38話 正装して式典に出たんだ
分ければ良かったかな。ちょっと長くなってしまいました。
「ううう、帰りたいよぉ……」
「まだ言ってんのか。……諦めろ、なんべんも予行練習しただろうがよ?」
髪の色に合わせて真っ白なひらひらのドレスに身を包んだレムネアがそんなことぬかすんで、俺は呆れ顔で真っ赤になってる頬を曲げた指で軽く擦ってやった。
いつもならわしゃわしゃ頭撫で回してやるとこだが、今日は俺と同じで頭まで綺麗に盛られてセットされてっからな、迂闊に触れやしねェ。
「コテツ姉は緊張してない? ボクはもういっぱいいっぱいなんだけど」
「緊張っつか、結局どんな紹介されるんだか聞いてねえからな、そっちの方が気になってっかな」
こっちも、いつもだったら俺の服の裾を鷲掴みで金魚のフンみたいにくっついて歩くのがレムネアの常だったけど。
今日は俺の方もいつもの陣羽織じゃなくて――、この日のためにっ! って気合入れまくりで屋敷のメイドさんたちと、ついでにちびっ子メイドのアユカまで手伝って総出で仕上げたっていう、いつもの夜着に似てるけど更に豪奢な黒ドレス引きずってっからな。
「ていうか、そのコテツ姉のドレス……、すっごいキラキラ光ってるけど、ちっちゃい宝石いったいいくつ使ってるの?」
「アァ。これな。――数えりゃ数えられるんだろうけど、歩くも座るも細かく注意聞かされてっからな、変に姿勢変えてシワ作りたくねえ。……きっと怒られるからな」
軽く首を振って、俺は腕だけは自由に動かせるようにデザインされた肩出しの黒ドレスのままで、レムネアの手を取って歩き出そうとしたら。
「ちょっ! 待って待って、今のコテツ姉の隣に並ぶとか、無理、無理!!」
「……だから、諦めろ、って。『今日は俺らが主役』なんだからよ。――俺はもう、諦めてる」
乾いた笑いを浮かべてレムネアにそんな風に告げたら、レムネアもなんだか目が虚ろになった気がした。
今日は俺がハインの婚約者になった、っていう婚約発表と、盗賊ギルドを束ねる盗賊王がこの、シアの街に移り住んだ、っていう発表と。
……それに、ハインがレムネアの母親、レイメリアを妻に迎える、って発表に、ハインの実の娘がレムネアだ、って発表も加えて、なんかもうごっちゃごちゃの、街を挙げてのお祭りになってんだよな。
つか、娘がもう居るんだからレイメリアが正妻なとこに、新しく婚約者な俺が入るって普通なら修羅場じゃねえか、って思うとこだろ?
でもこの世界だと「生活に裕福な、責任ある立場の人間は何人でも嫁を娶って養うのが社会への責任」みたいな考え方があって、それでたくさん嫁を娶るのは立場の高い奴らの努め、ってことで、むしろいいことだと思われてんだよな。
で、ハインはってーと、下っ端の方はいろいろ悪さしてて黒い噂もたくさんあるにはあるけど、それでも世界中で名前を聞かないことがない盗賊ギルドの総元締め、盗賊王って二つ名持ってるギルドマスターなんで。
……何人嫁が居たっておかしくない、むしろ一度に二人も嫁を娶って、そんで娘が出来てめでたい! って立場なんだよな。
――まあ、俺の方はっていうと、明日身内だけで慎ましやかにやることになってるエルガー14歳の誕生日会で、エルガーが正式にカスパーン爺さんの軍に所属することになる入軍式の方に心が飛んじまってんだけど。
「ていうか、コテツ姉ってお化粧似合いすぎてて、ちょっと怖いくらい」
「そこは、屋敷のメイドさんを褒めるとこだ。……化粧ってすげェな、俺もこんなになるとは思わなかった」
衣装着せられて化粧されて、最初に姿見で全身見たときゃ『だれだおまえ』って感じの見たこともない美少女が立ってたもんな。
ガリガリで華奢でぶっさいくな俺をこれだけ見られるように飾り立てるんだから、『女の武装』ってマジすげー。
「ううう。やっぱり並んで歩きたくない。……恥ずかしすぎる」
「オメエもこの世のモノじゃねぇくらいに綺麗になってんぞ? 自分で解らねえのか?」
「ほぇ? ううん、ボクは全然普通……、のはず、だよ?」
そんな訳ねえだろ、って軽くツッコミ入れておいて、改めて俺はレムネアの全身を上から下まで見下ろして。
「なんっつーか、『流石俺の妹!』って感じの絶世の美少女っつか、この世に現れた妖精みたいになってんぞ?」
「うえぇぇ?! いやいや、嘘! お世辞! ぜったいそんなことない、だってコテツ姉なんか現世に出現した女神みたいだし!」
「まァ、確かに俺は<神器>だから、女の姿なんで『女神』つっても間違いじゃねェんだが……」
そんな風に舞台の袖でレムネアと二人でじゃれてる間にも、舞台の向こうの方じゃ、街のみんなが集まってときどき歓声を上げるのが聞こえて来てて。
さっきレムネアと一緒に暗幕の隙間からちらっと下を覗いたら、大通りの上を繋いでる、だだっ広い一部の壁がない渡り廊下の形で作られてるこの舞台の下に、街の住民全員が集結してんじゃねーのか、ってレベルで何万人もの群衆が集まってるのが見えて、さ。
「もうちょっと、少ない人数から始めて欲しかったよな……」
「コテツ姉はまだいいよ? ボクはこの街の生まれなんだから、知ってるおじさんおばさんたちやお兄ちゃんお姉ちゃんたちがみーんなボクのこと見に来てて、……恥ずかしいよぅ」
ふにゅうぅぅぅ、なんて変な声出してくねくねしてるレムネアが可愛くて仕方ねえんだけど、衣装が乱れっから、抱き締めることも出来やしねぇ。
「まだいいじゃねえか、俺なんかオオトリで出番最後で、この発表の締めなんだからな? ……っと、そうだった。忘れるとこだったぜ」
「ふぇ?」
妖精の翼みたいに誂えたレムネアの背中の大きなリボンを軽く引いて、俺はくねくねを中断したレムネアの耳に後ろから唇を寄せて。
「いつもの髪飾りがもう少しで手直し終わって届くからな、大人しく待ってろ」
「……?!」
大人しく、なんて無理か。一瞬で目の色変えたレムネアが飛び上がりそうになって、それでも衣装を気にしてその場でなんか身悶えしてんのが、マジ可愛い。俺の妹が天使すぎてどうしていいか解らねえぜ。
「……っと、グッドタイミング、だな」
「ぐっどたいみんぐ? 神の言霊かのう?」
そのためにわざわざ運び込んであった、それなりに重量のあるよく磨いた御影石の鏡から、たった今までヒトツメと一緒に作業してたんだろうムギリが、その、レムネアの大事な髪飾りを持ってドワーフテレポートで現れて。
「突発で注文つけて悪かったな、神刀の飾り立てもあったのに」
「なんのなんの、加工と装飾は我らドワーフの領分じゃ。他に任せられる方が不満じゃよ」
舞台袖で忙しく動き回る裏方さんたちがちょっと驚いたみたいにいきなり岩鏡から抜け出て来たムギリのことを注目してっけど、レムネアの方はそれどころじゃないみたいに、ムギリが宝物みたいに両手で抱えてる自分の髪飾りをガン見しててさ。
「一世一代の晴れ舞台に、これがないと締まらねえだろ、オメエ?」
「……ちゃんと、コテツ姉とエルガー兄が修理してくれたとこが残ってる」
「アァ? んっだよ、ムギリ? オメエらなら、こんな素人修理なんか跡形もなく修復出来ただろうに」
声を震わせてムギリの持つ髪飾りに目を奪われてるレムネアが言ったもんで、俺もその部分に気づいて。
エルガーが頑張って針金で巻いて蝶つがい部分を修理した、つってもアイツもド素人なんだから、無骨になっちまった感じは否めなくて、それでもレムネアは気に入っていつもこれを肌身離さず着けてたっけ。
「欠点を魅力に変えるのも職人の腕じゃからの? どれ、レムネアや、ワシが着けてやるわい」
そんな風に笑顔で言ったムギリがレムネアの後ろに回って、それをムギリのごわごわで岩みたいな指が、なんでそんな繊細に動かせるんだ、ってレベルで、レムネアの長い髪をあちこちで編み込んだ清楚で綺麗な盛り髪の後ろに、そっと装着して。
「ほれ、ぴったりじゃ。よく似合っておるぞい?」
「ありがと、ムギリおじちゃん!!」
「礼はいいわい、報酬は前渡しで貰っておるからの?」
「こないだ酒盛りした分の礼のつもりか? しかしありゃ、持ち帰った財宝を酒に変えた分で……」
苦笑しながらも、俺はその、村に居たときからレムネアお気に入りとしてよく見慣れてたはずの古くて一度壊れて素人修理された、その髪飾りから目を離せなくなってて、さ。
汚れを落として綺麗に磨かれて、ほんの少しだけ銀細工を足されたその髪飾りは、レムネアの身体のあちこちに着けられた金銀の装飾を邪魔することなく、でも見劣りするほどでもなく、そして、エルガーが括り付けた針金は、あちこちで銀細工の細長い環を作った装飾の一部みたいになってて。
「元素材の持ち味を最大限に活かす、ってこういうことか。ムギリ、いい仕事してるぜ」
「報酬に加えて賛辞まで貰えると、職人冥利に尽きる、というものじゃ」
にやり、って笑いあったそんな俺たちの傍らで、レムネアが大きく目を見開いて上を向いてて。
「オイ、化粧流れっから泣くな、ってメイド長さんに言われてただろ?」
「なっ、泣いでないもんっ、ボグ、ぜんぜんだいじょうぶだじっ」
「オマエはほんとに流れるようにすぐばれる嘘つくよな? ……ほれ、鼻ちーんしろ、ちーん」
大粒の涙が目から零れ落ちないように全力で頑張ってるレムネアの顔に、<異空間収納>から取り出した適当な大きさのタオルを当てて言ったら、すぐに盛大な鼻を噛む音が響いて、俺とムギリは爆笑しちまったわ。
「ごめんなメイドさん、泣かせちまったわ。お化粧直し頼む」
「予想済ですわ? 準備は出来てます」
舞台袖の柱の陰に隠れるみたいにして控えてた数人のメイドさんがさーっと化粧道具入った小箱抱えてレムネアの周囲に展開して、盛大にわんわん泣き始めたレムネアをなだめながら化粧直し開始してて、また俺は苦笑しちまって。
レムネアの出番が先なんで、化粧直ししてすぐに舞台に出てったけど。
舞台袖に居ても聞こえる群衆の声に「泣くなレムネアちゃーん!」とか「泣いても可愛いよー!!」とか言う叫びが聞こえたときはムギリと一緒になって笑っちまったわ。
エルガーが笑い上戸なら、レムネアは泣き上戸だな、きっと。
「で? 神刀の飾り立ては終わってるよな?」
「無論じゃ。今日この日、街で最初のお披露目じゃからの。師匠ヒトツメさまも気合の入れようが違っておった」
ムギリが背中に背負ってたズタ袋から愛着ある俺の神刀を取り出して手渡されたんで、受け取ってそのままズラリ、と鞘から引き抜いてみて。
「へぇ? また一段と紅くなったな?」
「師匠が言うには、刀身が力を吸うたびに赤味が増して行くそうじゃ。コテツ嬢ちゃんはあれから何度も単独でヒドラを倒したんじゃろ? それが影響しとるんじゃな」
「言われてみりゃ、確かにヒドラを何度も神刀で串刺しにしてやったけど……」
手に持った神刀の角度を何度か変えて、刀身の赤味を観察してみるけど。やっぱ、ヒトツメに預ける前とは比較にならないくらい、紅が増してる気がするんだよなあ。
ってまあ、普段からよくコイツを見慣れてる奴じゃなきゃ気づかないくらいの薄い色の違いなんだけどさ。
「ワシも師匠も魔法理論は苦手じゃて、詳しくは分からなんだが……、シンディさんの解説じゃと、『血を吸って紅くなる』と言っておったぞい?」
「……ああ、それなら納得だ。何度もバラバラに解体してっからな」
あの橋の下のプールがヒドラの血で真っ赤に染まるくらいに、九本首を全部ぶった切って本体を肉片に変わるくらいに切り刻んだの、何回やったっけ?
そんな風に思い出しながら神刀を鞘に納刀してたら、ムギリが神刀よりちょっと短めの小太刀を、神刀と同じくらいに両手で大事そうに捧げ持って突き出して来て。
「ん? ああ! 前にヒトツメが言ってた小太刀か! 完成したのか」
「その、小太刀じゃが。ワシが担当することになっての? 神刀に使われておる神の御業で鍛えられた神鉄ではなく、ドワーフが鍛えた蒼銀製となっておる」
言われて、神刀と交換して受け取ったその小太刀の刀身は、銀色に青みがかった、エルガーの全身を覆う蒼銀鎧と同じ、確かに蒼銀製で。
「神刀よりは重いが、振り回すのに重すぎる、ってこたねぇみたいだな?」
「あくまで神刀の補助として作っておるでの。これに魔力を封じることは出来なんだが、その代わりに、魔力を伝導させて威力を増すことが出来る」
言われて、今ムギリに預けた神刀から少し魔力を得て、それをそのまま体内を通して小太刀に流し込んでみたら。
「オォ? 面白ェなこれ、神刀から引き出した一の魔力が、小太刀から出したら二にも三にもなりやがる」
「シンディさんから貰った魔力増幅術式を組み込んでみたのじゃ。単体ではただの斬れ味の良い小太刀じゃが、神刀と対で使って初めて意味を持つ」
「へー。ほんっとに、いい仕事するぜ、ムギリ?」
そんな風に感心して、抜身のままでムギリの方を見たら、ムギリがなんでか床に平服してて。
「現世に顕現した女神コテツさまに、我らドワーフ族との永久に変わらぬ友情と無限の感謝を込めて奉納奉る。……鍛冶神アメノヒトツメノミコトさまとの縁故を繋いで頂いたことで、我らドワーフ族の技術発展と後世の繁栄は約束された」
「……何、突然改まってやがる? 普通にしてろ、俺の方こそ感謝感激雨あられだっつの」
コイツも泣き上戸かよ? 顔を上げたムギリの頬には、だくだくに流れる涙が光ってて。
「なに、コテツ嬢ちゃんがこういう畏まった礼が嫌いなのは解っておったでの、『友人』として、普段の口調を変えんことは約束するがの。――しかし、種族を代表して感謝、という奴は一度はやっておかんと、ドワーフ族の名が廃るでの」
ふざけんな莫迦、と声を掛けた辺りで、舞台の方から出番の声が掛かって。
俺が両手で神刀と小太刀の二本を持って舞台に出るのも間抜けすぎる、ってことで、先に出番終わって舞台袖に降りようとしてたタケミカヅチを捕まえて神刀持たせて、ムギリが小太刀捧げて俺の後ろに付き従って舞台に上がって。
……それからいろいろごちゃごちゃ式典進んだけど、まあ、最後に神刀の威力見せてくれ、ってハインが言うもんだから。
今の俺に出せる最大で、北にそびえる遠くの富士山くらいに高い山の山頂を一撃で吹っ飛ばしたら、二度と同じことはやらないでくれ、ってすんげえ勢いで怒られた。
なんだよ、自分から頼んどいて、そりゃねえだろうよ。
でもまあ、なんか最近疲れてたし、スッキリしたしで、いいか。




