33話 唐突にボス戦になったんだ
「こんな罠もあるのか。これは初体験だな」
「のんびり落ち着いてんじゃねぇっつの!」
大きくて長い首を次々に繰り出して来る九本首のヒドラの攻撃を神刀で捌きながら、俺はそんなのんびりと感想を漏らしたハインの姿を追ったが……、さすが盗賊、ってことかよ?!
レムネアも神器の俺よりも速い体術使いだが、コイツはマジで群を抜いてるっつか、その更に上を行くっつか……!
あの一瞬の交差で、投げナイフを六本以上もヒドラの首の一本に叩き込んだのか!
「どうも、上手くないな。――鱗が硬すぎる、肉に貫通していないだろう」
「鱗っつか、表面に流れてる油っつか粘液がマジで邪魔だよな! 神刀で捌いても滑って肉を削げねェし!」
「何でもいいけど、僕、そう長く耐えられそうにないよ?」
「……っち、もうちょっと待ってろ!!」
マジで珍しいエルガーの弱音に、俺は結構盛大に焦りまくって周囲を見回して、何か使えそうなもんがないかを探した。
コイツが俺に弱音吐くなんて珍しいなんてもんじゃねェ、俺が盾役代わってやれりゃいいんだが……、っつか、そうか! 俺が魔法撃って引き付けりゃいいか!
「オラァ! こっちにも来やがれ、九本首! <火球>!!」
腰から抜き放って両手に構えた神刀を虚空に突き出すと同時にその勢いそのままに、<火球>を打ち放って、それは水面に透けて見えるヒドラの本体付近、水面近くまで一直線に飛んで……。
「<炸裂>!」
俺の号令にも似た叫びと同時に、球体の炎はそこで内部に秘めた炎のエネルギーを瞬間開放して。
爆発効果範囲に入ってた水面も巻き込んで、盛大に噴水のように広範囲に湧き上がった水の奔流が高い天井にまで到達、ざあざあと豪雨のような水滴を周囲に降らせた。
――水面の対岸を結ぶ橋の中央付近で、水面から首を伸ばして攻撃して来たコイツに突然襲われたんで、端っこを歩いてたエルガーを中心に盾役にして、狭い橋の上で左右に展開する形で応戦してたが。
「考えてみりゃ、バカ正直に中央に陣取ってコイツの自由にさせとく必要なんざねェんだよ!」
「あっ……、そうか! 散開しよう! 的を分散させて、エルガー兄の負担を軽くしよ!」
俺の叫びにいち早く反応したレムネアが素早く橋を駆け戻って小部屋に戻ろうとしたが……。
「ちょっ!? 何それ、どういう仕掛け?!」
っとに、マジ性格悪い広場だな! 小部屋に戻る階段を駆け上がってるレムネアの目の前で、がん! なんて派手な音を立てて、上から落ちて来た小部屋の天井が入り口を遮断しちまった!
反対側のまだ到達してない奥もそんな感じで、密室状況かよ!
「このパターンは、部屋のボスを倒さねば出られないタイプの大部屋だな」
「白々しいんだよマジで、クソが!」
レムネアやシルフィンたちとはまるっきり反対側の橋の先に走った俺に小走りでついて来たシンディがそんなことを抜かしやがるけど、ツッコミ入れる暇もねェし、でも!
「俺の神刀でさえ刃が通らねえんだったら、魔法撃つしかねェ! 精霊魔法でなんか適当に手段ねえか?!」
「ううむ、魔法戦闘はあまり得意ではないのじゃ、済まぬ! とりあえず<火種>じゃ!」
相変わらず正面にヒドラの本体を見据えて亀のように全身防御を固めてるエルガーからあまり距離を置かずに、すぐ脇でエルガーと同じくミスリル鎧のムギリが構えた斧からちっちゃい<火種>を放射したけど……。
縦横無尽に首を伸ばして、口先を尖らせて槍みたいに突っ込んで来るヒドラの鱗の体表をぬらぬらと流れる粘液のせいで、威力が肉に到達する前に弾かれてるみたいで。
「ダメだ! 届いてねぇ! ムギリ、悪いがエルガーと一緒に盾役に専念しといてくれ!」
「承知した! エルガーよ、ワシの後ろで暫し休むが良い!」
タイミングを見計らってエルガーの前に出たムギリの小さな正面面積の後ろにしゃがみ込んだエルガーが、肩で息をするのが見える。
人間相手ならいくらでも耐えるんだろうが、多分本物のドラゴンよりは小さいつっても一メートル近いサイズのヒドラの首が、その重量を加速させて突っ込んで来るのを盾で受け流し続けたんだからな。
技巧派なエルガーだから初の対ヒドラ戦であれだけ長く盾役を務められたんだろうから、ムギリと交代したら、そう長くは持たねえはずだ。
「っつか、相手が水の中で一方的、っつーのが不味いんだろ!」
橋の両端から扇状に、下向きに広がってる階段を水面に向かって駆け下りながら、俺は神刀を水に漬け込んで……。
「風呂は熱いのに限るって教えてやらぁ! <火炎>!!!」
普段はコイツを使うときはすんげえ勢いで威力を極限まで絞って使ってるんだが、今回ばかりは制限なしだ!
神刀に込められた神力を魔力変換するだけで魔法効果が10倍以上に達する上に、神刀に込められた神力は神界最高神にかなり近いとこに居るシンディの神血由来だからな、半径50メートル以上に達するプール、つっても――!
「グゥォォオオオオオゥゥゥェェェェェエエエァァアアア!?」
ヒドラのどの首かは解らねえし、もしかしたら複数の首だったのかもしれねえが、とにかくヒドラが驚いた咆哮が密閉された広場に反響してうるせえくらいだ。
そりゃそうだろ、身体の殆どを漬け込んでる周囲の水が瞬時に沸騰し始めたらな!
茹で上がったヒドラがどんな味するのか、今から楽しみにしとくぜ!!
「蒸気で視界が悪くなる。我々は魔力感知視界があるので問題ないが、エルガーやレムネア、ハインたちの対応を考えると、蒸気を風で払った方が戦闘のしやすさとしては合理的だろう」
「言われなくたって解ってんだよ! シルフィン、風を起こせ! シフォンは蒸気を氷に変えて叩き込め!」
「「はーいぃ、承知ーぃ。――<突風>、<氷槍>、楽しーぃ!」」
俺の神刀からの爆炎の水中拡散と同時に、そこら中の水面が沸き立ってぼこぼこと熱気と蒸気が噴出したその真っ白い煙の向こうに、それなりに大きな精霊力の塊の二人、風のシルフィンと水のシフォンが、俺の指示通りに精霊魔法を撃ち放った。
それで、視界は悪くなったが、まあ煙幕みたいなもんだしこっちの攻撃の材料にもなったし。
あいつも魔物の常で、魔力の大きさで敵を見るんだったら、エルガーよりは精霊力の大きいムギリを見つけるはずで――。
っつーか。
「そりゃそうか、この中でいちばん魔力でかいのは、神刀を使ってるときの俺か!」
蒸気煙幕の向こうから、水面にいちばん近い場所に居た俺に九本首が次々に突っ込んで来るのが見えて、俺は慌てて熱源になってる神刀をその場に置き去りに階段を駆け上がったが。
曲がりくねりながら次々に叩き込まれるヒドラの首は、そのまま俺の避ける場所がなくなることにも繋がって……。
「クソが、避けらんねぇ!」
「――よし、新しい血の術式が完成した。虎徹に今必要なものだろう。<呪痛>」
「なんだそりゃ!? っつか、魔法語じゃねぇ、英語?!」
俺の周囲を囲うように、まるで俺の逃げ場を無くすように階段に突き刺さってる八本のヒドラの首越しに、そんな魔法を掛けたらしいシンディの姿を見たが――、相変わらずのレムネアよりも小さな魔力なんで背景に霞んで、まるで幽霊みたいに朧げで見づらい。
それに、血の術式、って言った通り、俺の身体の内側からシンディの血の力を通して、なにかの魔法効果が全身を巡ったのは判ったが……。
「何の効果だ?! 解らねえ!」
「――来るぞ」
俺の質問には答えずに、そんな風に薄もやのようにも見えるシンディの姿が腕を伸ばした方向に目を向けたら、まさしくそっちの方から一直線に俺に向けて、ヒドラの九本目の首が突っ込んで来るのが見えて――。
この世界で初めて体感するレベルの強烈な衝撃と同時に、そのヒドラの小さく先端に向かって絞られたような形状の顎が、俺の腹を貫通して胴体を分断寸前にまで損傷させてて。
「ッ、ガアアアアァァァァァ!!!!」
全身に広がる普通の人間の数万倍に達する激痛に、俺は発狂寸前になりながら絶叫を上げた。




