21話 どうやら村が危ないんだぜ
「くっそ、見失った! エルガーの入れ知恵だな!?」
往来の人混みに紛れて見失っちまって、俺は吐き捨てるように呟いた。
あの野郎、俺が魔力の大きさで人間を探してるのを知ってやがるからな、極力放出魔力抑えて、気配消す方法で人混みに紛れやがった!
何考えてんだか知らねえが、レムネアを囲んで連れ出したってこた盗賊ギルドに出向くか何かだろ、クソが、俺抜きで決めやがって!
「おまけに、昼メシ時で人混みも極まってやがる、悪知恵の回る野郎に育ちやがって、あンの莫迦弟が!」
150センチに届かない俺の背丈じゃ人混みに押されてまっすぐ進むのも苦労するってくらいには大通りに人が溢れてやがる。
大柄でいかついタケミカヅチを先頭にして歩いてるアイツらはってーと、周囲の群衆の方がタケミカヅチの姿見たらとりあえず避けるんだろうから、こうしてる間にもアイツらとの距離がどんどん開いちまうし……。
っつか、この状態で大通り外れて建物や裏路地にでも入られたら見失っちまう!
「――って、待てよ? 『大柄でいかついタケミカヅチ』なんだよな?」
誰に言うともなく独り言みたいに呟いて、俺は手頃なもんを探して上を見上げて……、あった!
手近な店の軒先を踏み台にぽんぽんっと背の低い建物からだんだん高い建物の屋上へ飛び移って、街の監視塔っぽい、そこそこ高さのあるレンガ造りの塔の外壁を、適当な高さまで駆け上がる。
「……居た! くっそ、マジで足速いなアイツら! コンパスの違いって奴か?!」
タケミカヅチの姿ってのは、この世界でもかなり珍しい190センチ近い長身だ、だからある程度の高さから見れば、他の人間たちからアタマひとつ分以上飛び出すからバレバレだっつの!
パーティ内でいちばん背が低いのがレムネアで142センチ、二番目が俺で146センチだからな、レムネアに合わせて歩いてりゃもっと進みが遅いはずなんだが……、タケミカヅチが背負ってやがるな?
まあいい、見つけりゃこっちのもんだ。なんか見張り塔の上の方から甲冑着た騎士っぽいのがえらく喚いてるみたいだけど、こっちゃそれどころじゃねえんだよ阿呆。
見張り塔に登るために遠回りになっちまったからちょっとどころかかなり距離が空いちまったが、人混みから外れるまでは上から見てて、それから接触すりゃいいだろ。
……なんて考えてたのが甘かった、って思い知らされたのがほんの五分後だ。
考えてみりゃ盗賊のレムネアは隠密行動はお手の物、しかも俺の思考パターンを知り尽くしてるエルガーがくっついてるんだ、尾行を撒くくらいワケねえっつか、俺が追っかけて来る可能性を考慮しねえワケねェよな。
しどろもどろで言い訳しまくってる野菜担いだタケミカヅチを前に暗くて汚え壁を蹴りつけながら、俺はタケミカヅチを引き連れて裏路地を飛び出した。
――――☆――――☆――――☆――――☆――――☆――――
「コテツ、良かった! 急がないと!!」
「……舐めた真似してくれんじゃねー……うぉっ?!」
とても盗賊ギルドの本拠地とは思えねえ、立派な門構えの貴族っぽい大きな邸宅から出て来たエルガーたちをようやく見つけて一発ぶん殴ってやろうと近づいたら、むしろエルガーの方から押し倒されるかってくらいの勢いで両肩掴まれた上に揺さぶられて俺は慌てた。
「ちょっ、待てオイ、落ち着け! 順番に話せ!!」
「話してる暇はない、村に戻らないと! もう手遅れかも!!」
コイツがこんなに慌てるって珍しいな? っつーか。
「後ろの三人――、シルフィン、シフォン、レムネアはどうしたんだ? 目の焦点合ってねえし、なんかラリってるみたいな」
「移動しながら説明するから! ああ、ムギリさんにも声を掛けてみよう、手勢は多い方がいいし!」
手勢、の言葉でどんな種類の厄ネタか見当がついた俺は、手近に居たレムネアを肩に担いで来た道を戻り始めた。
隣に駆け足のエルガーが、後ろで前後不覚っぽいエルフ姉妹を両肩に担いだタケミカヅチが追従してる。
「盗賊ギルドの上納金取り立てとかそんな感じの奴らが俺らと入れ違いで村に向かったとか、そんな話か?」
「そんな、レベルじゃ、ない! アドンが、強すぎる戦士、だから、盗賊ギルドは、軍隊に!」
走りながらの会話はやめといた方が良さそうだな。全身鎧でフル装備のエルガーが辛そうだ。
軽くエルガーのそばに寄って、腰の神刀を握って魔力供給を受けながら<念話>で話しかける。
『聞こえっか? オマエと「繋ぐ」のは初か、そう言や』
「頭に、直接!?」
『言葉にしなくていい、考えるだけで繋がる。落ち着いて説明しろ、村に盗賊ギルドの息が掛かった軍隊が向かってる、ってことか?』
隣をチラ見したら、エルガーの顔が苦渋に歪んでるのが見えた。
『そう。取り立て義務っていうか、父さんも母さんもレイメリア叔母さんも、ここの盗賊ギルド支部が何回か建て替えられるレベルで上納金を納めてるのに、――あの欲張りな貴族が』
『街の貴族ってか領主と盗賊ギルドが癒着してるパターンか。めんどくせえな、その場で皆殺しにすりゃ良かったんだ』
言っちゃなんだが、小さい頃から規格外の人外の化物な俺と訓練を積んでるエルガーは13歳で既に歴戦の戦士並みの技量がある。
パーティとして実戦を重ねてる歴戦のアドンにサーティエ、レイメリアたちと戦ったらそりゃ分が悪いだろうけど、俺らも戦力でだけ言えば、そこら辺のごく普通の奴らに負ける要素がねえ。
――だから、か。
『盗賊ギルドも貴族も、まともに取り立てしても勝てないから、父さんたちを犯罪者に仕立てて軍隊を送ったんだ!
今はもうその命令は解けてるけど、それを僕らが伝えないと、村が危ない!』
『……田舎の戦士のガキでしかないオマエがどうやって命令を撤回させたかが、このレムネアたちの様子と関係あんだろ?』
もっかい、エルガーの方をチラ見。……答えづらそうに下を向いちまったけど、俺はだいたい見当が付いてんだよな。
『答えたくなかったら答えなくていい。隠し事してたのはお互い様だからな。――<魅了眼>持ちだろ、オマエ』
弾かれたように俺の方を若干青白く光る眼で凝視して来るけど、俺には効かねえんだよ。
『知らなかっただろ? 魅了眼持ちには魅了眼は効かねェんだよ。そりゃ俺も持ってる。俺のは吸血しないと発現しないけどな』
『……姉さんには敵わないな。上手く隠せてると思ってたのに』
『昔から、喧嘩になると急にオマエに因縁付けた相手が態度を変えることが多かったからな。似たような固有能力だろうと踏んでた』
シンディにも確認したけど、この世界じゃそういう固有能力みたいな<祝福>を持ってる人間が生まれることはたまにあって、ギフトの種類は怪力や俊足、魔力量なんて感じでたくさんの種類があるらしい。
そんな念話を応酬してるうちに、大通りを曲がった先に、閉店準備中らしいムギリの鍛冶屋が見えて来て、俺達は走るのをやめてちょっと早足での歩きになって。
「――別に、だからってオマエを変な目で見ねェぞ? オマエがちゃんと使い所を見極めて能力を使ってるのは知ってるからな。……あのときだって使わなかったし」
「? ……ああ、あのとき。――姉さんがすごく綺麗でかわいかっ」
「寝言言ってねェで事情説明して来い! 俺は先に宿に戻ってシンディにも事情説明して出る準備しとく、街の外門で落ち合うぞ!!」
変なこと言い始めたエルガーの言葉を口を塞いで遮って、有無を言わさず叩きつけるように言い捨ててから、俺は返事も待たずに宿の方へ駆け始めた。
――まったく、お互いファーストキスだったはずで、俺が奪った方なのに、なんで俺が負けたみたいな感じになってんだよ!?




