23話 アドンを尊敬し直したんだぜ
「予想通りというか、やっぱ始まってたなァ?」
「むしろ、よく耐えてると思う」
エルガーの言葉に俺も同意、だ。
つーか、村の門壁が閉じられてるの、初めて見たぜ。俺がここに来てからずっと、全開しっぱなしだったもんな。
少し上流でシンディとレムネアとタケミカヅチを下ろして森のレムネアたちの家に向かわせて、俺とエルガーだけが村の南門のそばにある船着き場まで下って来て。
お約束のように近所に見張りに立ってた鎧兜に槍持った見張りの軍人二人組を一撃で昏倒させて、俺たちは二人並んでのんびり村に続く坂を登ってる途中、だ。
まあ、魔法で皆殺しにするのも訳ないんだが、さっきの見張り二人も殺さなかったのも訳があって。
「じゃあ、手筈通り、『絶対に殺さない』ってことで」
「まったくめんどくせえ作戦考えやがって。……確かに、後々考えたら、そいつが一番効果的なんだろうけどよ?」
今はミスリル製の兜まで完全着用で頭全体をすっぽり覆い隠して眼だけが奥に見えてるエルガーが、その綺麗な蒼い眼を笑うように少し歪ませたのを見て、俺は少し呆れながら、エルガーと片手の拳を突き合わせた。
エルガーが考えた作戦、ってのは実に単純でさ。
『ここで軍人を皆殺しにして村が勝つのは簡単だけど、それをやると次から次に「領地の治安の脅威」として軍隊がどんどん増員されるのは目に見えてる』
って予測にゃ全く同意で。
そりゃ、普通の農村にゃ有り得ないレベルで戦場経験のある戦士や弓師や魔法使いが揃ってる上に、俺とシンディは詠唱魔術使えるし、タケミカヅチは俺やエルガーの上を行く、歴戦の勇士だもんな。
勝つんだったら人間の軍隊じゃなくて神の軍団みてェなモンを連れて来い、って話だ。
だから。
「軍隊っていうか、ひとりひとりがそれなりにレベルの高い、個人の戦士と考えたら。
――『二度と戦いたくない』とか『尊敬に値する敵に回したくない高潔な人物』とか思わせた方が簡単だよね?」
「だから相手に全力出させた上で、完膚なきまでに叩き潰して完勝して、その上で生命は取らない、ってか。
甘ちゃんも甘ちゃんだが。……面白ェよな、それ」
作戦の概要は<念話>経由で、俺たちとは逆方向の森や岩場に隠れてるエルフ姉妹のシルフィン、シフォンとムギリにも伝えてある。
あっちは森や岩場に引きずり込むゲリラ戦術で、シンディとタケミカヅチはレムネアとレイメリアの親子の安全が確保出来たら西の森側から参戦することになってるし。
で、南側の俺たちの役どころってのは。
「んーじゃ、いっちょ派手に行くか?」
「派手の前に僕の防御を忘れないでよ、姉さん?」
「アァ? 自前でいくつか持ってんだろ、めんどくせェ。……どれが欲しいんだ?」
「僕のは持続が短いからね? ええと、共通の一番と二番、水の29、風の64」
「<身体防御>、<武器強化>、<治癒加速>、<動作加速>っと。――俺から離れンなよ、効果が途切れるぞ?」
「承知。じゃ、行くよ?」
「アァ、囮なんだし派手にな?」
一列でまばらに村の周りを囲って壁の内側に矢を射掛けたり、壁や南門を丸太で突いたりしてる軍隊のうち、目ざとい一部がやっと俺たちに気づいたみたいで、剣を抜いたり槍を向けたりしてっけど、さすがに全員で向かって来るほど莫迦じゃねェよな。
「あぁ、めんどくさい……」
「……そりゃ俺の口癖だ」
瞬間、剣と盾を構えたまま正面に突進を掛けるエルガーの姿にびびったのか、南門周辺に居た20人程度の兵士たちがどよめきの声を上げる。
<動作加速>が入ってるエルガーだからな、重装備のまんま短距離選手並みの速度で坂道を駆け上がったら、そりゃびびるだろうよ。
俺もエルガーの後ろに続いて、エルガーが丸太を抱えて門を破ろうとしていた兵士数人を突進で吹き飛ばしたのを横目に、槍を構えてた数人の槍の先端を神刀抜き打ちの一閃で切り落とす。
「あっ。やべ、<なまくらコーティング>忘れてたな?」
「身体に当てないように頑張って!」
南門前でエルガーと背中合わせになって次々に繰り出される槍や剣を捌きながら、俺は仕方なく蹴りや手技を主体に周囲の兵士たちを打ち倒し続けて。
その、『ちょっとした作業』はだいたい15分程度で完了したんだが。まあ、いくら軍隊の兵士つっても、ごく普通の人間相手なら俺らの敵じゃねェわな。
むしろ、村の大人の戦士たちよりも格段に練度が低くて気の毒になるレベルだったし。
この国――カーン帝国の場合、長いこと国境紛争やってっから歴戦の猛者は国境紛争に行ってて、領地守備兵なんてのは余り物か新兵しか居ないからこんなに程度低いんだろうけどな。
「……指揮官が居なかったね」
「増援も来ねえし、こりゃ別のとこに集中してんだぜきっと」
「姉さんは<念話>で他と連絡取って状況確認してみて? 僕は門の中と連絡取ってみる」
「アァ? そりゃいいが、中と連絡取るのはなんでだ?」
「だって、これ、『捕虜』でしょ? 外に放置しとくと起きたらまた参戦しちゃうから、中に引き入れて拘束しとかないと」
「……ふはっ、なるほどな! 確実に出世街道から外れるな、コイツら!」
森の中の農村に居た元戦士の犯罪者――アドンを捕まえに来たら村ぐるみで反撃に遭って、しかもそいつらに捕虜として捕まるなんて経歴が出来たら、軍人として出世出来るわけねェよな?
エルガーの提案に失笑して、俺は無様に転がってる兵士たちを軽くブーツのつま先で小突きながら、別れた他のパーティメンバーと連絡を取り始めた。
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「「……えーとぉ。どんな状況ぉ??」」
「父さんと軍人の指揮官とが一騎討ちになってる」
「アドンのガチ戦闘なんてそうそう見れるもんじゃねェ、しばらく大人しくしてろ」
遅れて森の方から出て来たシルフィンとシフォンにそう答えながらも、俺とエルガーの視線はその戦いに釘付けだ。
ぶっちゃけた話、軍人たちがそんなに大した練度がないことが判ったんで、安心したっつーか、こりゃ単独で行けるわ、ってことで。
南門の方から俺とエルガーで二手に分かれて、それぞれで東西門を経由して周囲を囲ってた兵士たちをぼこぼこにしながら北門に到着したわけなんだが。
「ふぅんー? 森の方は10人くらいっていうかー、森の木々にお願いしたからー」
「たぶんだけどぉ、未だに森の中をぐるぐる迷ってると思うよぉ?」
「ふんっ、よりにもよって忌々しいエルフと同じ手段を採ってしまったとはな、ドワーフの名折れじゃ。……こちらも岩の地場を弄って方向感覚を狂わせたからの、採石場をぐるぐる巡っておるであろうよ」
なんて小声のシルフィン、シフォンとムギリの報告を受けて。
なんっつーか、さすが対になる種族っつか、『絶対に殺すな』って命令したら採った作戦がほぼ同じになった、っつーのは、本人たちは憤慨するんだろうけど……、ほんとに根っこのところはそっくり似てるよなあ。
「……凄いね、父さん。あんなフェイントや体捌き、訓練では見たことなかったよ」
「つか魔法の加護っぷりも凄ェ。魔法陣魔法だけで、あんな多重に防護出来るものなんだな。サーティエの応用範囲が恐ろしすぎだろ」
「「それにしても」」
思わず声がハモっちまったけど、エルガーも俺と同じで考えてたこた、同じか。
「あっちの指揮官も凄ェ。そのガチレベルなアドンと互角以上に戦ってやがる」
「……あれは僕ら、初見だとしてやられたかもしれないね。能力は僕らが上なんだろうけど、戦闘経験が格段に違いすぎる」
エルガーの言葉に頷いておいて、改めて俺はちょこちょこ視力のレベルを切り替えながら、指揮官の男の発散魔力なんかを確認してみたけど、まるっきり普通の人間、なんだよな。
これ以上は重ねて掛けられねえだろ、ってレベルでサーティエが大量にあの手この手で魔法の加護を掛けてるアドンの全力を、エルガーと同じく兜に面頬まで付けた立派な全身鎧の男が全く魔法の加護を受けずに軽々と技だけで――、しかも。
瞬速の動作とか強力な肉体、なんてもんは一切なく、ただ軽々とまるで約束組手みたいに優雅に、アドンの攻撃の殆ど全てを見切ってるみたいに軽々といなしてやがる。
「……というか、気のせいかな?」
「いや、俺も思ってたんだが」
初めて俺とエルガーはアドンの戦いから目を離して、お互いに目を合わせると頷き合って。
「「どう見ても『楽しんで』るよな(ね)、あれ?」」
――そう。表情が隠れてる指揮官の方は分からないが、アドンの方は真剣に戦いながらもときどき苦笑してんのが見て取れて。
それに、指揮官の方も、ときどき大笑いしてるっぽいんだよなー?
まあ、とりあえず当初心配したほど酷いことにはならなさそうだし、北門に居る20人程度の兵士以外は全員村に入れて地面に釘付けな拘束してて抜け出される心配はねえしで、俺らは一騎討ちの決着を見守ることにしたんだけど。
……その戦いはそれから日が落ちるまで続いて、先に疲れたらしい指揮官の方が中断を宣言したんで終了した。
歴戦の猛者同士のガチの戦闘って、マジぱねぇのなー?
殺し合いになりゃ殺るのは訳ねぇんだろうけど、アドンが口を酸っぱくしていつも言ってた『戦う相手に敬意を払う』ってのが初めて理解出来た気がしたわ。
尊敬出来る相手と力を試し合うって、いいよなぁー。勝負は付かなかったけど、マジカッコ良かった。




