13話 お互いにファーストキスなんだぜ
「……で。そこからどうすんだ?」
「……うぁっ、ひっ、うぅっ」
「泣いてちゃ判んねえだろうがよ、泣き虫小僧」
そーいや、コイツ、ガキの頃はすげえ泣き虫だったんだよな。今もガキだけど。
いっつも俺の後をちょろちょろくっついて来る金魚のフンだったのに、いつの間にか、大きくなったよなあ。
俺の両手を握ってバンザイさせた状態でベッドに押し倒して、体重かけて押さえつけてるのが、……いつでも跳ね返せるつっても、確かに小さい頃とは比較にならねェ重さっつか、力もついたっつか。
考えてみりゃ、死んだ妹とは五歳違いでこんな風にじゃれ合ったこともたくさんあったけど、コイツとは一度もじゃれ合ったことなんかなかったっけ。
俺の中身が19の男で、村の女衆とは行動も考えも全然違ってるし、村の幼馴染たちとも、ガキと混ざって遊ぶなんざ幼すぎだろ、なんて冷めたとこもあったしな。
……身体が女になって12年、っつーのが影響してんのかもな、サーティエはスキあらば女の子らしく! って躾して来るし。
状況的にゃ間違いなく貞操の危機、なんだけど。なんつーか。
『コイツ相手だったら別にいいか』
なんて考えてる辺り、とうとう俺はおかしくなったか、って。
「……はっ、うぅ。コテツは、強すぎるから」
「何言ってんだっつのマジで。俺はオマエに何一つ勝てねェよ」
「強くて、美しくて、絶対に汚されなくて、曲がらなくて」
「そりゃオマエのことだろ? 俺の性根は最初から曲がりっぱなしだよ、正攻法じゃオマエに敵わねェからな」
嗚咽をこらえてエルガーが何か言うたびに、俺の顔にエルガーの大粒の涙がぼたぼた落ちて来やがる。
――っつーか、なんだよこの状況、マジで。
『チートな身体とチート感覚持ってても逆立ちしたって勝てねェ』
なんて思ってた自慢の弟に、なんで俺は持ち上げられまくってんだと。
マジでそう考えてんだとしたら、コイツ、なにやらせてもチート級の天性の能力あるくせに、見る目だけは絶望的だな?
しかもガリガリの貧相な俺の身体見て『美しい』って言ったな今?
言っちゃなんだが、美しい女、ってのはシンディやサーティエみたいな出るとこ出てるばんきゅっばーんなのを指すんだぞ?
あとはちょいと年齢が足りてねェけど顔立ちで言や将来有望株なレムネアとかな。
間違っても、黒髪黒瞳で鶏ガラみたいな貧相の痩せっぽちの身体にチビ、なんてチンクシャなガキの容貌備えた俺を指す単語じゃねーだろ。
「……そろそろ動いていいか? 重てェんだよ、また筋肉増えただろオマエ」
言葉が続かないみたいでその後黙ってたエルガーに訊いてみたけど、見事に目が泳いでやがる。
勢いでやったはいいけどどうするか考えてなかっただろ、オマエ?
「オイ。俺の気が短いのは知ってんな? 『続きをやらない』んだったら、反撃すんぞ?」
……反応なし。まあ、続きなんざあるわけねェよな、性教育やAVビデオみてェなもんがある世界じゃねェんだし。
たまに男のガキだけで他所の家の夜のプロレスを覗いてるのは知ってるけど、コイツその時間は素振りや筋トレやってっから未参加で知識がねェだろうし、な。
まったく、そのうちもっと育ったら俺が街の風俗街にでも連れてってやらなきゃダメなんじゃねーのか?
なんてことを考えながら、ひとつため息をついて、おもむろにエルガーの下半身で押さえられてた両足をぱっくり開いて。
ぐわしっ! なんて感じでエルガーの腰を蟹挟みで挟み込んで、腰と腰を密着させる。
「?! いっ、いつも言ってるだろ、ちゃんと穿きなよ!」
「るっせぇ、あんな小さな布っきれなんか穿けるか、窮屈なんだよ!!」
サーティエお手製のワンピースがべろーんと腹までめくれたんで、俺の無毛の下半身をばっちり拝んじまったなエルガー。
動揺しすぎだろ、ガキの頃からさんざん見てんだし、俺が下着嫌いなのは知ってんだろ?
瞬時にエルガーの体重が俺の上半身から自分の腰の方に移ったタイミングで、エルガーの両腕に抑え込まれてた俺の両腕の拘束を外すために背筋でベッドから跳ね上がって、その勢いでエルガーの顔面に俺の額をぶち当てる。
完全に面食らって俺の両手を離して自分の顔面を押さえたエルガーの両肩の服を掴んで、そのまま左の肩を強く引くと同時に腰に回した両足を腰と背筋で捻って――、立場逆転、マウント取ってやったぜオラァ!!
「なっ?! 習ってない、よね!?」
「習ってないけど知ってることだってあんだよ」
そりゃ知らねェよな。こりゃアマレスやってた中学のツレに習ったマウントの取り返し方だからな? 実際にやったことなんざなかったし、頭突きはオリジナルだが。
「さてさて、好き勝手やってくれたよな、弟の分際で?」
不敵に笑ってエルガーを見下ろしつつ、きっちり腰の上に乗っかって体重かけて、エルガーが伸ばしてくる両手はいなしてっから、こりゃもう取り返せねェぜ?
さっきの俺のやり方は、エルガーの腰が浮いてたから出来たんだからな。そこんとこ、甘くねェんだぜオマエの姉ちゃんはよ?
ってか、頭突きまともに入っちまったな、鼻血だくだくじゃねーか。
「じゃあ、不遜にも姉に逆らった悪い弟に、お仕置きしてもいいよな?」
さっきと完全に真逆の態勢で、捕まえたエルガーの両手をベッドに押し付けて、ぐいっと顔を近づけて。
相変わらず涙目のまんまで俺の両目を睨みつけてくる様子が、ガキの頃と全然変わってなくて、なんか呆れたっつか可愛いっつか。
まだまだ俺もコイツも、全然ガキなんだよなあ。
「……?!?! んむぅ、うぅぅぅっ!?」
「……ぷはっ。ごちそうさま、だ。オマエのファーストキスは血の味だったな?」
へへっ、鼻血ごと噛み付くように唇奪ってやったぜ。
……あー、俺のこの世界のファーストキスが男相手とはな、女になっちまったぜちくしょー。でもいいか、コイツなら。
――すげェ甘くてとろける血の味に、ちょっとだけ幸福感なのは内緒だ。
シンディとは違った味わいっつか、シンディの血は義務で飲んでるけど、コイツの血は欲しくて味わったっつか。
……この味は覚えたらダメなやつなんじゃねェか、もしかして?
血の量が少なかったんで、血の衝動からはすぐに覚めた。
コイツ相手なら別にシてもいい、と思ってるのは確かだが、コイツの喉笛に噛み付いて血を啜りたい、なんて――、コイツの血を欲しがっちゃダメだろ、『ヒト』として。
口元押さえて茹で蛸みたいに真っ赤になってるエルガーの上から弾けるように飛び退いて、足早に部屋を飛び出す。
やべ、エルガーを余計混乱させたかもな? でも俺も混乱しまくりだ、なんで今になって人間相手に『吸血衝動』が?
生まれ変わって12年――、もうすぐ13年にもなる、ってのによ??




