43話 掘り出し物の男の子だったんだ
「インダルト! レムネアさんに失礼だろう!」
「……いや、隊長、だって」
「口答えするな! 私の命令なしに、何を勝手にしている!」
「……まだ小さい子だから、身体が冷えないように、って思ったんスよ」
そんな風に口をへの字に曲げて、鋭く叱責して来たハダトさんにもごもごと小さく反論する、軍人、って肩書が全然まだ似合ってねえ、顔にあどけなさを残してる少年が、なんか無性に可愛くてな。
「あーっ、ハダトさん! ボクなら全然気にしてないから! むしろ、ほら、ここ結構肌寒いから、有り難いな、って! インダルトお兄ちゃん、ありがとー!」
その、インダルト、って呼ばれた少年が着せてくれた汗臭い制服の上着の前を両手で合わせて、慌ててレムネアがフォローしてるし。
「そっか。一人だけ上で待ってたから、さっきの騒動を全く知らねえんだもんな……」
「誤算でした。加えて部隊最年少で16歳ですから、元々の経験も浅い。本人は幼い子を守ってやる庇護欲からの行動なのでしょうが……」
全員の中でひとりだけ上着脱いで、タンクトップっぽいシャツ一枚で鎧を着用してる、ってなんか変な姿になったインダルトくんが、レムネアにお礼言われて照れ笑いしてるのを――、他の年配の新兵さんたちがそのインダルトくんの頭撫でたり、肩抱いたりしてる様子が見えて。
「……でも、ああいう行動を起こす子は守ってやりてえよな?」
「ええ。経験は浅いながら、新兵隊のムードメーカーのような存在になっておりまして。さしずめ、全員の弟分、という立ち位置でしてな」
ちらり、と俺と並んで先頭に居るハダトさんの顔を見上げたら、さっきは口ではすげえ厳しく怒ってた様子だったのに、完全に我が子を見守る父親、みたいな苦笑が浮かんでてさ。
「ハダトさんって結婚してたりする?」
「妻と娘が街で待っております。それと……、あいつらも含め、教えた兵士たち全員が我が息子たちのようなものですよ」
「そりゃまた子沢山だなあ? 頑固親父役も大変すぎだな」
ハダトさんにそんな風に声を掛けたら、さっきまでとはちょっと違った種類の苦笑いで俺の方に目線を落として来て。
「実は、あいつらに陰で呼ばれているあだ名が『オヤジ』でしてな? カスパーン隊長のあだ名の『大オヤジ』と合わせて、我がシス守備隊の通称は『オヤジ隊』だそうです」
「……そりゃまた」
それ以上は続けられなくて、ハダトさんと目を合わせて俺も苦笑い。
俺も学校の先生たちに同級生たちでいろんなあだ名つけて、悪口ってわけじゃねえんだけど、陰でいろいろ言ってたっけ。
呼ばれてる方は、こんな風に苦笑してたんだな、って発見だけど、そりゃ苦笑いするしかねーよな。
「しかし。虫が棲息していて、壁に擬態して隠れていた、という点が問題でして」
「だよな。ぶっちゃけ虫しか居なかったら隠れる必要ねえんだから、何か『天敵』が居る、ってことになるし」
顔を引き締めたハダトさんの言葉に、俺も同意。
「それに……、最初に隊員に取り付いたアブラムシの行動ですが、あれは、『餌を捕食』して体内で油に変換する習性の虫なのではないかなと」
「どうやって餌を見分けてるか、って問題だけど……、これだけの暗さの迷宮で、的確に餌に飛びつくんだったら、たぶん」
どうも俺とハダトさんの推測は一緒みたいで、もう一度インダルトくんの姿に視線を向けて。
「匂い、だろうな」
「生物の発する匂い、でしょうね」
だよなあ。ってことは、上着脱いで肌から直接汗や体臭を発散させてるインダルトくんがいちばんやべえ感じになった、ってことだ。
「……まあ、レムネアのそばに居させときゃ、大丈夫かな?」
「誠に、お手数をお掛けして」
「いや、まあ、俺の得にもなることだし」
再度、軽くだけど俺に頭を下げたハダトさんに軽く会釈返して、レムネアとインダルトくんを近くに呼び寄せる。
――こりゃ新兵さんたちにゃまだ伝えてねえんだけど、この訓練終わったらこいつら全員、軍から盗賊ギルド出向の特別迷宮探索隊として俺の指揮下に入ることになってんだよな。
俺はシンディ経由で盗賊ギルド、軍の『上』、っつかそもそも『人間族の上』に居る立場なんだけど、組織的には盗賊ギルドに所属してる感じで軍から借りた立場にしとかねえと混乱する、ってことで。
まあ、そんな感じでシンディとハインとカスパーン爺さんたちの方でそういう話で密約が進んでるらしい。
――シンディ的にはいずれ「俺個人の軍隊」「俺に心酔して俺を崇める軍隊」を組織するつもりなんだろうが、実は俺の方にはそういう心づもりはなくて。
……『不死身の俺と、同じく不死身の神族のみ』で進めてえ、と思ってて。そこんとこ、そのうち詳しく先を詰めねえといけねえんだろうな。
前の大失敗を含めて、失敗したくない以上に誰も殺したくねえんだ、身内を。
敵になる奴らは別に皆殺しにしたって痛くも痒くもねえんだが……。
「ハインの思惑がどうなってんのかも確かめねえとな。アイツ……、上っ面が巧いんだよな」
「もうっ、コテツ姉はまたその話するぅ。嫌いになっちゃうよ?」
「おっと、悪い。口に出ちまった。ほれ、こっち来い」
また不満そうに頬を膨らませたレムネアをインダルトくんの上着ごと抱き寄せたら。
「ほんっと、仲のいい姉妹だよな? なんでこんな危険な迷宮に来てるのか知らないけど、兄ちゃんたちがしっかり守ってやるからな、安心しとけ?」
なんて、ひとりだけ空気の読めない発言しやがるもんで、俺ら全員で笑っちまって。
「……こないだの盗賊王の式典のとき、何やってた?」
「オヤジの……、いや、ハダト副隊長のブーツにカエル突っ込んだのがバレて、ひとりで農場の草むしりさせられてた」
「アァ、それでか」
なんか全員の中でひとりだけ、俺とレムネアに対する態度が違う、って思ってたんだよな、最初から。
そうか、さっきの戦闘での俺とレムネアの戦闘火力も見てないし、あの式典を見てないから――。
レムネアに対してすげえ普通の年下の女の子に対するみたいに接するし、俺を見ても『怯えない』んだ、って。
正直、黒の和服にブーツに陣羽織、って普段着の俺に対して、ちょっと変な服着てる女の子、って感じで接して来る人間の男の子、って存在はなんか普通で、レムネアもたぶん同じ理由なんだろうけど、俺も気に入っちまって、な。
ハダトさんは副隊長職だからってのもあるんだろうが、どうしても役職的に敬意を感じてる感じが抜けねえし。
それに、他の新兵たちは式典のときに俺が『遠くの山頂を吹っ飛ばす』のを見てっから、『人外の化け物』を見る目つきになってるもんな。
「……よし! じゃあインダルトくん、だっけ?」
「えっ、ああ? イヒワンの子インダルト、インダルト・イヒワン=インディラだ」
「オマエを『レムネアのお兄ちゃん役』に任命するんで! 頑張って守ってくれよな?」
なんて宣言して、ちらっと肩を抱いてるレムネアに目配せ。
可愛くウィンクして返して来たんで、俺の意図は解ってるっぽい。
つか、たぶんレムネアも俺と同じ理由でこの子のこと、気に入ったと見た。こういうとこ、義理とは言っても一緒に育った姉妹だから分かりやすい。
「……年上にオマエってなんだよ? 俺も人のこと言えた義理じゃねーけど、お前はまず言葉遣いからだよな……」
あっ、そうか。俺まだ14歳だった。インダルトは16歳っつーから、一応はふたつ年上なのか。
でもまあ、神族で神器、『女神』な俺にこんな風に言い返して来る奴なんか――幼馴染の兄貴達を除いて――シスの街じゃ他に居ねえし……、こりゃ、ほんとに掘り出し物の逸材かもな?
「そんじゃ、ま、一息ついたとこで。――探索、再開すっか!」
なんか妙に嬉しくなって、俺はそんな風に宣言すると同時に、出入り口を密閉してた<土壁>を解放したら。
……俺は人形なんで全く影響ねえんだけど、どうやら毒ガスみたいな勢いで、アブラムシの燃え残りが出してる油の匂いが噴出して来て全員咳き込み始めたんで、風魔法で内部の空気を排出するまで再侵入お預け、ってことに。
――最初の一部屋でこんだけ時間食ってたら、こりゃ内部で何泊かすることになるな。




