドりまくってんのに。
まず最初に女子供――俺とレムネアを避難させようとするコイツがマジ可愛いっつか、好感度高いよな、インダルト。
「あ? ああ! そうだよな、こりゃ仲間たち全員で一気に掛かるべきだよな……。よし、オヤジたち呼んで来る! ここから動くなよ!?」
「オゥ、待ってるから、早くな?」
「インダルトお兄ちゃん行ってらっしゃい! 待ってるね?」
何度も俺たちの方を振り返って安全を確認しながら遠ざかってくインダルトの後ろ姿を見送って、完全に見えなくなってから……、レムネアとふたりで顔を見合わせて、にんまり。
「あんな風に本気で女子供だと思っててくれると」
「ガチ戦闘やってるとことか、見せたくないよねー?」
「……たぶん、長い付き合いになるだろうしな」
ほえ? なんて俺の呟きに小首を傾げたレムネアがまたすげえ可愛かったが、この先もコイツがずっと俺の旅路についてくるかどうかも解らねえから、黙っといた。
新兵隊はここで鍛えて、迷宮探索専門部隊として軍から派遣されて、一応盗賊ギルド所属ってことになってる俺の指揮下に入ることになってるから、ハダトさんやインダルトとも長い付き合いになるに違いないけど。
レムネアは盗賊王ハインの一人娘で大事な立場だし、ムギリは鍛冶の修行あるし、エルガーやシルフィンやシフォンだってそれぞれ自分の目標があるんだろうから……、なるべく早く別れた方がいいんだろうな、って。
「――うーん、でも。ハチ相手だと、何が採れるかなあ? とりあえず蜂の巣は確定でしょー? あとは蜂の子とか、蜂蜜とか、ロイヤルゼリーとかー??」
……もう食べる気満々らしいレムネアに盛大にドン引きしつつ、俺は、レムネアの頬を両手で抱えて。
「うにゅ? どしたんコテツ姉……、うむぅ?!」
「……っと、まぁ、こんなもんか? どうよ、魔力量は」
「ふにゅうぅぅぅ……、ああっ、コテツ姉がそっちの道へどんどん進んでるぅぅぅ!」
両手で口元押さえて顔真っ赤にしてるレムネアが、俺に向かって言い募って来るんだが……、なんでそんなにびっくりしてんだ?
「んあ? いや、ただの<魔力譲渡>だぞ?」
「ボクの知ってる術式と全然違うっ! ふつーはこう、手と手を合わせて」
「ああ、それか。俺の場合、体内魔力がゼロで、神刀から魔力変換したりして力や術式そのものを取り出してる関係でな? 手よりも脳に近い部分を接触させた方が受け渡ししやすいんだよ」
「だからって、だからって……、女の子同士でキス……、しなくてもいいんじゃないかなあ?」
「……あ。そうか、レムネアとはあんましマウストゥマウスはやってなかったか」
いっつもエルガーとちゅっちゅしまくってるんで、なんか忘れてたわ。
つか、普通に親愛表現で割りと頬とかにキスしまくってる世界なんで、俺の方も全然抵抗感なかったっつーか。
「んー、まあ、魔法儀式のひとつで、この先も……、来れるのかどうかは判んねえけど、……俺と一緒に旅するなら……、必須になるんだから、慣れろ?」
「……??? なんで急にそんなこと言うの? ボクはずっと、ずーっとコテツ姉と一緒だよ?」
「っと、こりゃ余計だったな。まあいい、ほれ、《ステータスカード》出してみろ?」
そんな風に適当に答えといて、盗賊ギルドでシンディの術式で発行されるようになった、レムネアが懐から取り出した冒険者用のステータスカードを見たら。
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登録名:レムネア・ハイン=レイメリア
種 族:人間 13歳
体 力:153 / 153
魔 力:113 / 181
筋 力:185
知 力:120
俊敏性:355
耐久性:124
抵抗力: 70
言 語:共通語、エルフ語(初級)
固 有:なし
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「オォ、ちゃんとさっきの部屋で消費した分、いくらか魔力回復してんな? やっぱ数値化されると分かりやすいよなー」
「これ凄いよねー? ぱらめーた? って言うんだっけ、この数字が増えたり減ったりするのを見てるだけでも楽しかったりするな、ボク」
二人してレムネアのカードを覗き込みながら、そんなことを言い合ってて。
「ああ、そういう感覚なのか……。俺の場合は増減するもんがねえからな……」
「あっ、そうだ! コテツ姉もエルガー兄も作ったんだよね? エルガー兄やシルフィンたちのは見たけど、そういえばコテツ姉のは見てないかも?!」
「――俺のは見たって面白くも何ともねーぞ?」
それでも、見たい見たいー! って大騒ぎするもんだから、俺は仕方なくダンジョン入場許可証代わりにしか使ってない、俺の冒険者ステータスカードを取り出して見せた。
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登録名:コテツ
種 族:神器 14歳
体 力:65,535
魔 力:0
筋 力:10,800
知 力:260
俊敏性:140
耐久性:65,535
抵抗力:65,535
言 語:共通語、エルフ語、日本語
固 有:魅了眼、魔力探知、熱源探知、神速化、血の魔力、血液毒、霧化、接触麻痺、生命力吸収
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「……なんていうか、極端、だね……。65,535以上は数えられないんだ?」
「人間を対象にしたカードだし、俺ら神族を数えたって数値化出来ねえんだから意味ねえ、ってことでな。16ビット上限だそうだ」
数値化システムと更新プログラム自体は神界にあるシンディの本体の計算リソースのほんの一部、余りを使用してるんで、やろうと思えばこの世界に住んでる全人類を数値化も可能らしいけどな。
つか、魔力にしたって体力にしたって、数値化出来るのは『現時点でアクティブなもの』だけだし。
人間を模した神の人形、神器の俺や、神界に本来の本体があってこの世界で活動するときに使用する専用の実体でしかないタケミカヅチ、ヒトツメのパラメータを数値化したところで、あいつらはやろうと思えば神界から神力を引き出せまくるから。
――ステータスカード上の数字が『記録上限を超えた部分変動を続けるから数値化する意味がない』、ってシンディは言ってたんだよな。
「んと……、ほんとにコテツ姉って、人間じゃない、んだね。こうしてカードとして見ちゃうと、改めて、っていうか。――固有能力凄いなあ、いいなあ」
「そんな羨ましいなら譲渡してやりたいもんだぜ」
「ほえ? コテツ姉は固有能力嫌いなの?」
「ああ、反吐が出るほどに大っ嫌い……、っと、そんな顔すんな? だからって死ぬわけじゃねえんだから」
なんだか泣きそうな顔で俺のことを心配してるっぽい顔つきになったレムネアの頭を軽く撫でて、俺はステータスカードを懐にしまって。
「カードで分かるけど、さっきの複合魔法使った分が魔力回復しきってねえだろ? 俺がひとりでやるから、レムネアはここで見学してな」
「うん! わぁ、コテツ姉の魔法、楽しみだなあ、わくわく、どきどきっ!」
「……なんか妙にハードル上げられてる気がするんだが、この流れだと俺はなんか新技とか見せなきゃいけねえのか?」
背中に最愛の妹の熱い視線をびしばし感じながら、苦笑しつつ、俺は背中から神刀を、腰の後ろから小太刀を同時に引き抜いて、左手に神刀、右手に逆手持ちの小太刀でいつもの両手二刀スタイルで。
「……<火炎>!」
気合一閃、奥の蜂の巣に続く細い通路の角を曲がるなり鉢合わせたでっけえ蜂の首を神刀の一撃で刎ね飛ばして、同時にくるっ、と神刀を振った勢いのまま、同じ方向に回転して逆手の小太刀から<火炎>を噴出させる。
巣に近いとこで突然出現した、莫迦でけえ<火炎>の魔法を攻撃と見なしたのか、そこへ向かって奥の巣から巨大な逆三角形編隊を組んだ巨大蜂どもが俺に向かって一斉に襲い掛かってくるのを目の端で確認して、俺はもう一度床を蹴って回転して……。
「<焔槍>!」
手にした小太刀から、小太刀に封入されてる魔力増大術式で、本来の威力から何倍にも増大した魔力が放出されるのを感じ取って……、その魔力術式の効果で、先に展開してた<火炎>を触媒に、そこから渦巻きながら、細く長く絞られた焔の尖槍状の火炎が幾筋も吹き出して、俺の方に弧を描いて襲い掛かって来てた蜂たちを貫いて、問答無用で編隊を爆散させる。
「<炎環>!」
それから、まあ、予想範囲っつか、生き残った編隊を解いてぶわっ、なんて分散して各個に俺の方に向かって前方の全方位から飛んで来るのを、もう一度小太刀を振って前方に半円状に展開する炎の障壁で遮断しといて、隙間を抜けて来る奴は適当に――、コイツに斬れないものは(たぶん)ない! っていう俺の神刀でぶった斬っておいて。
「っと、まァ、ここまではいつもの単独元素系魔法だが……、妹に複合魔法見せられたんだから、姉の方も負けてらんねえよなあ?」
ちらり、と肩越しに振り返って、蜂の巣がある部屋を巣に向かって奥へ進む俺を、通路の角からひょこっ、と顔を覗かせてるその妹が、びっくり顔全開で俺の戦闘を見つめてるのに少し笑っちまって。
「……<気体強奪>」
コイツはレムネアだけじゃなく、この世界の誰もが見たことも聞いたこともねえはずだ。
簡単に言っちまうと、魔法語、つまりエルフ語での呪文のある魔法はこの世界で編まれた魔法なんだが、『英語』の魔法は俺とシンディで作った新しい魔法の種類で、他に誰も使う奴が存在しない、って特殊な新技法、って奴でな。
「……って、コテツ姉?! 危ないよ!!」
<気体強奪>の効果で、周囲でごうごうと燃えてた火の勢いが一瞬で消滅して熱だけが残ったのを遠くから確認したレムネアが、驚きの声を俺の背にぶつけて来るのが聞こえるが……、驚くのはまだ早いぜ?
「ハハッ、そう来るよな、待ってたぜ!」
俺と蜂たちとの間を遮ってた炎の障壁がなくなったのを確認したらしい蜂たちが、一斉に俺に向かって無数に突っ込んで来るのを確認しつつ、俺は『全身の痛覚を遮断』して――。
「<遅延爆轟>!!!」
瞬間的にさっきの<気体強奪>の効果を解除すると同時に、<遅延爆轟>で『一酸化炭素が充満して失火した空間に、新鮮な酸素を強制供給してやる』。
火災現場なんかで起きるっていう、バックドラフト効果で、充満した一酸化炭素と供給された新鮮な酸素が結びついて二酸化炭素に変化する化学反応が爆発連鎖的に空間内で発生して……、室内が全部吹き飛ぶか、って勢いで強大無比な爆発炎上に包み込まれた!
「うきゃっ、うひゃああああぁぁぁぁぁあああぁぁぁ?!?!」
戦闘機が爆弾でも落っことしたのか、って勢いで、空間全体で同時連鎖的に発生した巨大爆発の爆風がレムネアを転ばせたみたいだけど。
爆風が単に圧力の低い方へ抜けてるだけで、こういう上の方が開けた空間だと爆風は殆ど全部上の方に、圧力のより低い方へ抜けるから、単に爆風に二次的に押された風が吹いてるだけだから別に危険はねえ。
つか、痛覚だけじゃなくて音響も遮断しとくべきだったよな。次からそうしよ。
俺を巻き込んで発生した衝撃波を伴う爆轟――、音速を超える勢いで広がった急速なバックドラフトは、ものの見事に火炎と風圧の複合効果で空中を乱舞してた全ての蜂どもを粉々に粉砕して、全てが終わった巣のあった空間で、立ってるのは俺だけ、って状態になってた。
「……ってな感じで、『炎と風の複合魔法』なわけだが……、どうよ?」
そんな風に言って、振り返ったら。
爆風でひっくり返っちまったレムネアが目を回してそこに転がってて。
いや、まあ、あんだけの爆風だったし、通路自体は狭いから、そこに吹き込む風が加速されたりしてびっくりしたのもあるんだろうけど、よ?
「――なんで……、いや、もしかして、俺のせいか?」
今までほんとに気づかなかったのが嘘みたいだが。
俺もあの『小さくて締め付けられる、股間を覆う女物の布っきれ』を穿くのが嫌いで普段から穿いてねえし、それをレムネアが結構前から真似てて、穿かない生活してたのは知ってたけどよ。
「俺は和装で袴でブーツ穿いてっから下から覗けねえけど。――オマエ、そのかっこで真似したらさすがにダメだろ……」
そんな風に言いながら歩み寄って、はしたなく大股開きでひっくり返ってるレムネアの両足を閉じて、全開大サービス状態の上着を下ろして隠してやったけど。
――革鎧に膝丈のローブを重ね着してるいつもの活動衣装なコイツが、まさか下に何も穿いてないとは思わなかったぜ。……風でめくれたりしたらどうするつもりだったんだ、っつの。




