12話 押し倒されてしまったんだぜ
「……最近ちょっと根を詰めすぎなんじゃないのかい?」
「……大丈夫だよ、母さん。コテツだって同じくらいやってるんだし」
階下からそんなサーティエとエルガーの会話が聞こえてくるのを俺の超感覚が捉えたんで、そっちに意識を向けつつ、俺はシンディの施術で脳みそに直接詠唱魔術を焼き付けられるのに任せた。
「コテツは特別だから、あの子とは比べちゃいけないよ?」
「……そうだ。エルガーも普通よりは強い子だが、コテツは普通じゃない」
「……判ってるよ、母さん、父さん。だから、僕はもっともっと努力しないと」
最近ほんと鬼気迫るくらいの勢いで練習してるもんな、エルガーの奴。レムネアが甘えても構いもしないくらいの勢いで。
俺が「普通の食事が出来ない」ことはもうサーティエもアドンも薄々感づいてるっぽいんで、こうして飯時に部屋に引き篭もってるのは何も言われなくなってるし、「普通の子供じゃない」ことも今の会話じゃ知られてるよなあ。
「エルガーのことが気になるのか、虎徹?」
「気にならねえわけねーだろ、たった一人の弟だぞ?」
「弟ではない。乳兄弟で、義弟だ。血の繋がりはないからな」
「うるせえ、俺が弟だって思った瞬間から弟なんだよ。
――オマエが言う『王』ってやつは、そんなに薄情な繋がりでなれるもんなのかよ?」
「……それもそうだな。『血よりも濃い絆』『確固たる意志』などが必要だそうだ」
相変わらずの無表情で感情マジ読めねえ、コイツ。
先日やっとシンディがシスの街から帰宅したんで、俺を召喚した目的、ってのを突き詰めたら。
コイツ、俺と大陸を旅して、俺を『国王』にすること――、つまり、人間をまとめて建国するのが最終目的なんだ、って白状しやがった。
白状、っつーのもおかしいな、コイツの思惑では自分の方で俺を王にするための行動を続けるから、必然的に最後には王になるんだから別に説明は要らない、なんて感じで。
要するに『説明がめんどくさいから省略』する腹積もりでいたらしい。
……タケミカヅチやアメノヒトツメからもちょくちょく聞いてたけど。コイツ、ほんっとーに人間の感情とかに無知すぎる。
これでよく『知識の神』なんて名乗れてるもんだ、って感心するレベルだぜ?
究極的には『宇宙の管理って激務の合間の息抜き』レベルの遊びだっつっても、付き合わされる俺らは溜まったもんじゃねえ、っつの。
「……で? 剣が完成するんだって?」
「剣ではない、剣とは両刃のものだ。作らせているのは片刃の刀だ」
「似たようなもんじゃねーか。で? 明日の昼?」
「レムネアが街で材料を買い付けてくれるのでな、助かっている。明日にはアメノヒトツメのところに受け取りに行く、最終処理に虎徹の魔術も必要だ、私では力が足りない」
「……めんどくせえ。それでいきなり『脳みそに直接呪文の焼き付け』かよ」
「口頭や魔術書経由で覚えるより早いだろう? 一度に全部やってもいいのだが、虎徹の方が記憶は出来ても思い出せなくなりそうだからな、今までは間接的な手法を使っていた」
「お心遣いに感謝感謝ーだ。――神の血を持ってんだろ? そいつを直接自分で使って魔術使ったり出来ねえのかよ?」
シンディの施術中でベッドに寝転んだまま額にシンディの両手を当てられてて身動き出来ねえもんだから、適当に思いつくままに喋ったつもりだったんだが。
なんか、シンディがはっとしたように動きを止めて考え込んでるような? コイツのこんな顔、初めて見た気がするな。もしかして、驚いてんのか?
「なんつーか、なんかちょちょいっといじったら、大気中の魔力利用するよりも使える魔力が増えるんじゃねーのかよ?」
「――その通りだ。なぜ思いつかなかったのか……、そうか、これが<思考制御>か。虎徹、やはり君の存在は私に必要不可欠だ」
待て待て、ちょっと待て。妹そっくりの顔をそんなに近づけんじゃねえ、舌を伸ばせば唇が舐められる距離じゃねえか。やらねえけどよ。
でも、そんなことお構いなしで、シンディはべらべらとまくし立て続けて。
「この世界に在る私の肉体能力に創造神の強力な制限が掛かっていることは解っていたが。
――恐らくだが、その制限は私の記憶や思考、発想にまで及んでいる。……だが、虎徹は別世界の魂だ、そんな制限が一切ない。素晴らしい」
「もしかしなくても興奮してんじゃないのか、オマエ?」
「興奮? そうか、これが興奮という感情か。なるほど、心拍数、発汗量共に上昇し、思考速度が上がっている。
脳内麻薬の分泌量も増加しているようだ。素晴らしいな、興奮とは」
こんな鬼のように冷静に自己分析しながら興奮する奴初めて見たぜ、俺の方は。
それでちょっと俺への脳内焼き付けを中断して延々ぶつぶつ何かつぶやき始めたシンディを横にどかして、気になってたエルガーたちの様子に集中しようと思って階下に意識を集中したら。
ちょっとしたエルガーの怒声と、食器類が床にばらばら飛び散るような音が鋭敏になった聴覚に突き刺さって、俺は少し涙目で片耳を押さえちまった。
調整ミスったわ、聴覚上げすぎたぜ、畜生。――でも、なんかアイツがこんなに怒るって珍しいっつか、初めてじゃねえか? サーティエに口答えしてるの。
週末にゃエルガーが成人の儀式やるんでシンディと一緒にシスの街に出るってのに、喧嘩したまんま村を出ることになるんじゃねえだろうな?
エルガーは足早に階段を駆け上がって、俺とシンディの部屋の真向かいの自室に入って荒々しく扉を締める音が聞こえたんだが。
階下でサーティエがまた泣いてる声がするし、こりゃどっちに行った方がいいのかねえ?
少し考えたけど、サーティエにはアドンが付いてるし、ここは姉――意識上は兄なんだ、ほんとだ――として、一人で引き篭もっちまった弟の方だよな。
ベッドから跳ね起きてシンディを見たけど、まだぶつぶつ呟いてるからこりゃほっといてもいいや、と思って、俺はとっとと横をすり抜けて、エルガーの部屋へ向かった。
――――☆――――☆――――☆――――☆――――☆――――
「入るぞ、わんぱく坊主」
「……コテツ、普通は入る前に断るべきだと僕は思う」
「母親泣かせた悪ガキに言われる筋合いねーし、っつーかオマエの姉はそんなに出来たお行儀のいい奴だったかよ?」
……ふっ。勝った。
不機嫌そうなツラで更に口をへの字に曲げて黙りこくる小僧の部屋を大股で横切って、俺はエルガーが腰掛けてる粗末なベッドの横に並んで腰を下ろす。
「――なんか悩んでんだろ? 姉ちゃんに言ってみ?」
「……歳なんか半年も違わないのに、姉貴面されてもね」
「半年だろうが一秒だろうが俺が先に生まれてんだから天地が滅びても俺が姉だ。悔しいだろう?
死んでもこりゃ覆らねえ不変不動の事実だからな??」
またも、エルガーが無言で拳を握り締めるのが判ったが。ちょっと待て俺、話聞きに来たのに全力で煽ってどうする。
しかし。なんつーか、薄々理由が読めてきたぞ。……そうだよな、12歳で週末にゃ13歳だもんな。
――思春期、か。
俺の方もサーティエの花嫁修業攻勢がやたら押しが強くなってたし、関係あったのかも。
エルガーがいろいろ反抗して俺も反抗してたらそら、サーティエも泣くわな。
失敗したな、コイツ出来の良すぎる完璧超人過ぎたから油断してた。
そのまま、無言になっちまったエルガーの俯いた顔の下から覗き込んで変顔してみたけど、相変わらず不機嫌そうなツラのまんまで反応すら返しやしねえ。
ま、仕方ねえか。思春期なら適当に年月が解決すんだろ、悩め青少年よ。
そんな風に思って、何気なくぽんっ、って頭を撫でて立ち上がろうとしたら。
頭の上に置いた手を掴まれた、と思った瞬間に関節キメられて、痛覚過敏で思いっきり呻いた口を塞がれて――、ベッドに押し倒されてた。
ガァァァァ、イテェェェェェェェ!!!
けど、悲鳴上げたら下からアドンとサーティエが上がって来るのが解ってっから、全力で我慢したぜ、俺。一瞬呻き声上げちまったけど、その分はエルガーに口元塞がれたからまあセーフだ。
しかし。
……あー、そうか。性欲を意識すんのも思春期、だよなあ。そうかそうか。うーん。
あれ。そうか。俺の身体って女なんだもんな?
人間のガキなんざ引き裂いてバラバラにするくらい訳ねえけど、コイツ下手に傷つけたり殺すとサーティエが泣くし。
……もしかして。転生後初の、貞操の危機ってやつなんじゃねーの、俺?
そんな感じでものっそいやーな連想しながら、激痛に思わず閉じた目を薄目で開いて、間近にあるっぽい凄い荒い息遣いなエルガーの顔を下から見上げたら。
――ぼろぼろ泣いてやがんのよ。……どうしろっつーんだよ俺に。




