幕間4 タケミカヅチとアメノヒトツメ
毎週日曜は2話更新っ。の予定だったんだけど1日ずれちゃったごめんよ。
今日はこれの前にもひとつ投稿してますー。
「忘レ去ラレテ居タカト思ッタノダガ」
「誰に向かって言っているんだ、ヒトツメ? 私が親友のお前を忘れるわけがないだろう?」
相変わらず灼熱のように熱い鍛冶場を次元扉を通過して訪れた私、武御雷に、親友のアメノヒトツメはそんな応答を返して来た。
「未完成と言っていたが、神刀はもうあれで十分なのではないか? 虎徹様も、あのままで十分に納得しているようだったが」
「私ニソレヲ言ッテモ仕方ガナイ。しんでぃサマガ納得サレネバ」
「それは、確かにそうなのだが……」
なるほど、難関はそこか。確かに、我ら中位の神は神格で最上位となる知識の神シンディさまには逆らえない宿命。
そのシンディさま直々に下命されてこの世界へ召喚されている我らなのだから、召喚主としてのシンディさまが納得されない限り、使命を果たせず神界に帰還することも儘ならない。
「しかしまあ、この世界でしばらく過ごしてみるのも良いのではないか? 私は少なくとも、この世界で楽しんでいるが」
「たけみかづちハソノ姿ダカラ人ニモ溶ケ込ミヤスカロウ。シカシ、私ハコレダゾ? ――人カラ追ワレルナド神トシテノ誇リニ傷ガツク」
言って、単眼巨人のヒトツメは巨躯の全身を両手で指し示して見せて、失礼とは解っているので咄嗟に顔をそむけたが、笑い声が伝わってしまったらしく、目を戻すとヒトツメは気分を害したようにふくれっ面をしていた。
親友に詫びて、私は土産物として持参した、街で買い求めた極上の蒸留酒を卓上にごとりと置いたのだが。
――その、高熱に負けないようにと非常に融点の高い、まだこの世界には存在すらしない合成金属で作られた卓上に、蒼銀製の刀身のみが無造作に置かれているのに気づいた。
今日は特に何かを鍛えているわけではないらしく、珍しくハンマーを打っていないヒトツメは、その卓上に置かれた刀身を指先でつつくようにして観察していた様子だったのだが。
「ミスリル製、だな?」
「ウム。先日正規ノ弟子トシタどわーふノ子ガ置イテイッタモノダ」
「ほう? 眺めても良いかね?」
「武神ノ目デ見テドウカナ?」
そんなことを言いながら私にその刀身を手渡して来るので、私も少々真剣な目線でその刀身を眺めたのだが。
「――惜しいな、刀身の鋭さは合格点だが、反りが足りない。焼きも甘いようだ、それに、単層だな? 斬れ味については恐らく合格点以上だが……、これでは、粘りが足りず、いつか折れるだろう。……しかし、名のある刀匠が何十本と打ったものかな? 随分と努力したようだが」
その私の言葉に、ヒトツメは微笑みを浮かべたようだった。
「イヤ。ソレハ我等ガ打ッタアノ神刀ヲ見タどわーふガ、ヒト目見タダケデ試作シタ最初ノ一本ダ」
「なんと!? いや、この世界のドワーフが多少の程度差はあれども生まれながらに技巧能力を持つことは知っているが、それでも神の工作物に迫る出来だぞ、これは?!」
「タダノどわーふデアレバ弟子ニハシナカッタ」
なるほど、確かに。神界唯一にして至高の鍛冶神、アメノヒトツメの眼鏡に叶うだけの技量を最初から持っていた、ということか、あのドワーフ個人が。確か、ムギリ、という名だったな。
「これは、先行きが楽しみだな? この世界で初の刀鍛冶になるのではないか?」
「面白キコトダロウ? 我等ニ教エヲ請ウタ人ハ数多ノ世界ニ多数居タガ、我等自身ガ教エヨウト思ッタ者ハトテモ少ナイ。ソノウチデモ、コノ世界デハ初ノ弟子ガ、私ニトッテハむぎりトナルヨウダ」
豪快に笑って、人間サイズのガラス製の酒瓶の口をぱきりとつまみ折ったヒトツメは、どこからともなく取り出した、耐熱卓と同じ材質のふたつの金属杯に、私と自分の分の酒を注いでくれた。
「――では、新たな弟子の今後の精進を願って乾杯するとしよう。……無理難題を突き付けられた上に未完成品のままで取り上げられて鬱屈しているのかと思ったが、そうでもないようだな?」
「虎徹様ガ先日、むぎりノ鍛冶場ニ繋ギ直シタ次元門ヲ介シテコチラニ来ラレテナ」
軽く杯を接触させるなり一息に中身を煽ったヒトツメが次の杯を注ぎながら、微笑みつつそのように述べ始めた。
「……アノ方ハ天邪鬼ナノダナ。ソレガ、良ク判ッタ。アノ方ハ五感ガ非常ニ鋭敏デアラレル故ニ、コノ高温ノ環境ガ苦手デアロウニ、ソレヲ推シテマデ、ワザワザコチラニ出向イテ下サレテナ」
「ほう? 唯一無二の道具を切り刻まれて怒っていたのに、随分な心変わりだな?」
「言ッタダロウ、アノ方ハ天邪鬼ダト。恐ラク謝罪ノ代ワリデアロウヨ、神刀ノ使イ勝手ト、改善シテ欲シイ点ヲ教エテ下サレテナ。――ソレニ、ドレクライ神刀ガナイト不便ニナルノカヲ、言葉ヲ尽クシテ力説シテ下サレタ」
身体を震わせるようにして轟音の如き笑い声を発したヒトツメは、本当に愉快そうだった。
釣られて、私も愉快な心持ちになり、空にした杯を酒瓶を持つヒトツメに差し出す。
「なるほどな? 天邪鬼というか、私は感情を素直に言葉や態度にする行為が非常に苦手な方のように思っていた。身内は非常に大事にされるお方のようであるし」
「ソレガ態度ニ出ルト天邪鬼ニナルノデアロウヨ。トモカク、――コレハ内密ダガ、少ナクトモ、私ニトッテハしんでぃサマヨリオ仕エシヤスイ方デアル、トイウ結論ニ至ッタ」
「おいおい、全能に近い権能を持つシンディさまより、とは過言であるぞ」
「内心同意シテイルダロウ、たけみかづちモ? 目ガ笑ッテイルゾ」
指摘されて、私は返答を避けた。確かに、いまいち何をお考えであるのか分からないシンディさまよりも、虎徹様の方が打てば響くように反応されるお方であるし、何より。
「とにかくも、私は虎徹様に心惹かれている。それは事実だと言っておこう」
「ソレハ私モ同感ダ。――ソレデ、話ハコノどわーふノ打ッタ刀身ニ戻ル」
「ほう?」
こんこん、とヒトツメが鋭い爪で軽く叩いたミスリルの刀身に再び目を落とし、全体を観察してみるが。
人間の持つ片刃剣としてはこれでも十分な剣ではあるものの、先に打った神刀と比較するには少々見落とりしてしまう感は否めない。
「コレヲ打チ直シテ、虎徹様ノ神刀ト対ニナル『小太刀』ニシヨウト思ッテイル」
「ほう? そう言えば、小太刀の作成もシンディさまの指示に含まれていたな」
「ソウダ。ソレモアッテ小太刀ノ作成準備モ進メテイタガ、先日訪レタ虎徹様ガ神刀ヲコチラニ持チ込ンデ取リ上ゲラレルト、ソノ間ズット魔法ガ一切使エズニ困ル、ト仰ラレテナ」
「なるほど、そうか。虎徹様はシンディさまと同じく、御身に魔力を宿されない身体だからな」
私の呟きに、ヒトツメが大きく頷いてみせた。
「ソノ通リ。ソレニ、めんてなんすノ問題モアル。神刀ハ私シカ補修出来ナイガ、虎徹様ニ同行スルむぎりガ補修スルノデアレバ、モシ神刀ガ使エナイ状況デめんてなんすノ必要ガ出テモ」
「ふむ。つまり、ドワーフにしか作れない、とされているミスリル製の小太刀ならそれは容易だろうな」
ヒトツメの言葉に同意して、再度杯を突き出したが。……既に酒瓶は空だった。
「オット? アマリニ旨イ酒ダッタノデナ、私ノ方ガ飲ミスギタナ」
「何、元々進呈するつもりで持ち込んだものだ、構わんさ。それで、打ち直しはいつからの予定だ?」
「今日ハむぎりガ夜通シ外壁修繕ヲシテイタソウデ、ソノ仕事ノ終了ヲ祝シテ祝賀会ヲココデヤルノダソウダ。ダカラ、明日以降トナルナ」
「……では、酒を買い貯めしておく必要があるな?」
にんまり、と目を細めて笑った私に、ヒトツメも同じように破顔して大きく頷く。
この世界にお互い来て良かった、と思う点のひとつだ、この世界には非常に旨い酒の種類が多い。
金銭に関しても、虎徹様に同行して狩った動物の肉や骨、皮などが職人に良い値段で売れるため、この世界で有効な通貨に困ったことはない。
それに、私は外見上は少々背の大きな人間と変わらぬとはいえ、本質的には神身を持つ人ならざる者、この世界では本来飲食する必要がなく、生活費などが掛かるわけではない。
――つまり、稼いだ金銭は全て、酒に化け、それはここでヒトツメと共に消費されているわけだ。
「祝賀会ということは、ムギリといったか、そのドワーフの他にも誰か呼ぶのだろう? こう言っては何だが、その姿は変身せずに大丈夫か?」
「問題ナイ。えるふ族ノ娘ダソウダ。えるふ族ナレバ精霊族、神ノ異形ニモ慣レテイルダロウ」
「ほう。まあいい、そうと決まれば、善は急げ、だ。樽で買って来るとしよう」
「豪気ダナ? 買イ出シハ任セル、私ハ小太刀ノ設計ヲ進メテオコウ」
そう言ってヒトツメと別れた私は、その日の昼までに街で数樽の酒樽を買い求めて鍛冶場に持ち込んでおいたのだったが。
――この世に驚きというのは神の身となった現在でもまだまだあるものだ、と思い知った。
いったい、あの細くて小さな体のどこに吸い込まれて行くというのだろうか、まさか『ドワーフよりも酒豪のエルフ娘』というものに出会えるとは、長生きはしてみるものだ。




