31話 探索が速くなったんだ
「なるほど、しらみ潰しに全部調べてたと」
そう言って、少し考え込む素振りを見せたその男は、少し得意げに説明してたレムネアに答えて、それから、おもむろに。
「無駄な苦労だったな」
……って、ばっさり切り捨てるように淡々と言った。
「無駄?! 無駄って言った今!? ボクが入り口から頑張って確認したのに!」
「あー、ちょっと待てレムネア。話の続きがあるっぽいから」
さすがに初日のダンジョン探索の苦労を一言で切り捨てられたら、普段は人好きのする気のいいうちの妹でも怒るっつーの。
しかし、珍しく俺よりも先にレムネアが真っ先にキレちまったもんだから、流れ的に俺は今にもそいつに飛びかかろうとしてるレムネアを抱え上げて押さえる感じの役目になっちまった。
「ほら、待て待て。続きの内容によっちゃ、俺がきっちり切り刻むからまあ安心してろ? で、続きは?」
「おお、絶世の美少女と爺に聞いてはいたが、その鈴音のような美声で言われる罵倒はある種、恐怖と隣合わせの快絶に似た感動があるな」
「……ほんとに盗賊かアンタ? よくそんな歯の浮く美辞麗句がすらすら出て来るもんだな。まるで、お上品な貴族みてえだ」
俺が抱え上げてるレムネアが掴みかかろうと手を伸ばすのを肩に担ぎ上げて引き離してる間も、そいつはそんな風に俺のことを評してて。
――つか、貴族みてえ、って正直な感想の部分に反応して急に顎に手当てて考え込んじまった風だけど、そんなショック受けるんだったら初めから普通に話せ、っつーんだよな。
「で、続きは? ハイルさん、っつったっけ、アンタ」
「……ああ、済まない。――いや、なんでもない。そうだ、無駄な苦労、という話だったな。それに、余……じゃなかった、オレの名はハイルではなく、ハイン、だ。間違えないで貰おう」
「アァ、そうだった。済まねえな。で?」
「無駄と言ったのは、目につく場所を片っ端から総当りにする調べ方のことだ。――そのやり方確実は確実だろうが、あまりにも時間が掛かり過ぎる」
言いながら、ハインはさっきまだレムネアが調べ終わってない通路をすたすたと先に進んで、壁の装飾をこんこん、と不用心に拳で軽く叩いて見せた。
「だから、不用意にそこら辺触っちゃダメだってば!」
「いいや、『ここは触っても構わない場所』だ」
大して調べてもいないのに、ハインは確信があるみたいにダンジョンのあちこちを叩いたり撫でたりして、それでいてはっきりとレムネアの言葉を否定しやがる。
「さっきも言っただろう? 無駄、と言うからには、それなりに余……、オレにも根拠がある。何だと思う?」
「……罠なんかないって思い込み?」
「莫迦を申すな、いや言うな。入り口の最初にあんな巨大な罠がある迷宮に入っておいて、罠がない、と考える方がどうかしている」
「アァ、あれな。飛んでった奴は盗賊嫌いなんで、アンタと会うとまたうるさそうだったんで屋敷に置いて来ちまったが」
瞬間で顔を背けたエルガーに生暖かい視線を送って、俺はハインに目を戻す。
コイツ……、かなり記憶力いいのは知ってたけど、こんなに笑い上戸だったんだな。
ここ数日ずっとひとりで笑ってたの、思い出し笑いだったんじゃねーのか?
「だから、そこからずっと手前の通路まで全部調べた、って言ったじゃん!」
「それが迷宮創造者の狙いだろう」
ズバッ、とレムネアの反論を一言で封じ込めたのが、ハインのそんな一言で。
「これだけの装飾を施した建造物でありながら、最初の大掛かり、かつ目立ち、しかも見つけやすい単純な構造の罠を置く。――盗掘避けの墳墓とは全く違う、いわば、あの罠の役割は『警告』と」
言葉を切って、少し大人しくなって話を聞く体勢になって来たレムネアに、どこか人好きのする笑みを浮かべてみせて。
「探索に慣れていない人間に、罠の存在を強く認識させて警戒心を煽るためのもの、と推測出来る。ええと、そちらの見目麗しき女性、名はなんと言ったっけ?」
「――私のことか? 私はシンディだ。虎徹の相棒をやっている」
「いつオマエが俺の相棒になったんだよ」
「そうだな、正確には契約者だが、契約内容を理解しづらい相手には相棒の方が解りやすいだろう、運命共同体でも良いが」
今日はアユカはメイドさんたちに預けて来たからこないだと違って単独で後ろに黙って佇んでるけど。
コイツも俺と一緒で気配がないからほんとに黙ってると黒い服着てるのもあって、闇に溶け込んじまいそうな印象があるんだよな。
「そうだった、シンディさん。貴方の口癖だったな、『合理的』は」
「限られた時間と労力を最速で成すために必須のことを行うのが合理的だ」
「そう、それだ。それが、この迷宮にもありありと表れている。最初の罠までは単なる通路だったものが、罠を抜けた途端に装飾物が増える」
もう一度、今度は意味ありげに小部屋の中央に生えてた柱を軽く蹴って、動かないことを確認したのか?
レムネアのやり方とはかなり違って乱暴だが、それでどこかで罠が作動した気配はない。
「最初の罠を通過した猜疑心を煽られた探索者が素通り出来るわけがない。逆に言うならば、『罠がないこと、それ自体が罠』だ」
「罠がないこと、それ自体が罠……」
ハインの言葉をオウム返しに繰り返したレムネアがだいぶ落ち着いたっぽかったんで、俺は少し屈んで肩に担ぎ上げてたレムネアを床に下ろしてやった。
「なんでそれが分かる?」
「分かるというか、こういう大規模建造物では『設計者の意図』を先に考えるんだ。……それは通路だったり装飾だったり、意匠の統一性や機能、それらから窺い知ることが出来る」
俺の疑問に、今しがたハインが蹴っ飛ばした柱にハマってた球状の装飾を軽く拳で叩き示して、ハインは言葉を続ける。
「罠と装飾品、通路から現在までに分かっている創造者の性格は、『合理的』、『直接的』、そして『手が抜けない性質』を持っているようだ」
「ヘェ? なんで分かる?」
「装飾品の質がかなり上質だ。例えばこの球体装飾だが、これは王侯貴族クラスの意匠が彫り込まれた水晶の真球だ。これを皇都で作らせるなら、帝国御用達の職人に数年掛けて頼み込むことになる。
――外れたら高く売れそうなものだが、さすがにそれは無理っぽいな」
「そういうとこ見ると、ほんとに盗賊なんだな、って思うわ。さっきまで、どこのおエライ教養高い貴族様だよ、とか思ってたし」
少し力を込めて壁に埋め込まれてる水晶の球体を外そうとする素振りを見せたハインにそんな風に言ったら、なんでか嬉しそうに笑い出したんだが、コイツの笑いのツボがまるっきり掴めねえ。
「マジで変な奴だな、アンタ? なんでアンタみたいなのが爺さんから紹介されたんだか」
「こちらは良い仕事を紹介して貰えた、と爺に感謝しているところなのだがね。……と、また話が逸れたな?
他にもいろいろと理由はあるが、まとめてしまえば、ここが『侵入者の命を狙う墳墓』ではなく『侵入者の時間を浪費させる迷宮』である、と断定出来るんだよ」
「じゃ、じゃあ、罠があるとしたら、どんな場所?」
「良い質問だ。さっきも言ったように、華美な装飾品、何かがありそうな場所、それらは存在そのものが罠だ。だから、『合理的に考える』と」
俺たちが後ろに続くのを確認して、ハインは先の小部屋に入ってすぐに右に曲がると、そっちの方にぽっかり開いてた先に繋がる通路へまっすぐに進みながら――、唐突に、部屋の左右の壁に金貨をぽんぽんと放り投げて。
ちゃりん! って音が一度だけ鳴った、と思った瞬間に、その金貨が落ちた石畳がくるり、と半回転して、そこに落とし穴が口を開いてた。
「ほら、あった。――どうしてそこにあったか、理由が分かるかな?」
「……判んない」
「分からないことを素直に分からない、と表現するのは美徳だな。正解は、『猜疑心に溢れた探索者は素直に中央を通り抜けない』からだ」
「あー。確かにな、前の俺たちも、そういや落とし穴を警戒して中央を通らなかったけど。――逆だったんだな」
「そうだな。落とし穴かどうかまでは確信がなかったが」
言いながら、財布の小袋の紐を絞ってまた先頭を進むハインの背を見つめるレムネアの目線が尊敬に変わってるのが確認出来て。
「なるほど、変なやつで盗賊っぽくねェけど、爺さんが言ってたいい人材、ってのは嘘じゃねェんだな?」
「盗みの経験はあまりないのだがね。盗賊ギルドの新人に教えている『盗掘の心得』のテキストを書いたのが私だからな」
「前言撤回、バリバリの盗人の親玉クラスじゃねーかよ」
「心外だな? 金も財宝も死後には持って行けないのだから、現世に残る我々が有効に活用させて貰っているだけだ」
ひらひらと手を振ってにこやかな笑みを貼り付けた腹の底が、なんかどす黒いもんで染まってそうに信用出来ねェ感じの笑い方だったけど。
なんかレムネアが盗賊の先輩、って感じで話を訊く体勢になってるみたいだし――。
「んじゃ、前回と同じで昼過ぎまで進んで、適当なところで小休止の流れ、かね?」
「それがいいだろうな。それで、精霊使いのアテがあると聞いていたのだが?」
「アァ、いるぜ? 爺さん経由で街に使い出してるから、アンタと一緒でここの入り口で合流する手筈になってる」
ハインに答えて、相変わらず迷いなくすたすたと進むハインの後に俺らがぞろぞろと進んでる。
最初に四時間掛かって小部屋四部屋しか探索終了しなかったのに、熟練の盗賊のハインと入り口で落ち合って先導し始めて、まだたった十数分しか経ってねえ、っつーのに。
「なあ? あんまし先に進みすぎると、後から来る奴らが罠に引っ掛かったりするんじゃねーか?」
「いや、来るのはエルフとドワーフだろう? ここにあるのが原始的な罠ばかりなら、その心配はあまりないな」
「って、なんでだそりゃ?」
俺の疑問に、今度はハインの方が怪訝そうな表情を浮かべて見せた。
「エルフとドワーフは知り合いなのだろう? 彼らは精霊族の一種なので、精霊力と、同族の精霊そのものを見ることが出来る。――そして、精霊は自然物を触媒に健在する存在であるので」
「ああ、判った。落とし穴があれば風や石の精霊が警告するし、水の罠なら水の精霊が教える、と」
手持ち無沙汰なのか、シンディと並んで最後尾を付いて来てたエルガーが、そんな風に言って。
「なるほどな? じゃあ、最初からあいつらを呼んどきゃレムネアが疲れずに済んだんだな。……悪いな、余計な手間掛けさせちまって」
「ううん、平気! っていうか、ボクが未熟だったからだねー。もっと勉強して立派な盗賊になるから、ごめんね!」
――それは屋敷で留守番してるアイツに聞かせていい宣言なのかね?
でも、俺らが抱いてるイメージとはかなり違うんだよな、この世界の盗賊の役割って。
コイツらがちょっと特殊なのかもしれねえけど……、少なくともレムネアとコイツ、ハインは盗みや強盗の達人を目指してるわけじゃなさそうだし。
そこんとこ、盗賊ギルドについて、もう少し詳しく知ってから、ちょっと考えを正さなきゃいけねえかもな?
なんて考えてたら。
「そう、そういう特殊な能力を持ち、かつ精霊魔法の使い手ということで、隠密侵入もお手の物であるからして、我が盗賊ギルドも魔術師育成の他に精霊魔法の使い手も大事にしている」
「……なんか今のうちに叩き潰しといた方がいいような気もするんだが、気のせいか?」
やたら意気投合し始めたハインたち盗賊ふたりにそんなこと告げたらすげぇ慌ててたんだが。
今でさえ侵入者としてはかなりのレベルだって判明してるのに、これから更に精霊魔法やら何やらスキル付けまくったらコイツら、侵入出来ない場所なんかなくなるんじゃねーのか?
……実態がどうなのかは正直よく解らなくなって来たとこだが、とりあえず『盗賊』がそんな強くなっちゃダメだろ、ファンタジーの王道として。




