28話 ダンジョン探索を開始したんだ
「家族のみの外出って久しぶりじゃねーか?」
「……あっ、そうかも! ここんとこ、ずっとムギリさんやシルフィンたちとか、友達が一緒だったもんね」
そんな俺の疑問にすぐに答えたのが、先頭を注意深く探りながら歩くレムネアだった。
が、少し後ろを警戒しながら歩いてる俺らを振り返ることもなく、話しかければ答えはするけど、注意力が前方にずっと向けられてるのは変わらない。
……まあ、『あんなこと』がしょっぱなにあったから、無理もねえんだが。
――話は数時間前に遡るんだがな。
今、ここに来てるのは、俺とエルガー、レムネアの三姉弟に一応俺の母親ってか保護者って立場になってるシンディと、レムネアの父親役の役どころになってるタケミカヅチの五人、それに道案内の獣人のアユカを加えた六人で。
ここはアユカたちコボルト族が住んでた洞窟の最奥から更に下った下層の古代遺跡で、元々は人間に『冒険』をさせてそれを観察するために神のシンディが作り上げた『ダンジョン』なんだが。
……アユカと一緒に内部を案内する、なんて言ってた癖に、『自分の公平な観察の結果が失われる』って理由で、コイツ、内部構造がどうなってるかをバラすのを拒否しやがった。
そりゃまぁ、実際のところ、『冒険者向けダンジョンの攻略』ってのはファンタジー世界冒険者の醍醐味ってやつじゃん?
俺も地球でファンタジーMMORPGはいくつかプレイした経験あるし、それ自体は別に構わねえんだよな。
何しろ、俺ら神族って不老不死で、なんかしくじっても命を落とすわけじゃねえし。
それにダンジョン作成者、つまりダンジョンマスターのシンディの方も。
『そうぽんぽんと侵入者を最初から殺害する罠していては誰も奥まで到達しないので自分が冒険行を観察出来ずに本末転倒となる、せいぜい簡単に戻って来れない場所に強制移動させる罠が最凶程度』
――ってのは確認したからな。
コイツは黙秘はするけど嘘はつけない奴だから、たぶんこりゃ正しい、んだが。
「まさか、タケミカヅチが最初に脱落するとはなあ……」
「タケミカヅチはほんとは凄いんだよっ?!」
そんなことをぽつりと呟いたら、父親代わりで兄代わりで武技の師匠で10年以上も同居してる、俺なんかよりも全然深い付き合いなレムネアが初めて振り向いて反論して来たんで、とりあえずぎゅっと抱きしめてフォローしたら急に赤面して大人しくなった。
「飛んで行ったときの反応は余人には再現不能な、まさに神族ならでは、だったな。人間の探索行を想定して作成したダンジョンだが、良い反応を見られたと思った」
ダンジョンマスターのシンディが身も蓋もないことを言い始めたんで、抱きしめついでにレムネアの両耳を塞いで聞かせないようにしてやる。
「あんまし突っ込んでやるなよ。確かにありゃ、『伝説級の笑い話』だったけどよ」
そんな台詞を最後尾でアユカと手を繋いで歩くシンディに向けながら、俺とレムネアの間に居るエルガーの背中に目を向けたら。
どうもコイツ、あの吹っ飛んだときのタケミカヅチの有志がよほどツボに入ったのか、この話題になるたびに顔面押さえて笑うのを耐えてるみたいなんだよな?
「そんなにツボったのかよ、アレ?」
「…………ノーコメントで」
口元を手で押さえてやがるんで、すげえくぐもった声になってるけど、吹き出さないのがよく頑張ってるレベルで声が震えてやがる。
「確かに、ありゃカッコ良かったよなあ。――颯爽と先頭を歩いた先で振り返って、『武神たる私が皆さんを完璧にお守りしま「ずどがーん!」めれんげっ!』のタイミングでどっか遠くに吹っ飛んでったからな」
言うなり、エルガーが再度口元を強く押さえてそっぽ向いて全身を震わせるし、抱き締めてたレムネアがぐりぐりと俺の胸に頭押し付けてきて不快表明するしで、この話題は家族内じゃ封印した方が良さそうだ、って結論に達した。
「この世界では不老不死の神族と言えども、さまざまな能力制限を受けているからな。タケミカヅチが良い例となった。例え人間を超えた神でも、『罠には引っかかる』のだと」
「最初からあんな凶悪な罠を置いてるダンマスのオマエもどうかしてるっつの」
したり顔で述べるシンディに軽く横蹴りしといて、俺はタケミカヅチが吹っ飛んだ状況を思い出した。
アユカが案内した洞窟の最奥まで下って、清水の湧いてた泉の『水面を歩いて走破した先』に壁に隠されたダンジョンの入り口があったんだが。
「そういや<水上歩行>って初めて使ったけど、意外と面白かったな」
「あ、あれ面白かったねー。なんていうんだろ、水のふかふかベッド? みたいな」
「鎧でフル装備、パーティ内最重量の僕が絶対に水に沈めなくなる、というのはほんとにすごかったね」
「お水、飲めない、面白い。でも不便、喉、乾いたとき」
俺の呟きに、全員が反応したけど、俺も同意だ。
神刀に突っ込んである呪文はシスの街に移住してからも、精霊族のムギリとエルフ姉妹のシルフィンにシフォンたちからも教わってちょくちょく数を増やして今は最初の100種類からプラスで20種類くらい増えたけど、実際に使ったことない呪文も多いからな。
「ん? 喉乾いたか、アユカ? 定番の<水球>出すか?」
「ううん、大丈夫。レムネアお姉ちゃん、頑張ってる、見てる」
「うんっ、お姉ちゃん頑張ってるよぅ!」
再度探索作業に戻ったレムネアが振り返らずに、アユカのそんな言葉に反応して背中に片手でVサインして見せたけど。
最初に『家族』つったのがそれなんだけど、カスパーン爺さんに了解取ってから決まったアユカの引き取り先ってのが、とりあえず俺たちに与えられてる街の邸宅なんで。
……必然的にアユカの立ち位置、ってのが「俺の末妹」ってことになったんだよな。
獣人なんで奴隷にするって選択肢もある、なんて言われたけど、そんな関係は俺はごめんだったし、レムネアからもすんげえ反発されたからな。
村でもレムネアより年下の女子ってな居なかったんで、レムネア的には自分のほんとの妹みたいに可愛がるつもりらしい。
――俺がアユカの親の仇だ、って情報に辿り着いたとき、コイツらの、俺を見る目はどう変わるのかな? アユカ本人もまだ知らないっぽいが。
死なない身体なんで殺されてやることも出来ねえけど、可愛がってやりたい気持ちはほんとなんだがな。
「あれから時間経ってるけど、罠はなさそうだな?」
「ヒントを出すと、ここには魔法陣を利用した魔術的な罠はない。全て機械的に連動動作するスイッチ型動作機構を利用している。経年劣化しても確実に動作する原始的な罠が最も合理的だ」
「……役に立つ情報をありがとよ」
全部知ってるのに教えない、って役どころは、なんかTRPGのゲームマスターみたいだよな?
それはそれで今んとこ別に困らねえし、命の危険はない、って約束してるから別に疑っちゃいねえんだが。……それでもなあ。
「その原始的な『振り子の大ハンマー』でタケミカヅチがすんげえ遠くの水たまりに落っこちたっぽいのを見てっからなあ……」
何気なく話を戻しちまったんで、予期してなかったエルガーが『がふぁっ!』みたいな勢いで激しく噴出したし、レムネアが『ごすっ!』と中腰で床を見てた状態から床に突っ伏した。
でもなあ、あの様子は千年は語り継げる伝説級の勇姿だったから。繰り返すけど。
「だいたい、『完璧にお守りしま「ずどがーん!」めれんげっ!』ってなんだよ。メレンゲって。どこから出て来たんだよその単語」
エルガーがなんか壁を叩いて耐えてんな。つかそこら辺の壁を不用意に叩かない方がいいぞ? 罠満載っぽいし。
「むぅっ、コテツ姉のいじわるー。蒸し返さないでよっ」
「アァ、済まねえな。思い出しちまったもんでな。あれから罠はひとつもねェんだろ?」
「うんっ、痕跡なし。ボク程度で見つけられない痕跡だと判んないけど……、少なくとも、押したり踏んだりして発動するスイッチみたいなのはなかった、と思う」
「気がつかないうちに発動しているのなら諦めるしかないね」
俺とレムネアの会話に、ちらちらとシンディの方を伺いながらエルガーが口を挟んで来たけど。
「ソイツは本気で悪意とか悪気ってもんとは無縁だから、気にしても仕方ねェぞ?」
俺の言葉に、納得はしてない、って感じで不承不承、エルガーは頷いてみせた。
「ただほんとに『観察』がメインで、動機は『好奇心』だからな」
「『森羅万象を人間目線で知りたい、感じたい』だっけ? 凄いことする神様だよねー、っていうか神様だから凄いのかな」
「アァ、まあそりゃどっちでもいいんだけどな。その代わり、俺に悪意向けることはないし、俺が大事に思ってる対象にもそりゃ同様なんで、そこは信じていい」
俺も相変わらず無表情で、なんでか懐かれまくってるアユカと手を繋いで最後尾をくっついて来るシンディに俺もちらっと目を向けて。
……改めて俺は目線を上げて、俺とシンディが出した複数の<光球>の光に照らされたダンジョン――、シンディが作り上げた巨大な迷宮の内部を観察した。
「壁や天井の素材は普通に石っぽいし、音から察するに動力は水、だな」
「タケミカヅチが飛ばされた先で人体と硬い壁との接触衝撃音の後に水音がして、しかし姿は確認できなかったので下階層が存在する可能性が高い」
「自分で作ったんだろうがよ、白々しい。――んで、天井はここの階層は割りと高いんで、やっぱ岩場の方に繋がってんだろうけど、魔法の気配はないんで異空間接続とかじゃねえな?」
シンディの白々しい観察にツッコミを入れてから確認したけど、そっちも否定はしなかったんで、こりゃほんとに物理的なダンジョン階層で、地下に伸びてる系の縦に深いやつ、なんだろうな。
「素朴な疑問なんだけど、ここってなんで探索するの?」
「……『未知を知るのが冒険者』だからだよ」
安全が確認出来たらしい精巧な出来の石材ブロック製な広い通路を先に進むレムネアがそんな質問をしてきたんだが、とりあえず俺はそんな返事を返して。
ダンジョン、イコール探索するもん、ってゲーム脳の俺からしたら確かに、現実的に探索する意味、って聞かれたら説明しづれえんだよな。
命の危険はねェ、っつっても、実際に最初に罠に掛かって吹っ飛んでったタケミカヅチが未だに再合流出来てねェし。
――たぶん下の階層に落ちて直接上がれない落とし穴に直行したんだろうけど、俺らは神族だから時間掛けりゃどうにでもなるけど。
ただの人間がそんな目に遭ったら、罠では死ななくても食料や水が尽きて餓死する危険だってあるんだよな?
「全てのダンジョンに、人間が価値を感じるだろうと想定した宝物が複数用意してある」
そんな俺のあれこれ思案の迷路を一撃で破ったのが、ダンジョンマスターなシンディのそんな一言で。
「ほんとに!? わっ、うわっ、ボク俄然やる気になっちゃったよ! やっぱり宝物ならいちばん奥かなあ! 早く進もっ!?」
全力でやる気になったらしいレムネアに手を引かれるようにして、俺たちはダンジョンを下ってった。




