15話 シスの街へ向かってるんだぜ
「大地の魔力、我が求めに応じ、敵を止めよ、我が名は虎徹、女神シンディの神器」
「79個目。残り21」
「……水の魔力、我が求めに応じ、癒せ、我が名は虎徹、女神シンディの神器」
「80個目。残り20」
「……疲れた。残りはまた後でだ」
てくてくと五人で街道を歩く道のりの中で、朝からずっと六時間、左手を腰の神刀に、右手で濃縮血液の器を握ったまんまで延々呪文を唱え続けて、いい加減集中力が切れた。
「虎徹は疲れないだろう? 集中力が切れたのではないだろうか」
「うるっせェな、その通りだよ、それがどうした!」
淡々と相変わらずの涼しい顔のまんまで、隣で唱えた呪文の数を数えてたシンディに言われて、噛み付くみたいに喚いてみたけど。
普段からエルガーやレムネアにガキガキ言っといて、これじゃ俺の方がガキだよな。
そのガキのレムネアは少し先でタケミカヅチの手を引くようにしてはしゃぎまくってるし、エルガーは俺とシンディの後ろ。
……アドンが若い頃着てたお下がりだっつー古臭くて重そうな鎧に身を包んで、初めて持ち歩く剣と盾を下げて、四日分の移動用の糧食を担いでのしのし黙々歩いてる。
さすがに一緒に旅をする、って段になってまで俺やシンディの秘密を隠しておく、ってのはもう不可能すぎるんで、昨日の晩にサーティエとアドン、俺とシンディ、ついでにレムネアとタケミカヅチ、レイメリアまで呼んで、全部バラしたとこだった――吸血衝動以外は。
神や神器についての知識が薄いとこから説明が始まったんでちょっとめんどくさかったけど、痛覚遮断した上で神刀で俺が自分の腕をぶった切って断面見せた挙句、そいつをくっつけてまた指をわきわきと動かしたら一発だったな。最初からそうすりゃ良かった。
それでサーティエに花嫁修業について謝られたりとかもしたんだけど、そりゃもう別にいいっつか諦めたっつか、エルガーが了解したら結婚も考えとく、つっといた。
――別に女として生きる覚悟を決めた、なんて大げさな話じゃなくて、考えてみりゃ俺って寿命もねえんだし、普通の人間なエルガーやサーティエにアドンが亡くなるまで普通の女として生きてみてもいいかなって、その程度の理由でしかねェんだけどさ。
転生して13年だし、前世の記憶にこだわってもなあ、って思い始めたのは、こないだのキスからだよな、やっぱ。
不意打ちでちらっ、と後ろを振り返ったら、慌ててエルガーが目を伏せやがるし。
すんげえ意識してんよなー。突然俺がそんなこと言い出したもんだから驚天動地全開だったらしいわ、当の本人的には。
――いやまあ、俺も結構意識しまくってんだけどな。コイツの事を好きかどうか、つったら正直一緒に育った時間が長すぎて……、ちょっと判断がつかねえけど。
もうぶっちゃけ前世の妹と同じくらいの時間を過ごしてる上に、こっちって学校がないから一緒に居た時間で言えば確実にコイツとの方が長いよな。
で、血が繋がってないどころか厳密に言えば俺は人間じゃないんだから、結婚するって話が進んで別に血縁上の問題はねえんだよなー。
あと、もし、その、なんだ。男相手にナニを致す、ってことになったら、多分俺、コイツ以外とじゃぜってー無理だわ。
……人間じゃない、って言えば、そうだ。そのあと判明したんだよな。俺が、吸血衝動をまだ持ってる理由。
俺のこの身体は『神界にあるシンディの本体のいち部分を素体にして、現在のシンディの肉体のDNAを利用して作った人間を模した器』なんだが。
……シンディの肉体は『処刑前の俺から吸血して、前世の俺のDNAを元に作った部分複製』だったな。――俺に吸血衝動がまだあるのは、それが理由、だ。それに。
――契約のときに言っただろう? 『美女の生き血を飲ませることが条件』だと。
シンディの言葉が脳裏に思い出される。
――吸血を力に変えるには吸血鬼のDNAが必要不可欠で、そして虎徹が考える最高の美女である、亡くなった妹の姿を模した私から吸血する方法で成長させた。要望に忠実に従った結果だ。
ああ、クソ、思い出したよ、確かに言ったよ! でもありゃ、コイツが敵だと思ってたから食い殺すつもりで!!
……因果応報って奴かなあ、普通に幸せに暮らしちゃいけないって、今じゃもう顔もよく思い出せなくなってる『施設』の奴らが怒ってんのかもなあ。
それに、シンディ……、隣のコイツじゃなくて、死んだシンディの方も、アイツは俺に生きろって言ったのに、俺はあっさり捕まって死んで、こっちに転生しちまったからな。――怒られても仕方ねえよなあ。
「あっ、ほらほら、見て見てコテツ! 北側の街道が見えて来たよ! 明日には合流点過ぎるね!!」
「……ほんっとに元気いいなオメエは。はしゃぐのはいいけど転んで怪我すんなよ、オメエ怪我も治りにくいんだからな」
おまけに目もいい。コイツ、レムネアもちょっと別の意味で超人的かもな。
っつーか、現代人の枠で考える癖が染み付いちまってるからかもだけど、テレビもラジオもねえ世界で毎日地平線見て暮らしてる奴らなんだもん、視力2.0以上あっても別に普通なのかもな?
アフリカの部族の視力検査したら視力6.0平均だったって話もあるくらいだし。
そんなことを考えながら、レムネアの指差す方向を眺めたら、確かに20キロほど向こうの平野の上に薄く残った街道を、馬車の一団が動いてるのが見えた。
――もしかして、俺って全力で感覚全開にしたら100キロくらい向こうまで見えるのかもな?
――――☆――――☆――――☆――――☆――――☆――――
「呼ばれて飛び出てー!」
「さすらいのエルフぅ、シルフィンとシフォンだよぉー!」
「……呼んでねぇし?」
「わっ、わっ、エルフだ! ほんとに耳長い!!」
「どちら様ですか?」
エルガーがちょいとヘバって来てる感じだったんで、少し早めの野営ってことで街道脇に野営準備始めてたとこだった。
そんなマヌケなこと抜かす変な双子っぽいそっくり姉妹が飛び出して来たのは。
「……え? シンディが呼んだからわざわざ迎えに、来た、んだけど……?」
「森を移動すれば早いエルフって言ってもぉ、それなりに時間掛けて来たのにぃ、もしかして聞いてないぃ?」
その、ふたりのエルフの視線が集中した先に居た当の本人は、と言えば。
「確かに呼んだ。今から説明するのだから、事前に話しておいては二度手間だろう?」
がくぅっ! なんて音が聞こえて来そうなノリで盛大にコケてるエルフ姉妹が見えたが。コイツはこういう奴だぜ、知る機会があって良かったな?
「では、紹介しておこう。シルフィンとシフォン。エルフだ」
……お前ら、後に続く言葉を待ってるだろ? そんなもんねェぞ、コイツは究極のめんどくさがりだ、聞かなきゃ説明帰って来ねェからな。
「呼んだ理由とここを指定した理由、コイツらの素性、シンディとどこで知り合ったのかを説明しろ」
シンディの方もエルフの方も無視したまんま、俺は目の前の鍋から漂う匂いに集中しつつ、背後でそんな会話してたシンディに命令した。
「承知した。――ここに呼んだのは森の種族で精霊魔法を使えるエルフが村に入ると騒ぎになるし、私の張った警戒魔法や侵入結界に反応して面倒になるからだ」
「……村の周囲に張ってある結界は人間以外を弾きますからね」
エルガーが説明補足してんな。アイツも付き合い長いからシンディの人となりが解ってきてんなー。
アイツ、鍋と一緒に薬味まで持ち歩いてやがったのか。っつーか、コレたぶん突っ込んだのサーティエだな。要らねえっつかエルガーは辛いもん苦手だろうに。
「呼んだのは旅の補足のためだ。……アドンの要望では『エルガーが単独で携帯食料と携帯水筒のみで四日をかけて街まで辿り着き、街の鍛冶屋に顔を出して糧食を補充して再度村へ帰ること』を目的としていたが、重量過多でエルガーの水が途中で尽きることは目に見えていた」
「……恐らく『戦士の試練』の内ですね。故意に重量過多のフル武装状態で、飢餓状態でも街に辿り着く傭兵最初の試練です」
「……俺が一緒に居るのにオマエが飢えるの許す訳ねえだろ。シンディ、グッジョブだ」
グッジョブ、は流石に通じなかったのかレムネアやエルフたちがなんか意味を話し合ってる小声が聞こえるが、こっちゃそれどころじゃねえ。
さて、神刀に火炎魔法起動で刀身の上に置いた鍋の湯も沸いて、煮込みは順調だが。味付けをたぶんアドンの選択な岩塩にすっか、それともせっかくサーティエが入れてくれた薬味オンリーにすっか。悩みどころだぜ?
「このエルフの双子はずっと南方のエルフ王国の王女たちだ。私とは百年以上の付き合いだな。生まれたときから知っている」
「「だってシンディはぁー、あたしら姉妹の名付け親ぁー!」」
「ステレオで喚くなうるせェ」
よしっ、決めた、初日の行程でエルガーが疲れてっからな、塩分補給で岩塩だ!
ふたつの岩塩の塊をごりごり擦り合わせて軽く味見しながら、すぐに吐き出しつつ慎重に神刀の方も調節して火加減も見ていく。ついでだ、サーティエの薬味も少し使うか。
――っつか、いくらなんでもたった四日の行程でこの野菜の量は多すぎじゃねーか?
四日分どころか節約すりゃ一ヶ月は持ちそうな量の野菜がエルガーが背負ってたリュックから出て来るんだけど。
サーティエは戦士の試練とやらを、出稼ぎ野菜行商かなにかと勘違いしてんじゃねえだろうな?
……なんか急に背後で会話が途切れた感じになってふと振り返ったら、全員が俺の鍋の中身に注目してるようだった。
――そんなに空腹だったのかよ、お前ら?




