32話 今更だが全員の探索動機の確認なんだ
「まったく、ダンジョン探索? などに呼び出されるとはな?」
遅れて到着したムギリがいきなり壁からにゅるっ、と出て来たのにはびっくりしたけどな。
「鉱脈に潜るのは慣れておるとはいえ、ワシは鍛冶師なんじゃぞい?」
「その、壁から出て来たのもドワーフの特殊スキルか?」
「ん? そうか、コテツ嬢ちゃんは知らんかったか。こりゃ土と炎の精霊族のドワーフの固有技能でな、自分の身体より大きく垂直の岩壁同士を繋ぐ土のゲートじゃ」
そんな風に話しながら、ムギリは今しがた自分が出て来た壁にもう一度手を当てて、右腕だけを壁に埋めたら……、俺のすぐ後ろにあった壁からその右手が出て来て、軽く肩を叩かれた。
「へぇ? 便利なスキルもあったもんだな? 歩かないで済むじゃねーか」
「それなりに移動距離に応じて精霊力、つまりワシらの存在に必要な生命力を消費して発現する関係上、頻繁に使える能力とは言えぬからの、万能ではないの」
「それはシルフィンも同じなのですー」
「それはシフォンも同じですぅ」
シルフィンとシフォンのエルフ姉妹は角部屋の噴水から出て来たんだよな。これも、ドワーフと同じエルフの固有技能ってやつか。
「……って、あれ? 水から出て来たみたいだが、エルフは木の精霊族なんじゃなかったっけ?」
「あ、違うよ? エルフは『水』と『風』で、ドワーフは、えーっと……」
「『地』と『火』じゃ」
俺の疑問にエルフ姉妹に精霊魔法を絶賛習い中のレムネアが答えようとして言葉に詰まったのを、見かねたのか苦笑しながらムギリが後を引き取って続けた。
「それぞれの精霊属性を単独で司る精霊王が、
地のゲーノモス、
水のオンディーヌ、
火のヴルカン、
風のシルヴェストル、
となっておるな。――まあ、おいそれと出会う機会もあるまいが」
「出会う機会がないってのは、なんでだ?」
「精霊王はコテツ嬢ちゃんたち神族と同様に、精霊界に住まう存在なのじゃが。神族と違って肉体を得る手段がないでの?
精霊召喚以外で顕現出来ぬ故、この世界での顕現率が低いのじゃ」
「……でも、エルフもドワーフも精霊族だろ? 身体、あるじゃねーか?」
「ワシらは『複合精霊族』じゃ。複数の精霊王の加護を受けた始祖たちが受肉したのがきっかけと伝わっておるが、それがいつで、何の理由で受肉したのかは不明じゃ。
――恐らく、上位種族の神族の意向じゃろうから、コテツ嬢ちゃんたちの方が詳しいはずじゃぞい?」
そんな風に不思議そうに、俺の方をムギリがまっすぐ見つめて来たもんで、俺は返答に困って、より神族について詳しそうなシンディを見たら。
「――答えられない。<制御>されている」
「またそれかよ。……まあ、疑問が解消しないってだけで困るこたねぇから、いいんだろうけどよ」
肩を竦めて、俺はあぐらをかいていた石畳の地面から立ち上がって、ホコリまみれになってたケツを軽く手で払って。
「んーじゃ、全員揃ったことだし、先に進むとすっか?」
そんな風にまだ座ってる全員に声を掛けたら、気が進まない感じのムギリと、相変わらず無反応無表情のシンディ以外はそれなりに大きな返事があった。
で、今更な疑問がふと湧いたんだが。
「そういや、今更だが。――俺は契約内容に入ってっから『冒険』してんだけどよ? オマエらの探索目的っての、訊いていいか?」
そうなんだよな。もう前世でシンディと契約してから13年も経ってるっつっても、そりゃ俺の『冒険』の準備期間で、転生後の生活も――女になっちまった不幸はある、っつっても――それなりに楽しませて貰ってるもんだから。
そろそろシンディにきっちり返済して行かなきゃ、そのためにコイツの最初の願いに沿わなきゃ、って気になってるのがここに潜ってる理由なんだが。
「え、ボク? ボクは最初はコテツ姉とエルガー兄の手伝いをしなきゃ、って思ってたけど。今は、盗賊や精霊魔法の修行も一緒に進められるかなあ、って、ちょっとだけ欲が出て来ちゃった」
手早く身の回りに広げてた装備類を纏めて体中あちこちに無数にくっつけてる小袋にしまい込みながら、レムネアがはにかみながら答えたんで、軽くその頭を撫でてやった。
えへへー、なんて照れ笑い浮かべてるその間も、大量の手のひらサイズの小道具をしまい込む作業をやめないんだが、――よくよく観察してみりゃ、鍵開けに使うんだろう曲がった針金みたいなもんだけしか用途が分からなかったけど。
盗賊イコール泥棒、って意識しかなかったけど、ほんとにコイツら、この世界の盗賊って侵入や盗掘のプロフェッショナルな専門職、なんだなー、なんて認識を新たにしちまったわ。
こりゃ、いっぺん盗賊ギルド嫌ってるタケミカヅチ連れてギルドの方に出向いて、実際のとこを学習した方がレムネアのためにもなるかもな?
俺もアイツも、どうも前世の泥棒のイメージが強すぎるからなあ。
「僕は姉さんが行くところならどこにでも、永遠に一緒だよ? 健康なときでも病気になってでも」
「汝、病めるときも健やかなるときも、ってか? 莫迦言ってんじゃねーよ、あほんだらぁ。病んだら大人しく寝てろ」
どこで覚えたんだか、くっそ恥ずかしいこと言いやがって。
軽く前蹴りしたらしれーっと澄まし顔で身を捩って躱したんで、そこで俺は体勢を入れ替えて逆の足で回し蹴りを入れたら、それも躱しやがった。
クソが、本気でツッコミづらい奴に成長してやがる。
「ワシは師匠たるアメノヒトツメさまがコテツ嬢ちゃんに同行出来ぬものでな、代理で付き従っておる。――その、コテツ嬢ちゃんが持っておる神刀のメンテナンスも承っておるぞい」
完璧に出来るとは言わぬがの、なんて嘯きながらも、ムギリの同行は、ヒトツメの要望ってことを差し引いてでもそりゃ、有り難い申し出、ってやつだ。
「そりゃ確かに有り難いんだけどな。店、閉めてまで来てくれてんだろ? なんか旨いもん作って礼すっからよ」
「旨い料理も楽しみじゃが、そこには当然旨い酒も用意されておるのだろうの?」
にやっ、と笑ったムギリに、俺も同じように笑って応えてやった。
俺はこの神刀に頼らなきゃ、保有魔力ゼロの人形で――、詠唱魔法をそれなりの数使えるつっても、時間掛かる割に出力はいちばん年下のレムネア以下、っつー不完全さだからな。
万が一だが、コイツが調子悪くなったときに、すぐそばにコイツを見せてどこが悪いのか聞ける奴が居る、ってのは本気で有り難いぜ。
「シルフィンはシンディのお願いのうちにあったのですがー、これはこれで面白いと思っているのですー」
「シフォンはシンディのお願いを聞いているつもりなのですがぁ、知らない場所を探検するのは楽しいのですぅ」
「……オマエらはほんっとブレねェよな。今、ムギリと一緒に住んでんだろ? よくもまあ共同生活が成り立つもんだぜ、文字通り『水と油』っつか、『水と炎』なのに」
俺が指摘したら、なんかすげェムギリが嫌そうな顔してエルフ姉妹が得意そうな顔になったんで、この話題はあんまし深く掘り下げてやらない方が良さそうだ。
「でもでも、シルフィンとシフォンがそばにいていろいろ教えてくれると、ボク嬉しいから!」
……ほれ見ろ、うちの可愛い妹がフォロー入れてんじゃねーか。年下に気を遣わせてんじゃねーよ? 年増エルフめ。
っつか。
「……自分の楽しみのためだけに動く、っつーのは、シンディと殆ど行動原理が同じ、なんじゃねーのか?」
「――そのように考えるなら、確かに同じと見做せないこともないだろう。時間は有限だ、それならば最も自身の思うところに近づく方向性で動く方が合理的だ」
「不老不死の俺やオマエに言われても納得出来るもんじゃねェんだろうけどな、時間が有限、なんて」
相変わらず俺にそっくりの顔立ちでいて無表情なんだから、なんか歳が増えた鏡を見てるような錯覚に陥っちまうぜ。
俺がもう少し成長したらこんな姿になるんだろうな?
っつーか、そろそろ背丈もレムネアに抜かれそうになっちまってるし、もう一回くらい成長掛けた方がいいのかもしれねェな。
……エルガーともう頭ひとつ分以上背丈違っちまってるし、12のときで成長止めてるまんまだからなあ。
これでサーティエが戻って、その、なんだ。――婚姻の運び、なんて話になっちまったら、エルガーにロリ疑惑が湧いちまうんじゃねーのか、なんて心配もあるし。
「私……いや、オレがここに来たのは爺から話を聞いて、楽しそうだ、と思ったのもあるが」
そういや、コイツも居たんだった。カスパーン爺さんに盗賊のツテを頼んだらやって来た、盗賊のハイン。
「この迷宮は貴族が金に明かせて作ったどの迷宮とも違う、資金力から見ても謎の詰まり具合から見ても、群を抜いて不思議な……、『古代遺跡』と言ったか?」
「ああ、まあ俗に言えばそういう名称になるんだろうけど……、貴族が暇つぶしに迷路作ったり迷宮作って遊んでる、って噂話は聞いたことあったが、そこにも入り込んだことあるのかよ?
警備なんかケタ違いに厳しいだろうに、ほんっとにどんだけ凄腕なんだよアンタ」
俺の胡乱そうな目つきの質問に、なんでだか慌てて作り笑顔を浮かべたハインは話を続けた。
「それはさておき、この迷宮は総合的に見ても『金の源』と評しても良いと思う。壁や床の装飾ひとつ取っても、美術品を収集している貴族相手に高値で売れるだろうし……、それに、『隠された財宝』もあるのだろう?」
「……ある、んだよな?」
俺が作った迷宮じゃねえんで奥を知らないもんだから断言は出来ねえんだが、視線を向けたシンディがこっくりと頷いたんで、どうやら確実にあるらしい。
「素晴らしい。盗賊の目的としてはそれで十分だろう? これがここだけでなく、大陸中に無数にある、とも聞いているが」
「ああ、何個つったっけ……、五百? くらいはあるらしいぜ」
「エクセレントだ。早速、ギルドに命令……、ではない、報告して全土でこのような遺跡の探索を開始させるとしよう。
と言っても、最初の迷宮であるここを最後まで探索し終わった後の方が安全面での見本、となりそうだがね」
そんな風に相変わらずの信用できなさそうな乾いた笑いを貼り付けてるハインが、俺とシンディを場に残して他の奴らと同じように、小部屋の出口の方に向かってったけど。
……なんか、俺、コイツの正体、見当ついて来たかも。
物言いといい、発言内容といい、そんで、貴族なカスパーン爺さんと知り合い、なんだし。
コイツ、盗賊ギルドの長なんじゃねーのか?
さしずめ、今はお忍びで冒険者パーティに参加してみた、なんてとこかね?
っつーか、ファンタジーじゃ定番の『冒険者パーティ』も、この世界じゃ俺らが初の存在で、今が世界初の『ダンジョン探索』なんだもんな?
出来れば成功した冒険、で終わらせたいもんだよな。
そんな風に考えながら、俺は最後尾を歩くと決めてるダンジョンマスターのシンディを引き連れて、皆の後を追った。




