14話 コスチュームチェンジなんだぜ
「本来ハ、未完成品ヲ渡サザルヲ得ナイト言ウノハ職人ノ恥ナノダガ」
「前置き長ェんだよヒトツメ、渡せよオラ?」
「……クレグレモ言ッテオク、未完成ダカラナ?」
「うるせェ!」
まーだぶつくさ言いながら渡し渋ってるアメノヒトツメの鍛冶場で、俺はアメノヒトツメが両腕で大事そうに捧げ持ってた神刀を奪うように取り上げた。
「うほっ?! なんっじゃこりゃあ!?」
なんかやたら上等そうな鞘から刀を抜くなり、出て来た中身にびっくりして大声出しちまった。
「鍛冶神アメノヒトツメが神力を通した鉄――<神鉄>を材料に、最高神シンディの神の血を浴びせ雷神タケミカヅチが鍛えた神刀だ。間違いなく現時点で世界最強の刀だろう」
「『透明な刀身』なんて初めて見たぜ? なんか神力出てるし」
「製法をこれから変えるつもりでな、今後は定期的にアメノヒトツメに預けることになる。預けている間の代替用途で小刀の製作も始めさせたところだ」
「製法を?」
「先日虎徹に教わっただろう? 私や他の神々の血肉を直接使用する魔術――、<血流術>を盛り込むことにした」
「あー、アレなー。……もう完成したのかよ? 早ェなオィ?」
ほんとに昨日の今日で完成させてんのな、早すぎだろマジで。
しかし、同席してるヒトツメやタケミカヅチが妙にげっそりしてんのって、もしかして。――献血されたんじゃねーのか?
「今まではアメノヒトツメとタケミカヅチが鍛えている最中に私の神の血を注いで神力を封入する形式を取っていたが。
私の神の血が持つ神力が突出しているとはいえ、封入するには効率が悪すぎた。
おかげで13年も掛かってまだ封入神力は70%にも満たない」
「しんでぃノ目論見ハ理想ガ高スギルト思ウ。現段階デサエ、コレダケノ神力ヲ封入シタ刀剣ハ世界ドコロカ神界ニスラ存在シナイ」
「ふーん? まあ、大は小を兼ねるっつーし、いいんじゃねェの?」
心底疲れ果ててる、なんて声色でヒトツメが口を挟むけど、正直コイツがどれだけ疲れてたって俺には関係ねェし?
こーん、なんて音立てて床に投げた鞘が転がってったのを慌ててタケミカヅチが拾いに行くけど、それは放置しといて、俺は片手で抜き放った透明な刀身を頭の上まで掲げて見上げてみた。
「軽い、っつか、なんかバランスが竹刀そっくりだな?」
一応剣道二段まで取って真剣の型も習った関係で模造刀振った事あるけど、比較にならねえほど軽い、っつかまんま竹刀の重さだ。これ、目釘とかどうなってんだ?
柄も造りも日本刀っぽさ全開だけど、滑り止め風に若干凹凸がある程度で完全に柄と刀身が一体化してる気がするし、鍔もあんまし大きくねェし。
「虎徹の前世の経験に照らした結果、最も長く握った武器に近いバランスが最も違和感が少ないだろう、ということで調整した。どうだろうか?」
シンディに言われて、ちょいと両手で構えて軽く型を振ってみるけど。……年月で言えば10年以上ぶりに刀振ってるっつーのに、身体が覚えてるもんだな。
重みに引っ張られたりふらつくようなこともなく、型を最初から最後まで振り終えて、納刀……、あ、さっき投げ捨てたんだった。
さすがに刀身を握るわけにも行かねえんで、まぬけに片手に抜き身でぶら下げたまんま、なんか片膝ついて控えてたタケミカヅチが鞘を縦にして捧げ持ってたんで、そこに差し込んで鞘ごと預ける。
「いいな。違和感も全然ねえし、振りやすいし。かなり斬れるみたいだし」
なんか振り回すときにヒトツメの鍛冶場内でぶら下がってた道具とか引っかかったけど、気にせず振り抜いたら全部すっぱすぱ切り裂いちまったしな。
壊れた道具抱えてヒトツメが大きな一つ目からぽろぽろ涙流してる気がするけど気のせいだなたぶん。
「そうだな、斬れ味も最高レベルで、神鉄製なので斬れ味が落ちることもない。気に入っただろうか?」
「オォ、気に入ったぜ。……で、故意に斬れ味落とす、ってのは可能か? エルガーとの練習にも使いたいからな」
「造作もない。先日虎徹の脳に焼き付けた詠唱魔術を、『私の血の力を使って』刀身に焼き付けることで、刀自体を魔法の発動体とするのが虎徹に頼みたかった調整なのだが。
その中に斬れ味を故意に鈍らせる……、つまり、刀身の刃の上に、更に鉄や青銅といった粗悪な金属をコーティングする魔術を追加すればいい」
「……あ、そうか。模造刀みたいに刃を潰す代わりに、元の刃に直接接触させなきゃいいんだもんな。……後でいいだろ? シアの街に行く途中でも時間あるんだし」
相変わらず臣下みたいに控えてるタケミカヅチが捧げ持ってる刀にちらっと目を向けて、肩を竦めて。
それよか、もう一個の注文の方も気になっててさ?
「問題はない。どの道、『冒険』の開始はまだ先だ。……虎徹が気にかけているのは、こちらの衣類だろうか?」
シンディがばさり、と無造作に広げた黒い衣装を、俺はひったくるように受け取って。
「ったりめェだろ? 全く、こういう衣服作れるんだったら最初から出せっつーんだよな」
言いながら、サーティエ特製のワンピースを素早く脱いで、素肌の上からそいつを身に着けて。
最後に袖を通してから15年近くも経ってるってのに、こっちも身体が覚えてんだよなあ。まっさらな布地の感触が懐かしいってか、身体に馴染む、ってーか。
「……へへっ、どォよ? 似合ってんだろ?」
浮かれてくるっ、なんて回った俺を見たタケミカヅチとヒトツメとシンディが全員首肯したんで、俺は大満足、ってやつだ。
シンディに注文したのは、剣道着と同じ、男物の和装。
つっても、歩き回って旅するのを想定してるんで、ブーツ穿いて袴の裾は布でぐるぐる巻きにしてブーツに突っ込んでるんで、時代劇とか幕末の志士の写真で見かけるような歩き回りやすいスタイルになってるけどな。
刀を差すんだったら和装じゃねーと締まらねえだろ! って主張したら、すげえあっさり承諾したシンディが翌日には作り上げてたんだよな。
コイツ何やらせても不器用なのに、どうやってたった一日でブーツや手甲まで揃えて用意出来たんだ? って思ったら、開発したての血流術の応用で『日本の和服の記憶から直接錬成した』んだってよ。オマエは3Dプリンタかっつーの。
まあ、用意してくれたもんにケチつける気はねえし、さすが3Dプリンタ状態で錬成したもんっつかサイズもガリガリ細身の俺の身体にぴったりだったからむしろ大満足、だ。
「確認だが、古い服はレムネアに渡すのだったな?」
「あ? オォ、あいつ昔からこれ欲しがってたからな、盗んだこともあるくらいだし。
俺もサーティエの手前、捨てるに忍びねえし、いい廃品利用だろ」
だいたい、こういう綺麗な服は俺みたいなガリガリが着てるよりレムネアみたいな美少女が着た方が幸せってもんだろ?
床に脱ぎ捨てた薄手の純白なワンピースを適当に畳んで、ヒトツメの鍛冶場から出て、レムネアの住居の方のテーブルの上にぽんっと置いとく。
ほんとなら洗った方がいいんだろうけど、俺って汗も掻かないし垢もフケも出ない適当すぎる身体なもんで、着古しでも洗いざらしと大して変わらねえから別にいいだろ。
そのままもう一度ヒトツメの鍛冶場に戻ろうとして、なんとなくもう一度、ぽんぽん、ってそいつを上から軽く叩いて。
10歳の誕生日にサーティエがエルガーと俺とでお揃いで縫ってくれたんだよな。あれからもう三年も経つんだよなあ。
これから四日かけてシアの街まで出向いてエルガーが戦士の洗礼受けなきゃっつーから俺も最初の冒険としてついてくんだけど、レムネアも行きたいって言い出したから。
どうやら初冒険は子供三人と、保護者役のシンディとタケミカヅチの五人旅になりそうだな。――ヒトツメは留守番、アイツ連れてったら大騒ぎになるの目に見えてるし。
「まあ、街に出るだけだけど、楽しみだな『冒険者』」
「ん? 『冒険者』とは何だろうか?」
「んあ? 知らねえのか? 『未知に挑んで、戦って勝って、財宝持ち帰って、最後に笑う』のが冒険者、だよ。つまり、『冒険』をやる奴らって意味だ。俺が知る限りではな」
「なるほどな、『冒険者』か。良い命名だ、またひとつ良い名を貰ったな。虎徹はセンスがいい。ということは、虎徹は世界最初の冒険者、になるな」
つってもそれ、まんまMMOとかRPGの冒険者の概念だよな。この世界、戦士や弓師は居ても、冒険者なんて『頭のおかしな命知らず』は存在してなかったんだよな。
まあ確かに、迷宮が存在してない世界じゃ、武術で身を立てるつったら傭兵か自警団やるしかねえよな。
って思ってたんだが。あるんだってよ、ダンジョン。
「俺が作った名前じゃねェっつの。まだダンジョン攻略してねェしな? あるんだろダンジョン?」
「ある。大陸全土に500箇所ほど『あらかじめ作っておいた』。人間たちが攻略する様子を観察しようと思っていたのだが。
現在のところ、最長で作成して五千年を経過している場所もあるが全て未攻略となっている」
「……ほんっとに暇だったんだなオマエ」
RPGダンジョン作成するゲームなんてのも地球にゃ存在してたけど、想像して欲しい、後で自分が攻略する前提で全部のダンジョンを別々の場所に置いて、それを延々500箇所も作成する様子を。
なんぼ神で無限の時間がある、つっても暇人すぎるだろ。
――そして。
「タケミカヅチ! いつまで控えてんだ、普通にしてろ!!」
「はっ! しかし、最高神の神器なれば人の魂とは言え主君筋、臣下としては」
そう、コイツ武神で頭硬いもんだから、最初に命令してからこっち、稽古以外のときはこうして臣下の礼みたいなもんを取ってて鬱陶しすぎる。
これから街に出たりするときゃ、俺がガキの外見なんだから保護者役努めて同行させなきゃならねえのに、そんな畏まってたら俺がまるでどっかのお忍びの姫みたいじゃねえか。目立ちすぎだろ、そんなん。
「タケミカヅチィ?」
「はっ!」
「それだ、まずその返事をやめろ! 前は普通に話してたじゃねえかよ、なんだよ突然」
「……あれは、中身が人の魂ということで侮っていた証であり、レムネアに指摘されて気づいた、というか、反省することしきり、でして」
「……っあー、なんか判った。オマエ、レムネアに頭上がらねえもんな、なんでか」
恐縮しまくりのタケミカヅチが最敬礼よろしく俺の神刀を胸に抱いたまんま頭下げてるし。
「俺の命令には服従するんだよなァ?」
「はっ!」
「俺は『前と同じで普通にしてろ』って『命令』してんだが、こりゃ『命令違反』って言わねえのか?」
「……っ?!」
――おお、悩んどる悩んどる。かなり四苦八苦しながら、やっとの思い、って風情で「わかった、普通に、する」なんて言葉を絞り出したのがちょっと笑えたな。
なんでそんなクソつまらねえことで苦戦してんだオマエ、みたいな。
村に戻るときに、たぶんまた森で遊んでんだろうレムネアを捕まえていろいろ伝えないとなー。
そんなことを考えながら、タケミカヅチが両手で持ったままだった俺の神刀を取り上げて肩に担いで、俺はシンディを従えて村への道を歩き出した。




