18話 挨拶回りしたんだぜ
「そうしてると、奥さんみたいだよね」
「アァ? 莫迦なこと抜かしてっと朝飯抜くぞあほんだらぁ。とっとと顔洗って来い」
「もう洗ったよ、食べてから朝練しようと思って」
「オォ、早ェな? 俺も後で一緒すっかな。……レムネアはどうしてる?」
「一応女子部屋をノックしたけど反応がなかったから、寝てるんじゃないかな?」
そんな会話をしながら、手早く炒めた肉野菜炒めを皿に移し替えて、そいつを持って調理場から顔を出したら確かに、身だしなみを整えてさっぱりした顔したエルガーがテーブルに座って待ってた。
……旅に出てから改めて気づいたんだけど、俺たち一行の中で「朝昼晩、三食きちんと食事する人間」ってエルガーだけだったんだよな。仕方ねえか、身体が資本の戦士様なんだし。
俺やシンディやタケミカヅチはぶっちゃけ水か酒しか口にしねえし、レムネアは朝が弱いのと、意外と胃腸が弱くて働きが鈍いらしいんで一日二食しか食わねえ。
いつまでも胃の中に食べ物が残ってて重くなるんだってよ。消化不良なのかね?
エルフ姉妹のシルフィン、シフォンと、店閉めてまでくっついて来ちまったドワーフのムギリはどっちも精霊族って特殊な種族で、「食えば食えるけど、別に食わなくても問題ない」って種族、っつか外傷以外で死なない不死の一族らしい。
不老じゃないのと外傷で死ぬのが俺たち神族より劣るとこみたいだけど、不死族の多い世界だよなオイ?
ついでに、エルフ族は女性だけ、ドワーフ族は男性だけしか居ない対になる種族で、エルフは木から、ドワーフは岩から生まれて、エルフは風と水の精霊力、ドワーフは土と炎の精霊力を持つんだそうだ。
仲が悪いのっていろいろ対になってる対極の種族なのもあるのかね?
昨晩は結局、ムギリがヒトツメに会うために仕事休んででも村までついてくる、って言い出して、つっても俺らも、エルガーの用事以外でもシンディやレムネアの用事もあるしな?
で、ムギリがしばらく滞在することになってる俺らの宿に押しかけて、なんでかそこから宿の食事処兼酒場で、エルフ姉妹たちと飲み比べになっちまったんだった。
俺にとっちゃこっちで初めての大宴会で楽しかったんだけど、早々に場を見極めて二階に退散したエルガーの一人勝ちかもな?
付き合ったレムネアはたぶんエルフ姉妹たちと一緒に轟沈してるんだろうし。
「一緒に食べられないのが残念だね。ほんとに液体以外受け付けないんだ?」
「口から腐臭を漂わせる俺と一緒に過ごしたいか? 腹ん中で腐るから吐き戻すしかねえんだよ。いいから、俺のことは気にせずにとっとと食っちまえ」
「判った、じゃあ有難く。……そうしてると、新婚の若奥様みたいだよね」
「アァ? 何言って……、つか気づいてんなら言えよ莫迦、こっ恥ずかしい!」
エルガーの視線が俺が着けてた白エプロンを凝視してることにそこで初めて気づいて、慌てて片手で鷲掴みにして乱暴に引っぺがす。
一張羅を調理油でべとべとにしたくなかったんでエプロン着けたの、すっかり忘れてたぜ畜生。
「……ポーカーフェイス気取ってんじゃねーぞ、口元が笑ってんだよ」
「いや、笑ってないよ? 地顔だし。僕のためだけに早起きして朝食を作ってくれるのは嬉しいけどね」
「変なもん食わせて体調崩したらサーティエが泣くだろうが。……三食メシ食うの、オマエだけだし、俺はぶっちゃけ寝る必要もないから別に構わねえし……、何見つめてんだよ?」
「ふふっ、いや。――顔色が変わらない神器の身体っていうのはずるいな、と」
「――まるで普通の人間だったらなんか顔色変わってるだろうって確信があるような言い方だなァ、オィ?」
可愛い顔を苦笑で歪めつつ、黙々と食事を続けてるんで、俺もため息ついて、黙ってその様子を見つめた。
「……旨いか?」
「……もち、ろん。んぐっ。父さんと母さんが育てた野菜で、姉さんの調理だもん、不味いわけないよ?」
「……オマエに姉さん呼びされてんのいつ以来だろな? ――味付けや喰いたいもんあれば早めに言っとけよ、朝練終わったら街に出るからな」
「わかった。……ちょっと辛いんで、出来れば、水が欲しい」
「まだ辛いの食えねえのかよ、お子様味覚め? ちょっと待ってろ」
調理場に置きっぱなしにしてた火力調整代わりに使ってた神刀で水出そうと思ってエルガーの前から席を立って、調理場に入るときに何気なく振り返ったら、顔しかめて横向いたエルガーが舌出して辛味に耐えてた。
莫迦が、香りつけに入れといたサーティエ特製の刻み薬味をそのまま噛んだな?
んっとに、なんで家族の中でひとりだけ辛味や薬味全般が苦手なんだか?
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「で? 『新しい鎧』の調子はどーよ?」
「かなりいいよ? あの古くて重い鉄鎧を四日も着てたせいかな、羽根が生えたみたいに軽く感じる」
確かに、がしゃがしゃとやかましい音立ててた鉄鎧のときと違って、造りや関節の合わせが格段にいいのか、並んで歩いててもうるさく思わないな。
あんな奴だけど、腕はいい鍛冶師だったんだな、ムギリ。
結局昼まで待っても飲み比べで敗退して撃沈したシルフィン、シフォン、レムネアは部屋から起きて来なかったんで、俺とエルガーだけで滞在に必要なもんを買い出しついでに、初めての街を見物に繰り出すことにした、ってとこだ。
実はここの街はシャトー村からいちばん近い街ってこともあって、村の出身者、ガキの頃にいろいろ世話になった幼馴染の兄貴達や、村によく行商に来てくれてた商人さんたちもこっちに住んでたりしてるから、俺らが13歳で成人して街まで来れるようになった挨拶回りもしとけ、ってアドンたちに言われたのもあるしな。
シンディとタケミカヅチは神刀がまだ未完成ってことで、それ関係の別の用事で街の外に出てなんかやってるらしい。
詳しいことは聞いてねえけど、<念話>でいつでもすぐ呼び出せるから問題ねえだろ。
ムギリは俺らがしばらく滞在するって知ったもんで、シャトー村まで同行するために経営してる鍛冶屋を閉める前準備で一旦店に戻ったんだよな。
「しかし、鍛冶屋に行って挨拶を最初に、って言われてたけど、こんなサプライズが用意されてたとはね」
真新しくなった、青みがかった全身の装甲を改めて撫で回しながら、背中に同じくその蒼銀製の剣と盾を背負ったフル装備のエルガーが感慨深げに言うもんで、俺も軽くエルガーの背中とか撫で回してたら。
なんか不意にエルガーと目が合っちまって、なんでか慌てて目をそらした。
「ごほん。……あー、サーティエとアドンとレイメリアがここを根城にしてたときに専属鍛冶師だった、って言ってたよな」
「専属というか、武具系鍛冶師としてこの街で最高レベルなんだろうけどね、ムギリさんが」
俺の態度には触れずに、相変わらず歩きながら関節回りの動きや、歩きながら歩法を試してやがるんで、目を逸したのは気にしてねえみたいだな。――って、なんで俺の方がいちいち気にしてんだよそんなの。
「それもあるかもな。俺は、サーティエたちが元傭兵だった、ってのが意外だったぜ。ずっと南の方の大陸から渡って来たって言ってたな」
「戦場を渡り歩いて稼いでたんだろうから、国境付近で紛争が耐えないカーン帝国に流れ着いたんだろうね」
「そうかもな。そんときの稼ぎの一部がその鎧と剣と盾に化けた、ってことか。……どんだけ荒稼ぎしてたんだろうな、高価ェんだろ、それ?」
「武器防具に使用する素材としては最高峰らしいよ? 魔力の伝導率が高い金属なんだってさ? といっても僕も見たのはこれが初めてだから、実際に実戦で使ってみないとわからないけどね」
「んー? んじゃ、帰ったら寝る前にでも、ちょいと実戦形式で殺りあってみっかァ?」
ちょいと脅すように殺気を込めて言ったら、エルガーの方も不敵に笑いながら反対はしなかったんで、帰りが楽しみになったな。
もちろん、マジで殺しはやらねえけど、こりゃアドンやサーティエには内緒でやってる俺たちだけの形式練習で、かなりガチの寸止めなし斬り合いで、お互いに俺が<なまくらコーティング>した得物をガチでぶち当て合うやり方で。
結構全力で振り抜けて真剣味の桁が違うんで、最近の俺達の楽しみになってる。
まあ、お互いに手の内知り尽くしてるから練習になるんであって、他の奴とやったらあっさり内臓ぶちまけてぶち殺すんじゃねえかな? まあバラして埋めときゃバレねえから別にいいだろうけど。
そんなこんなで、あらかじめ渡されてた地図の通りに夕方までかけてあちこち挨拶に回ったけど。
――男物の和服で性別がわかりにくくなってるのもあるかもしれねえけど、行く先々で「エルガーの弟か妹」扱いされるのには参った。
確かに俺の方がアタマひとつ分以上背は小せえけど、むしろ13歳で170センチに届こうかってくらいまで背丈伸びてるコイツの方がおかしいんだからな!




