幕間3 ムギリとエルフ姉妹
「まったく、なんでワシが!」
忌々しく毒づいてみたが、それで何か解決するはずもないのは解っておった。
「「それはこっちの台詞ですぅー」」
……などと、異口同音に同じ台詞を返して来るこの小娘らが腹が立つ。
「ええい、忌々しい! そもそも、事の発端はお主らじゃろうが!」
「確かに、私達が発端と言えば発端だけどー」
「余計酷くしたのはドワーフよねぇ?」
「お主らがきちんと蔦を除去しておればだな!」
「「余計な真似はするなって、言った癖にぃー!」」
お互いに指を差してお互いの指を突き付けあって、暫し。
……何をやっておるのじゃ、ワシは。それよりも早く、壊した外壁を修復せねば。
怒りを抑えようと目線を忌々しいエルフ娘たちから外し、背を向けて大きく深呼吸すると、背後で同様に深呼吸の呼気がふたつ聞こえた。
……あちらも同じ考えか。まあいい、確かに、喧嘩している場合ではない。
明朝までに元の、いや、壊れる前以上に頑丈に修復せねば、土と炎の精霊使い、ドワーフ族としての面目丸つぶれじゃからな!
「ていうか、ここまで破壊しておいて、今更だけどー?」
「ムギリおじさんは、壊れるって予想してたのぉ?」
「誰がおじさんじゃ、ワシはまだ153歳じゃ! お主らと殆ど年齢は変わらんわい!!」
「あらー? ドワーフは見た目じゃ分からないって、ほんとうなのねー、シフォン?」
「あらぁ、ドワーフは見た目より若いって、ほんとうなんですねぇ、シルフィン」
双子のためか、驚き方までそっくりじゃが。見た目も目の色に違いがあるだけでそっくりそのまま生き写し、蒼眼が姉のシルフィン、翠眼が妹のシフォンか。
瞳の色に合わせた髪飾りなど付けたらより解り易かろうに。
……作るとしたら、矢張り同じ精霊族じゃし、金銀をベースに豪奢にはせず、さり気ないアクセントとして瞳の色に合わせた宝石を配するか。
……いや待て、それなら髪飾りだけでなく腕輪や足輪、指輪などとセットで飾った方が、一見質素でありながら、見る者が見れば判る高貴な精霊族としての優雅さと実用性としての機能美が――。
って、なんでワシはこの小娘らに似合う、最も小娘たちの美を引き出す装飾具を思案しとるんじゃい!
「職業病というか種族病というか。サガかのう……」
ついつい、何を見ても創作物と結びつけて考えてしまうのも考えものじゃのう。
などと、手近に転がっておった崩壊した石垣を片足で踏んで固定しつつ、割れた断面をハンマーで叩いて整形し角を作っておったら、先程まですぐ近くで何やら精霊を使って作業しておったはずのエルフ娘たちの姿がない。
「――なんでそんな遠巻きでこっちを見とるんじゃ、お前ら?」
「「だって、ご病気なんでしょう、ドワーフさんー?」」
「……物の喩えじゃ、バカもん!!」
大声で怒鳴り散らすと、少し離れた場所にあった大きな破片の陰に隠れてこちらを覗く素振りを見せたが、もはやこのような小娘に構ってられんわ!
「そもそも、お主らが『森の精霊力』とやらで壁を強化しよう、などと提案したのが始まりじゃろうが! 自分の尻は自分で拭かんのかい!」
「まー、いやらしいー。お尻を他人に拭かせるプレイなんか、したことないですよー?」
「まぁ、はしたないぃ。お尻は自分のだけで間に合ってるのですぅ」
「物の喩えじゃっつーとろーが! だいたい、樹木が石の隙間に根を伸ばし、石垣を崩壊させるのはどこでも同じじゃろうが! なんで蔦を太くしたらより強固になるなどと勘違いしたのじゃ!!」
全く! 補修に呼び出されてこっち、事あるごとに水と風の精霊を使役して、ワシの土と炎の精霊の働きを阻害するものじゃから、補修作業に入ってから作業が遅々として進まんとは!
しかし、そのエルフたちの答えには納得が行くものじゃった。
「ドワーフさんは知りませんかー? エルフ王国の城壁はー、全周が森の蔦で覆われていてー」
「太くて硬くて弾力のあるぅ、黒く光ってないのが残念な深緑が城壁をより強化してるぅ、ってお母様に聞かされてたのですぅ」
「なんで黒光りしとる必要性があるのかそこんとこ詳しく聞きたいのじゃが。
……そりゃそうじゃろう、あの外周とエルフ王国の王城、女王の尖塔城は、ワシらドワーフが造ったのじゃからの」
「「初耳ーぃ」」
こんっ! とハンマーを石に叩きつけて、ざっと垂直と水平を見る。……うむ、まあこんなもんじゃろ。あとは、これをベースに土の精霊魔法で増殖させて組み上げるだけじゃが。
「……不思議そうじゃの? ワシらドワーフ族とエルフ族は確かに仲の悪い種族として双方同じく嫌い合っとるが、そこに憎しみが存在しとらんことは解っとるのじゃろう?」
「「それはーぁ、なんとなーく解ってたのですーぅ」」
物陰からおずおずと出て来たエルフ娘たちが、ワシと真向かいの瓦礫に背を預けて向かい合う。
なんじゃ、いくら森のエルフが質素と言っても、ブーツも毛羽立ってささくれだらけではないか、一体いつから穿いとるのじゃ、こちらも造ってやらねば。
いや、それはともかく、話の続きじゃ。
「エルフ族が大陸の南方の大森林に王国を作ったときはワシらドワーフ族も祝福として千年を耐える水路と城壁、城塞を贈ったし、……逆にドワーフ族が大陸西端の山脈地下深くに王国を造ったときは、エルフ族は祝福として金属を鍛える際に必須となる尽きぬ水源と森林を贈ってくれた。――親から聞いとらんのか?」
「「聞いたよーぅな気もしないでもないこともなくもないかもぉー」」
「……どっちなのじゃ、それは。――ともかく、ワシらはどちらが先に生まれた種族なのかも分からぬが、お互いが同じ精霊族である故に、この地では誰もが姉弟であり兄妹じゃ。
ウマが合わぬのは周知故に仲良く付き合う気はないが、じゃからと言ってお互いで憎しみを持つ筋もない。協力出来るときは協力すべきじゃ、と思うがのう?」
確かこの小娘たちは133歳と132歳じゃったか? ワシより20歳ほど年下じゃからな、ワシが兄貴分として導くのが筋じゃろうて。
「……さっきの質問を繰り返しますけどー、ドワーフさんは蔦を成長させると崩れるのが解ってたんですー?」
「カスパーンさんはやらせてみろぉ、って言ってたのにぃ、ドワーフさんは最初から反対してたのですぅ」
「……お前さんたちが目論んだのはエルフ王都城塞の外壁再現じゃろ? そもそもありゃ、『エルフとドワーフが同時に協力しながら造ったもの』じゃからの。
――重量物が壁面にぶら下がるのを最初から想定しとらんここの城壁が崩れるのは、そりゃ当然じゃろうて」
言って、腰の後ろのポーチから取り出した蒸留酒の鉄缶の栓を空けて軽く一口、口内を強いアルコールで潤す。
辺りに漂った強いアルコールの匂いを感じ取ったのか、ひくひくと鼻を動かすシルフィンと、匂いに眉をしかめるシフォンが対照的じゃの。
……なんじゃ、こういう嗜好やその他の相違点を探して行けば、双子とは言っても別の個体、見分けは付きやすくなって行くのかもしれんのう?
興味津々でワシの手元にある酒缶を注視するシルフィンにそれを軽く宙に放ってやると、片手で受け取ったシルフィンはそれをラッパ飲みし……。
なんとまあ、酒に弱いことに定評のあるエルフじゃというのにひっくり返りもせずに、目を輝かせて何度も飲んでおるわ。隣の妹はあからさまに、匂いだけで酔いかかっておるというのに。
酒の楽しみが分かち合えるエルフとは、珍しいエルフも居ったものじゃ。
「それで、じゃ。ただ直すのがつまらん、というのは、同意出来るのではなかろうかの?」
「「んんー? それは、提案ー?」」
「うむ。元々は、エルフの城塞と同様に、近隣の森の精霊力を利用して城壁を強化しようと考えたのじゃろ? ここは、仮にも『神』の住む街になったのじゃからの」
エルフ娘たちはカスパーンに城壁強化を提案して単独試行して失敗した形じゃが、まあ、やろうとしたことは判る。
正式にワシを弟子と認めて下されたアメノヒトツメさまも鍛冶神であり、その上位にあるシンディさま、コテツさま、タケミカヅチさまもそれぞれが位の高い、エルフ族とドワーフ族より更に上位に在る神々じゃ。
――そのような高位の神の住まう街の城壁がいつまでもみずぼらしい、人間が建てたきりのレベルの低い建造物然としていては、神々より下となるワシら精霊族の程度も知れてしまう。
こりゃ、精霊族の誇りの問題じゃ。エルフだドワーフだと、つまらんことで争っておる場合ではない。……どうしてもウマは合いそうにはないがの。
「「もしかしてーぇ、もしかしてぇー?」」
「解っとるのじゃろ? お主らだけでは、エルフの城壁は再現出来ん。無論、ワシだけでも無理じゃ。
……ワシらが協力して初めて――、まあ、ありゃあれでも城壁と尖塔城以外にも地上と地下の水路網も含めて、100年はかかって造っとるからの、あそこまで巨大には出来るものではないが。
……それでも、そこそこに強度は上げられるじゃろ」
「そういうことならー!」
「喜んでぇ!」
おーう! と二人が満面の笑みで仲良く揃って両手を掲げたのを見て、ワシも笑って片手を挙げて応えた。
――シルフィンの方は、よほど酒が気に入ったのじゃろうの、しっかりと酒缶を握り締めたままじゃ。良いわ、その酒缶は進呈するとしよう、中身も外側もいつでも作れるものじゃし。
「そうと決まれば、設計と建造、の同時進行じゃ。蔦はこの太さではこの重量に達するのじゃな?」
「蔦を活かすのなら、水をどれくらい吸い上げるのかでも重量が変わるのですー」
「出来ればぁ、エルフ王国と同じように周囲にお堀があればなぁ、と思うのですぅ」
「なるほどなるほど、堀に水を満たして蔦の水源とするのじゃな? お安い御用じゃ、土の精霊に掘らせれば数時間と掛からぬ。それから……」
話す端から土の精霊に命じて、ワシは尻の下に置いた垂直水平の四角形の石垣を、崩壊した外壁面の下部へと順に増殖・転送して行く。
合間合間、蔦が螺旋状に通過するように適度に円状の空間を開いておき、そこにシルフィンとシフォンが指示した通りに蔦を通して枝を指定した小穴に通し、壁面にぶら下がるのではなく、蔦と石のそれぞれの重量を相互に受け持つ形で重量分散、これが土と水の協力による城壁、じゃ。
そうして……、朝になる頃には、前日の崩壊前の外壁とは比較にならぬほどに強化された、エルフとドワーフ双方の御業による強化壁が完成したのじゃった。
エルフとの共同作業は二回目じゃったが、どうしてどうして、この小娘たちもさすがはエルフ王国を将来担う双子の王女たち、良い精霊の使い方じゃった。
その後、カスパーンに修復と強化の完了を報告した後、初めての我ら精霊族共同作業の成功を祝して街の酒場に連れて行ったのじゃったが。
エール酒一杯で酔い潰れた妹のシフォンはまあ、エルフ族としてごく普通の反応じゃったが。
『いくら飲んでも全く酔わない』『飲めば飲むほど楽しくなる』というザルや穴空き鍋を想起させる姉のシルフィンは――、ワシ、思うんじゃけど、この姉、生まれを誤ったんじゃと思うのね。
たぶん、本来はエルフではなく、酒の精霊として生まれるはずじゃったのではなかろうかと。
――そんなこんなで、ワシはひょんなことからこの双子を見分ける方法を知った、という話、じゃった。




