11話 妹を看病したんだぜ
「直った、直ったぁ! ありがとね、ふたりとも、大好き!」
真っ白な髪をいつものポニーテールに結い上げて、エルガーが直した髪飾りで留めたレムネアが俺ら姉弟に抱きついて来るんで、俺達は揃ってよろめいちまった。
「お礼はコテツに。コテツが針金を貰って来なければ直らなかったから」
「莫迦言ってんじゃねェよ、オメエが手を動かさなきゃ俺にゃ直せなかったっつの。つか、俺が壊したんだから筋違いもいいとこだろ」
「――んっと、だから、みんなまとめてぜーんぶありがとっ!」
泣いても笑ってもけたたましい妹だよな、まったく。めんどくさくなって適当にあしらいながら、後ろから首に回されたレムネアの腕を振りほどいて。
……で、気づいたんだが。
「レムネア。オマエ、身体きちんと拭かなかっただろ?」
「――えっ? えっ、ちゃんと拭いたもん? 拭いたよ??」
「……嘘。目が泳いでる」
まだすっとぼけるレムネアの片手ずつを俺とエルガーで掴んで、無言で顔を見合わせて頷いて。
「バレバレなんだよあほんだらぁ! 熱出してんじゃねェか、今夜は返さねえぞ!」
「後で鶏卵を貰ってくるよ、栄養つけないと。料理はコテツにお願いするしかないね、母さんは今夜は帰らないから」
「うえぇぇ?! コテツって何の料理も食べないじゃん、そんな好き嫌い多いのに料理なんか出来るわけないー! やだぁ、おうち帰るぅぅ?!」
ガタガタ喚き散らす妹のレムネアを俺たちは問答無用で担ぎ上げて、二階の俺とシンディの寝室に連行した。
さすが12年も一緒に育った姉弟だろ? こういうチームワークは抜群なんだ、俺ら。
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「おい、しい?!」
「失礼なこと抜かしてっと取り上げて庭に捨てっぞクソが」
「あーっ、ダメ、ダメぇ! ちゃんと食べるぅ!!」
寝かしつけてから三時間と経ってねえっつーのに、真っ白な肌を真っ赤に上気させて腫れぼったい目に鼻水まで垂らしやがって、典型的な風邪じゃねーか莫迦が。
身体弱ぇっつーのにまったく。
「? どうしたよ、食うんだろ? 食えよ」
「……あーん」
「アァ? 甘えんな莫迦。一人で食えんだろうが」
「……あーん!」
「駄々こねてんじゃねーよ、こちとら暇じゃねぇんだっつの。この後アドンが帰る前に魔術書読んどきたいしな」
「……あーん!!!!!」
「こンの……、ああ、もういいや、ほれ!」
「あぐぅ!?!?」
ったく。口の中に木さじに大盛りの鶏卵と野菜のスープ放り込んだら熱がってやがるし。
そりゃ固形物は一切食えねえけど、吸血鬼だった前世と同じかそれ以上の超鋭敏な嗅覚があるんだ、味見なしでもだいたいどんな味なのか予想して料理くらい作れるっつの。
サーティエの前でやらねえのは、単に料理出来るって知られたら花嫁修行が更に激化しそうだからだよ!
ったく、花嫁に行く気なんざ毛頭ねえっつーのに。
――っつーか、いつだったかサーティエとアドンが「エルガーと俺が結婚したら」なんて前提で雑談してたときは背筋が寒くなる思いだったぜ。
確かにエルガーはどこに出しても恥ずかしくない男になるだろうし、姉として一緒に育った俺から見てもたった12歳ですげえかっこいい男に育ってる、それは認める。
……だけど、その嫁が俺、なんて事態はぜってーごめんだっつの。
体格やその他でエルガーに勝ったことなんざ一度もねえ情けねえ俺だが、そういう行為に及ばれたら封印した噛み付きを駆使してでも全力で抵抗するぜ、俺は。
「……あーん?」
「ちょっと持ってろ、熱すぎたんだろ。――冷ますからよ」
間抜けにベッドに寝たまんまひよこみたいに口開けて次を待ってるレムネアにスープの器を持たせて、片手をかざして。
「風の魔力、我が求めに応じ来たりて熱を冷ませ、我が名は虎徹、女神シンディの神器」
ひゅうっ! なんて音と共に寒風が通り抜けた。冷風の詠唱魔術だ。
「……えっ? 魔法?? ……凄い、すごい!! 魔法陣じゃない魔法、初めて見た!!」
「……あっ、そうか。村に魔法使いはサーティエしか居ないもんな? まあ、オメエだからいいか。内緒にしとけよ?」
「うん! でも、コテツって、タケミカヅチに剣術習ってるのに、魔術師なの?」
「剣術も魔術もエルガーに勝つためだっつの。アイツ、マジ天才だからな」
目をまん丸にして聞いてくるレムネアに答えておいて、その当の本人が居るはずの中庭に集中したら。――聞こえて来るんだよな、木剣で素振りしてる音が。
俺は鍛えても成長しない身体なんで、ああして練習で筋力鍛えられるアイツがマジで羨ましいぜ、まったく。
俺にゃこの超性能な身体があるっつっても、動かすのは自分だから、最初からフルパワーの力を少しずつ使いこなす練習続けるしかねえからなあ。
つまり、俺は最初からパワーMAXなんで剣速は申し分ないから体捌きメインだけど、エルガーの野郎は体術と剣速を同時に成長させてて。
最初は俺の方が有利だなんて思ってたけど、とんでもねえ。アイツの天性の勘は俺の体捌きの成長よりずっと上で、この上剣速まで速くなったらとてもじゃねえけど勝ち目がなくなる。
それに、どうやら俺は剣の腕はどう頑張ってもコイツに勝てるほど上手くねえ、軌道の予測みたいなもんが、なまじ目がいいせいか見てから避ける癖が染み付いちまってて、フェイントの類がすげえ苦手だからな。
こりゃタケミカヅチにもさんざんやられてるけど未だに癖が直らねえ。案外、癖は癖と諦めて別の手段を考えた方がいい時期かも。エルガーの成長速度ってマジモンで化物すぎる。
もう、村の大人じゃアドン以外は相手にならないレベルだし、コイツ、アドンから三本に一本は勝っちまうからな。
「コテツは考え事してるときでも、かっこいいね!」
「……いいからおとなしく寝てろっつってんだろ」
中庭の素振りの音になんとなく焦りを覚えてたら、そんな声が掛けられたんでレムネアにそっけなく答えておいて、預けてたスープの器をひったくる。
「……あーん!」
「食ったら寝ろ、後で温水で身体拭いてやらあ!」
「こんなにコテツが優しいんだったら、ボク、毎日病気でいいー!」
つけあがったのか唐突に莫迦なこと抜かし始めたんで、俺は莫迦の後ろ頭をがっちり捕まえた上で残りのスープを強制的に口に全部流し込んでやった。
最近の風邪は脳みそに来るんだなあ。




