16話 初めての野宿なんだぜ
「……オィ。起きてんだろ?」
「……まったく、姉さんは誤魔化せないね」
「ごまかすつもりもあんましなかっただろうがよ。バレバレの狸寝入りしやがって。……傷は痛むか?」
「いや。姉さんの魔法で完治したよ。……前も、頭の傷を治して貰ったっけね」
「アァ? 覚えてるわけねェだろそんな大昔の話」
試練だからなんだか知らねえが、エルガーに持たされたリュックの中身が半端ない重量すぎて、そんなもんを担いでフル武装で朝から晩までてくてく歩き続けたエルガーの全身は細かい擦り傷だらけになってた。
鎧着けて長時間歩くのも初めてだから、着け慣れないせいで鎧に擦れる肌の部分が切れて傷になっちまうんだよな。
出来た傷は神刀に封じてある神力使って癒やしてやれっけど――、ほんとは、本人が着用状態に慣れて動き方がこなれたり、肌が厚くなるまでは傷が出来続けるから癒やさない方がいいのかも、って思いもするけど。
――コイツの血の匂いが俺の理性を飛ばしそうになるんで、少しの傷でもついつい全部探して癒やしちまった。
まったく、なんっつー美味そうな血を持ってやがんだよオマエはよ。
「大丈夫だよ、姉さん。旅路が続けば軽くなってく計算になってるはずだから。それに、明日の傷はもっと少ないよ、今日一日でだいぶ慣れたし」
「ほんとか? あんまし血の匂いぷんぷん漂わせて歩くんじゃねェぞ、街道つったって森が近いんだから獣や魔物が出て来ちまうかもしれねェからな?」
俺の言葉に、エルガーは笑ったようだった。
「……んだよ?」
「僕ら姉弟に勝てる魔物って、そうそう居ないんじゃないかな?」
「……自信満々じゃねェか、心配して損したぜ。……心配なんて俺の柄じゃねェっつーのによ」
いつまでも振り返らず背中向けて寝転んだまま、俺達にしか聞こえないような小声で話してるエルガーに声を掛けたけど、相変わらずくすくす笑ってやがるだけで。
昼前まで俺を意識しまくってたのは何だったんだよ、って感じでちょっと拍子抜けだ。――なんだか知らねえが、一人で解決しやがったな?
いろいろ緊張してんじゃねェかとか、気を遣ってた俺の方が莫迦みてェじゃねェか。
昼の野営よりは少しだけ手際いい感じで設営も終わって、今晩は初めての野宿。
エルフ姉妹のうちシフォンが水の精霊使いだってんで、女性陣は少し森に入ったとこでシャワー中だ。
……なるほどな、移動式水道とは確かに便利な旅の友だ。
水系の魔法も使えるなら、治癒術も使えるだろうし俺が離れるようなことがあっても安心だよな。
俺とシンディにタケミカヅチは新陳代謝してないんで水浴びの必要もねえんだけど、タケミカヅチは臣下の勤めとかいう堅苦しい奴で自分から寝ずの番でちょいと離れたとこを夜警でぐるぐる回ってるし、一応エルフ姉妹とレムネアの護衛は同じ女性のシンディを付けたから問題ねえだろ。
で、旅の疲れが出た、って理由で早めに横になったエルガーに付き合って、眠る必要もねえ俺が一緒に隣で寝転んでんだけど。
「――じゃあ、僕も聞いていいかな、姉さん?」
「アァ? なんだよ?」
「……僕の血は吸わなくていいのかな?」
――文字通り、バネみたいに、俺は地面から弾かれたように跳ね起きた。けど、エルガーは多少全身を緊張させたみたいだけど、相変わらず俺に背中向けて寝転んだまんま。
「いつ、気づいた?」
「……結構前から、姉さんがシンディさんの血をたまに吸ってるのは知ってた。
でも、確信を持ったのは……、キスしたとき。僕の血でうっとりしてて……、綺麗だった」
「あれはっ、オメエが……、クソッ!」
俺があぐらかいて座り込んだのに気づいたのか、ようやく俺の方を向いて起き上がったエルガーの顔が、赤くなってて。――焚き火に照らされて赤くなってんのか、それともほんとに赤面してんのか。
<状態固定>が効いてる俺の顔色は変わらねえはずだけど、ほんとに大丈夫だよな? 心臓もねえしそもそも呼吸もしてねえから、外見で変化とか判るわけねえんだけど。
なんつーか、コイツに吸血衝動を知られたことにめちゃくちゃ動揺してる俺が居て。
「――姉さんがいつも僕を守って癒やして許してくれてるように、僕も姉さんをずっと守るよ?」
「……弟の分際で生意気言ってんじゃねェ、さっさと寝ろ!」
叩きつけるように言って、俺は炎の明かりで真っ赤に照らされたエルガーから視線を外して背中向けて硬い地面に寝転んだけど。
かなり時間経ってから、そういえばコイツがいつの間にか、俺のことを名前じゃなくて姉さん呼びしてることに気づいた。
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「炎の魔力、我が求めに応じ、千の炎で敵を焼け! 我が名は虎徹、女神シンディの神器」
「100。既存魔法の入力はひとまず終わりだ。あとは状況に応じて新しく開発しなければな」
「ぶはっ、疲れた。――次に呼び出すときゃキーワードだけでいいんだろ?」
ようやく作業が終わって、盛大にため息をつく。
やれやれ、詠唱省略のために神刀へ脳内に焼き付けられた呪文を移し替えるだけ、つってもそれなりの量の魔力を右手の血の器から左手の神刀へ形式に沿って収束させながら動かすからな、集中し過ぎで頭が痛くなっちまわァ。
「そうだ。虎徹に教わった血流術も研鑽を急いでいるが、私と虎徹という別の個体が実施したのでは実行にタイムラグが出る。
それならば、事前に魔法の発動体となる神刀にある程度神力と詠唱を焼き付けておいてキーワード呼び出しした方が早い」
「事前作業をやらされる方はたまったもんじゃなかったけどな!」
盛大に不平をぶちまけておいて、空になった銀色の血の器をぽんっ、とシンディの方に放り投げた。
不器用なシンディが受け止められずに取り落とすのを横目で眺めながら、左手を添えた腰の神刀に目を落として。
「――元々の魔法ってのは魔法陣が基本で、魔法陣の内容を詠唱呪文の形に変えたのが詠唱魔術、だよな?」
「そうだ。初期の魔法陣は光の女神が編んだもので、そこから私が詠唱魔術に発展させた」
相変わらずの旅の行程二日目で、だだっ広い平野を歩く以外にすることねえから各自適当にいろいろ作業しながらのんびり歩いてっけど。
縦長の隊列中央付近の俺とシンディは神刀に魔術を焼き付ける作業やってた。
俺達の後ろなエルガーは多少軽くなったとは言ってもそこそこの重量物担いで、恐らく試練のためにわざとそういう選択なんだろう、分厚い肉厚のかなり重めな鎧に剣に盾まで背負って行軍中。
相変わらず下向いて歩いてっけど、昨晩慣れたって言ったのは嘘じゃないみたいで、昨日より足取りは軽くなってるみたいだ。――相変わらず皮膚に細かい傷作ってるみたいだけどな。
先頭を歩いてるタケミカヅチは背中しか見えねえけど、アイツも神なんだから普段通りで何も変わらねえよな。
俺達とタケミカヅチの間に入ったエルフ姉妹、シルフィンとシフォンはどうやら、体力はそこそこあるのにアルビノの身体のせいで病弱、ってレムネアに同情したみたいで、自己ヒールを教え込んでるっぽい。
そうだよな、この世界の生物って人間でもエルフでも動物や魔物でも、基本は全部体内に魔力を持ってんだから、自分で自分を癒せりゃ病弱でも酷いことにゃなりづらいんだよな。
――俺とシンディが他の普通の人間と比較したら極端に魔力を持たないんで、思いつかなかった。……そうだ、思いつかなかったって言えば、だな。
「魔法陣をいちいち紙や地面に描く手間を省略して、詠唱魔術にしたんだろ?」
「そうだな。呪文を詠唱する時間は掛かるが、魔法陣を持ち歩かずに効果をすぐに発動出来るようになった利点がある」
「魔法陣を、魔力で直接空中に描いたらダメなのか? 魔力で衣服を直接錬成出来るんだったら、図形くらい一瞬でイケそうなもんだけどな?」
はっ! とか息を吐いたシンディを横目で見上げて、俺はまたため息をついた。ああ、いつもの<思考制御>ってやつか。
『少し考えれば解りそうなことを、思いつけないようにされてる創造神の制限』って奴な。
そりゃ別にいいんだけどよ、っつーことは昨日から延々呪文を神刀に焼き付けてたけど、サーティエから教わった魔法陣の種類の方が重要になるってことじゃん?
っつーか、もしかして、それだと。
「……あれ? 魔法陣は紙や地面みたいなモンに描く関係である程度以上の効果は持たせらんねえけど、――空中に直接描くんだったら?」
「……同時に複数の魔法を重ねて、組み合わせて編むことが出来る。その分、倍々で消費魔力は増えていくだろう」
……当たり、か。詠唱呪文はそれはそれで役に立つんだろうけど、古い魔法陣の方も『重ね合わせ』が出来るようになるんだったら、そっちもそっちで強力な術になるよな?
相変わらず興奮しまくり、って表情でまたぶつぶつ言い始めたんで、俺はシンディを放置して、神刀を引き抜いてみた。
そろそろ夏の日差しで日光が肌に当たる感触が程よく気持ちいいけど、平野で風も強いから俺たち神の血族はともかく、人間のレムネアやエルガーは寒かったかもしれねえな。
陽の光を透かせる透明な神刀の刀身は、血の魔力から直接呪文を焼き込んだ効果なのか、注意深く観察しなきゃならねえレベルだけどほんのり赤みが差したように見えて。
これ、もっともっと呪文や魔法陣を食わせたら、いつか真っ赤に染まるのかもな?
まだ腰に差して一週間と経ってねえけど、なんか生まれる前から一緒に居たみたいにしっくりしてて、コイツを育てる楽しみ、みたいなもんも生まれた気がしてて。
ま、長い付き合いになりそうだし、頼りにしてるぜ、相棒!




