20話 レムネアの事情を知ったんだぜ
「結局、どこで何やってたんだよ?」
「神刀の素材採集と近隣のダンジョンの調査だ」
タケミカヅチが戻ってから二日も遅れて街に帰って来たシンディに尋ねたら、そんな答えが返ってきた。
神刀の素材になる蒼銀ってのは鉱脈がかなり深いとこでしか取れないのと、希少すぎて見つけたら根こそぎ専有するのが通例なんで、街に近い鉱脈は大抵ドワーフに取られてるからそれ以外を見つけるしかない、って話で。
……「街に近いとこの鉱脈を抑えてるドワーフ」ってな、たぶんムギリのことだよな? そっちから買えばいいんじゃねーのか?
本人が言うところじゃ、ここら辺じゃ他にドワーフは居ないらしいし。
「いや、そちらからもレムネアを間に立てて購入しているが、それだけでは足りないし、ミスリル以外の金属も大量に使用しているからな」
そんな風に尋ねたら、そういう答えで。
「この神刀に使用されている素材を虎徹のよく知るものに喩えると、戦艦大和くらいの量が凝縮されている。
軽量化の魔法なども併用しているから本体重量には影響はしないがな」
「……いったい俺と何を戦わせるつもりなんだよ? ドラゴンでもぶった斬れるんじゃねえのか?」
「虎徹も以前言ったではないか、『大は小を兼ねる』と? どんなことが起こるか事前に想定を重ねるのも大事だが、最初に最強無比の武装を用意しておけば大抵のことはそれでまかり通れるだろう」
……あ。コイツ、石橋を叩いて叩いて叩き散らして粉砕した挙句に迂回路渡るパターンのやつだ。
そんな風に思った俺は、それ以上の追求を諦めた。
まあ、俺が持つ神刀が強化されて、俺が困ることがあるかっつーとそんなに思いつかねえしな?
「『レムネアが存外役に立ってる』ってのは、そういうとこか?」
「それもあるし、この街で生まれたためか、この街に限らず国中で顔が広く、盗賊ギルドに加入しているだけあってさまざまな交渉事に役立っている。
殺すには惜しいし代替の人材も手配がつかないので、しばらく殺害は待って欲し……」
最後まで言わせずに、俺は問答無用でシンディの口を手で塞いだ。
「レムネアが隣の部屋に居るんだから、そういう物騒な発言はよせっつーの」
「しかし、最初にレムネアを盗みの咎で殺害を提案したのは虎徹だ。私は殺害に至るまでの最も良いプロセスを考えているだけだ」
「いつの話してんだよ、ありゃもう俺の妹だっつの。――家族は殺さねえよ」
俺の妹、ってとこに何か引っかかったのか、妹、妹、なんて呟いて動きを止めたシンディが。
「なるほど? 虎徹の妹であれば私の妹でもある。――応対を変えた方が良いのだろうか?」
「っあー、そうなるか。……まあ好きにしろ。危害だけは加えるなよ?」
「了解している。もし死ぬことになったら苦痛を与えず一撃で殺すことにしよう」
……全開の殺気で少し今の俺より背の高いシンディを睨みつけたが、こいつは何処吹く風で涼しい顔のまんまだ。
そうだ、こいつは死んだ妹にそっくりだが中身は感情の起伏が薄い、まるっきりの別人なんだよな。
――俺が家族だったシンディを一撃で噛み殺したのは確かに苦痛を与えないためだが、あまり思い出して楽しい記憶でもねえ、連想させんな。
って言えれば楽なんだろうが、それだとシンディを忘れたいって意味と同じになっちまう。
異世界で生まれ変わったってアイツを殺したのは俺だ、そりゃ魂が滅びるまで永久に忘れねえから、心配すんな、シンディ。お兄ちゃんずっとオマエを覚えてるからな。
……話が逸れた。レムネアの話を続けたかったんだった。
「ああ、それだ。その、レムネアが所属してるっていう『盗賊ギルド』って、結局『何』なんだ?」
「……そうか、知らなかったか。虎徹がこの街に来たのは初めてだったな」
上唇を軽く曲げた片手の親指で押す、なんて変なポーズを作って考え込む素振りをしてたシンディが、顔を上げて俺に返事した。
――肉体は俺から、容姿は死んだ妹から、つっても、身体の動かし方は誰からの影響なんだ? ありゃ、死んだ妹が考えるときの癖、だったはずなんだが……。
「盗賊ギルド統主が支配している、大陸全土に跨るギルド、つまり地域を超えた同業組合だ」
「じゃあ、盗賊の組合、ってことか? ……ロクなもんじゃなさそうだけどな?」
「他の組合、鍛冶師ギルドや商業ギルドは議題進行のための議会があり、議会と全体の円滑運営のための資金を集めている。
盗賊ギルドの場合は、本質は『故郷を離れて別の土地で暮らさざるを得なくなった者』の互助組合だ」
そこから、なんかすげえ小難しい単語を織り交ぜながらシンディの長ったらしい説明が始まったんで、かいつまむと。
『故郷を離れなきゃいけなくなった』、つまり国に帰れない奴らってのは大抵、故郷で法律に引っかかって指名手配されてるとかそういう犯罪者が圧倒的多数なんで。
そいつらが故郷を離れて暮らすとなると、元々が農民なんかじゃ土地も持てないし働こうにもスキルがないってことで、当然いろいろ苦労がある。
盗賊ギルドなんて名前だから大盗賊団みたいなもんを想定してたが、国王や領主の悪政に逆らって無実の罪を被せられた、とかそういうのも結構な人数なんで、一概には悪人ってわけじゃねえ、って話で少し納得したな。
そりゃ、国境を超えて大陸全土でネットワーク化するわけだよな?
逆に、国で指名手配されて国外脱出するときの逃し屋ネットワークとしても機能するし、もっと上の方で、例えば国家間の政治的な争いにも裏から関わってる、みたいな、――根こそぎ駆逐しようとするとあちこちの国があの手この手で邪魔するようなことが簡単に予測可能なくらいにはでっけー組織で。
それと、他のギルドと同様に組合の運営と互助のために組織構成員が上納金を取り立てる制度があるんだけど、他のギルドと違ってる点がふたつあって。
ひとつは、『上納金を支払わないと制裁がある、最悪殺害される』ってこと。厳しいねえ、生きるために加入するのに更にカネ取られるのか?
ある程度は猶予期間があるから、ヤミ金融業者みたいなもんなのかね? 銀行も持っててカネを借りることも出来るみたいだから、そういう仕事もしてるんだろうけど。
もうひとつは、『一度加入すると死ぬまで脱退出来ない』ってこと。
加入のときに魔法陣を使った儀式をやったら、同じ盗賊ギルド員同士にだけ見える目印がそいつの頭上に出るようになるらしい。
「なんか、それってネトゲみたいだよな? 名前と称号が出るんだっけ?」
「そうだ。私が地球のネットゲームを参考にそのように術式を組んだ。この世界では五十年ほど前のことだ」
「……なんつーか、オマエがあっちとこっちを行き来してるせいか、文明がアンバランスなのってそのせいなんじゃねーか、って思えて来るな」
2000年代の地球のネトゲの概念を中世レベルのこっちに持ち込んだのかよ、みたいな。
いや、別に俺が気にすることじゃねえし、どういう風に見えてるのかは盗賊ギルド員じゃねェ俺には分からねえ、けど、どんな感じに見えてるのかがだいたい想像がつく辺り。
……ネトゲだと全員が名前や称号見えてるから大人数が集まればごちゃごちゃになって見分けつかねェけど、ここの場合、名前表示がない人間の方が多いんだろうから、そりゃどこに居たって目立つだろうな。
「で、消去出来ねえんだってな?」
「一時的に隠す程度は出来なくもないが、本人の生来の魔力に根ざす系統の魔術式だからな」
「……死ぬまで表示されっぱなしかよ」
「それもあって、盗賊ギルドの加入率はそれほど高くない。気軽に参入と脱退を繰り返すと組織互助の根幹が揺らぐ性質もあるからな」
「それもまたアレだよなあ、全体で見ると悪じゃねえ、っつかハローワークみたいなもんで排除すると路頭に迷う人間が増える、ってのは俺みたいな莫迦でも判らぁ」
「上納金制度のために末端が犯罪に走りがちで違法組織に見えがちだが、どのギルドでも似たような問題を抱えているからな」
別に、俺ら以外の人間がどこで野垂れ死にしようと知ったこっちゃねェけど。
……そんだけ生活に根ざしてるような組織を潰す、となると実際に俺の家族たち――サーティエやアドンにレイメリア、シャトー村の気のいい住人たちにも影響が行く、ってなったら考えるさ、そりゃ。
やる気になりゃ片っ端から皆殺しにしてきゃいいんだろうけどな。こっちゃ無敵の『神』なんだし。……痛いのだけはごめんだが。
どうにもめんどくさくて、俺はため息をついて、窓際にどっかり座って立てた膝に肘ついて手を顎に当てて、何気なく外を見下ろした。
「レムネアを救いたいのだろうか?」
「それ以外に何があるよ? アイツ、脱退できねえの知らずにタケミカヅチがギルドと縁切れ、つったからいろいろ困ってんだろ、たぶん」
俺にも責任の一端がある、っつか、レムネアが上納金で困ってるの知らずに今までずっと居たからなあ。
レムネアの場合は、たぶん母親のレイメリアが心臓病で定期的に薬が必要なんで、それもなんか関連してそうだよな、と。
レイメリアはレイメリアで、元々持ってた心臓病が進行してるから以前みたいに狩猟を出来なくなって、シャトー村に住んでも村の収益に貢献出来ねえから郊外に家建てて一人で住んでたんだってな。
それ以外にも、ここの街で定期的に心臓病の薬買わなきゃ生きられねえらしいし。
俺はガキだったからそんな事情全然知らずに居たけど、妹が――実際はエルガーの従姉妹で俺とは血縁にないんだけど――困ってるんだったら積極的に助けるのがいい姉、って役どころだろ。
なんて、俺の適当なすかすかの脳みそでぼんやり考えてたら。
「……アァ? 外に出るな、つっといたのに、なんであいつら!」
なんでか知らねえけど、地味ないつもの普段着のレムネアを取り囲むようにしたシルフィンとシフォンとエルガーたち、それに、俺に気づかれないようにか、そこらの人間並みに極端に放出魔力を抑えたタケミカヅチが、往来のずっと向こうを歩いてるのに気づいて。
俺は、慌てて神刀を引っ掴んで、シンディに声も掛けずに部屋を飛び出した。




