34話 唐突に告白したんだ
「わっ、ほんとに起きた! 『愛の力』って、すごーい!!」
何言ってやがんだあほんだらぁ、変なラノベの読みすぎなんじゃねーのか?
なんて、やたら間近で聞こえるレムネアの声にそんな風に思いながら、妙に眠くて重いまぶたを薄めで開いたら。
「?!?!」
超絶至近距離に切れ長で細くてまつ毛長いエルガーの両目があって、俺は慌ててエルガーを押しのけて跳ね起きよう、として。
「あっ、まだ無理だよ? 癒着し切ってないみたいだし」
「オゥ。そうだった。……あれから、どうなった?」
唇を離したエルガーに向かって、平静を装ってぶっきら棒に返しておいて、そんな風に尋ねてみる。
「姉さんと、ヒドラ? って言うんだっけ、あの九本首の魔物が相打ちだね。……それで、そろそろ二時間ほど経つんだけど、痛みで気絶しちゃった姉さんの回復待ちしてた」
「そうか。……シンディ? 最後の魔法の効果だろ、あれって?」
近くに居るはずのシンディに質問相手を変えながら、俺は橋の上に上半身裸で陣羽織を被せられて寝かされてる状態のまま、少しだけ身を捩って損傷箇所を確認してみる。
「うぉ。すげぇな、脇腹ごっそり持ってかれたのか。こりゃ時間食うな」
「虎徹が起きたので私が回復を使える。そう時間は掛からないだろう」
上の方からそんな言葉が降ってきたと思ったら、見慣れた漆黒のローブの両足が俺の頭の横を通過して損傷した脇腹の方で止まって、そこでしゃがみこんで。
「修復に激痛を伴うので、痛覚遮断を使用して貰わないとならなかったため、意識が戻るのを待っていた。――いいか?」
「……っあー、お心遣いに感謝、だ。……いいぜ?」
言われた通りに胸から下の痛覚を遮断して、シンディが俺の脇腹付近を何やら魔力や血流魔法を併用してるみたいにこね回し始めたんだが。
……その様子が、なんか血肉がどばどばで吸血鬼の方の本能を刺激されるんで、俺は顔をしかめてそこから視線を外して上を向き直した。
「ほんとのほんとに、だいじょうぶだよねコテツ姉?」
「大丈夫だよ、姉さんは強いから。僕なんかよりもずっとね」
……向き直したら、本気で至近距離から俺の顔を覗き込んでるエルガーとレムネアが居て、だな。
「……シンディ? 治療しながらでいいんで、さっきの質問」
「術を行使する前にも言ったはずだが? <呪痛>だ。私の血の力を使って、虎徹が感じる痛みを、痛みを与えた相手にそのまま受け渡す」
「……ハッ、なるほどな! 俺の感じる痛みは普通の数万倍だからな、生半可な生物なら耐えられるわけ、ねェか」
唐突に納得が出来て、俺は失笑しちまった。けど、俺を覗き込んでる二人の弟妹は、ますます心配そうに顔を歪め出して。
「ごめん……ね、コテツ姉。くすぐったがりで触られるの嫌いなの知ってたけど、あのヒドラが即死するレベルの苦痛を感じてるとか知らなくって」
「姉さんが肉体的には強くても精神面では弱いのが解ってから、僕は姉さんに頼られない強い男になって支えようと思ってたのに、結局姉さんに助けられることになっちゃって……、ごめん」
「あー、ちょっと待てや、オマエら? 確かに俺は五感は常人の数万倍だが、別に常時苦痛に悩んでるわけじゃねーし、つーか。――精神面で弱いとか、なにげにさり気なく罵倒されてねーか俺?」
レムネアのは勘違いだが、まあそりゃいいとして。
エルガーがやたら逞しくなった気がしてた原因が判った方が重要だぜ、今のは。
つか、今キスしてたのは、俺が気絶してたから起こそうとしたんじゃなくて。
「なあ? エルガー。俺を……、愛してるか?」
「もちろん。いずれ僕の伴侶になる『女神』だから」
「……そうか。そんな気はしてた。じゃあ、教えてやる」
その返事で、今までのエルガーのいろんな態度にいろいろ納得したが、これを知らずに一緒になるのはフェアじゃねェからな。
俺は、自由になる両腕でいつものようにエルガーの胸甲を引っ掴んで、無理矢理に俺の方にエルガーの首を引き寄せて――。
「――つぅっ!」
「痛ェだろ? 一緒になったら毎日これだぜ? 俺は神で、神器で、『吸血姫』だからな」
たった今俺が軽く噛み付いた首から血を流すエルガーを突き放して、そんな風に言いながら不敵に笑って見せたら。
少し驚いた顔をしたエルガーが、すぐに俺と同じように不敵な笑みを浮かべて、俺の耳元に唇を寄せて来て。
「じゃあ僕もお返しに、『普通の女性の数万倍の感度』を持ってる姉さんを毎日触るよ?」
「……何言ってやがるあほんだらぁ……」
俺は神器で作られた人形だから、普通の女みたいに顔色を変えるとか、そんな芸当は出来ねェ。
出来ねェけど、耳元で声変わりした好きな男の超低音の囁き声で言われるそんな情景の説明聞いて平静で居られるほど男慣れしてるわけでもねェ。
っつか、男を好きになる、なんてこの世界で初めての体験だっつの、慣れてるわけなんて、ねーだろ!
「んーと、なんだかよく分からないけど。エルガー兄の勝ち、だね?」
いつもの調子に戻ってくすくすと笑い始めたレムネアが宣言したもんで、俺は不貞腐れて、陣羽織で顔を覆い隠した。
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「なるほど、爺が『女神』と形容するのを、珍しい表現をするようになったものだな、と思っていたが。――『現人神』だったとはな」
安全の確認された橋の広間に負傷したコテツ嬢を置いて、オレ、『盗賊王のハイン』は、閉鎖が解けた橋の先を、負傷したコテツ嬢の身内であるレムネア、エルガー、シンディを置いて先を進むための先行調査をしている。
「途中で呼び出されたもんで、確認しとらんかったが。一応、街の住民には内緒じゃぞい? カスパーン坊やに呼ばれたのであれば、知っておるはず、と思っとったがの」
「オレが生まれたときから爺は爺だったものを、坊や呼ばわりとは、さすが不老長寿の精霊族だな、ムギリ?」
「ワシが初めてカスパーン坊やに会ったときは、こんなにちんまいちびっ子じゃったわい」
指先をつまむように小さく縮めて見せたムギリに、オレはそれはないだろう、どこの蟻の子だ、と軽く笑って見せて、それでも思考はコテツ嬢のことを考え続けた。
内密に、と言った理由は、恐らく先程の戦闘でも端緒を見せた通り、成長すれば明らかに人外レベルの強力な『神威』となるからだろう。
ほぼ単独で、あれほどの巨大な魔物を屠るだけの戦闘力を持つ少女だ。
まだ力の振るい方に慣れていないようで、戦闘の進め方は拙い、の一言に尽きるが、神の被造物たる不死の肉体に、無限の魔法力を秘めた神刀を振るう現世に現れた武の女神……、軍事的な利用方法は幾通りでも思いつく。
そして、あれが万が一敵対しては、と考えるなら、何らかの手段で封印した方が良いのかもしれない――、ムギリたち精霊族と違い、『不老不死』、つまり、殺せないのならば。
もちろん、力を利用出来るならそれに越したことはないが、邸宅に閉じ込めている爺の行動と、オレに真相を秘匿していたことからしても、人間をあまり重視していない、故に、籠絡に非常に時間が掛かる、と見越してのことだろう。
オレや爺の生きている時間内で籠絡出来なくとも、人類に仇成す存在にならないのであれば、放置しておいてもいいのかもしれないが……。
『災厄の元』と成り得る力の持ち主なら、まだ未熟な今のうちに葬り去った方が、後顧の憂いを断つ、という意味でもコトが楽に済む。
「うぅー、こっちの部屋は、なんだかとっても過ごしにくいー」
「えうぅ、こっちの部屋はぁ、なんだかとっても蒸し暑いぃ」
「――そうだな。橋を境目に、こちらは炎の領域のようだな。……恐らくだが、右曲がりの外周構造から考えるに、このまま進めば入り口に戻るのだろう、と思われるが」
オレの考えを中断するように不満を述べたシルフィンとシフォンのエルフ姉妹の疲れたような声に、オレは同意してやった。
確かに、橋までは水の精霊を主体にしたような室内構成だったが、橋を渡って以後は水の対極となる炎の精霊力が盛んな構造が続いている。
おかげで、先程までは元気のなかった地と炎の精霊族たるドワーフのムギリが活発に動き回って周囲の装飾やマグマの利用構造を調べているし、反比例するように水と風の精霊族たるエルフのシルフィンとシフォンは活動力が低下しているように思える。
「ただの『古代遺跡』としか名がなかったようだが……、名付けるとしたら、『水と炎の遺跡』ではどうだろうな?」
「「賛成ーぃ! 水が先なのが特にいいーぃ!」」
「ふん。……気に入らんが、確かに水を先に探索したからの、それで良いじゃろう。
――入り口の罠を通過して右に曲がっておれば、火と水、になったのかもしれんのう」
ぶつぶつと言い訳がましくムギリが述べていたが、これでこの迷宮、というか遺跡のとりあえずの名称は決定したな。
それはともかく。
「こちらも恐らく、水の領域と殆ど同じ構成で作られているように観察出来るが、ムギリの見立ては?」
「同意見じゃ。どうやったらこれほどまでに正確に、全く性格の違う精霊を真逆に従わせてほぼ永続的とも呼べる循環構造の中に閉じ込めることが出来るのかは全く謎じゃが……、部屋の構造は殆ど鏡写しになっておるじゃろう、罠の位置なども含めて」
「そうだな、構造物そのものの研究の余地はまだありそうだ。それで、最初の謎に戻る。――最初に巨大ハンマーの振り子の罠に引っかかった人物は『下の階層』に落ちて、自力で生還したのだったな?」
「……そうじゃな? はて? 下に行く階段など、なかったのう?」
「……そういえば、そうなのですー? 下に水と溶岩が滞留してるのは分かるんですけどー?」
「……そういえばぁ、階段とかは見つけていないのですぅ?」
オレの指摘に、三人の精霊族は揃って首を傾げたが、オレには見当がついている。
なるほど、『迷宮創造者の意志を読み取る』、か。自分で言った言葉だが、オレには迷宮創造者の意図がよく分かる。
ここは、明らかに人間向きに作られた迷宮だ。そうでなければ、このような構造に作っては、この三人のような罠の発見に長けている精霊族のみで探索しても、完璧に見逃してしまうだろう。
それには。
「では、適当なところでコテツ嬢の元に戻るとしよう。あそこに置き去りにして先を進みすぎては、依頼料を減らされるかもしれないからな?」
「……そうじゃったの? ついつい探索に夢中になってしまったが、これはコテツ嬢ちゃんの探索依頼のうちじゃった。依頼主を置いて雇われの身が先に進んで何とする、じゃな」
「「わたしたちはーぁ、楽しければなんでもいいのですーぅ」」
ムギリの同意は得たが、エルフ娘達の喜色満面な笑顔に対して、オレとムギリは揃って苦笑を向けて、自由奔放すぎるその性質を呆れながら見やった。




