85話 我が家に戻った
「この子に、魔術を教えろって? そりゃ、構わないけどねえ? ――ヒョロいねえ、ちゃんと食ってんのかい、あんた? 名前は?」
「えっ、あっ、はい! エイランダールと申します」
「エイランダール? クルツァイル侯爵の次男坊と同名だねえ?」
なんか困った目になってエイランダールが俺の方を見て来るけど、口の前に指一本立てて内緒にしとけ、って合図送って、俺は久々に二本の足で歩いてシスの街、俺の屋敷に入った。
――全土指名手配が解けたからな、マジで久々だぜ。
サーティエとアドンをアントスからシスの街へ呼び寄せるのと、俺が自分の足でエイランダールを連れて皇都からシスの街に移動したのがだいたい同じくらいの期間だったな。
まあ、俺の方がシスの街に近かったっつっても、エイランダールが新税制改革政策を細かく命令文書化して全土に通達したりとかの手間暇掛かった分、移動が遅くなっちまっただけなんだが。
「あの、コテツ様? 私は一応、魔術は一通り修めておりますが」
「アァ、詠唱魔術だろ? 俺も使えるぜ」
「は? コテツ様は、魔法剣士なので??」
質問には答えずに、簡単な<水球>を目の前に浮かべてすぐに消して見せて。
「魔法陣……? にしては、反応が速すぎるような」
「いいか? こりゃ正真正銘の軍事機密だ。文官つっても、俺の下に付くなら戦えないようじゃ困る。だから、ガチで実戦向きな魔術を仕込んでやる」
言いながら、周囲を軽く見回す。
……屋敷の中庭には、サーティエが植えて屋敷に残したメイドさんたちが丹精込めて世話してた大量のハーブが咲いてるからな、あんまし強い魔法は使えねえ、っつか、先に結界を張る必要がある。
そこら辺をあらかじめエイランダールに伝えたら、解ったような解らないような顔を浮かべて。
「つまり……、庭の花を散らしてはならない、しかし強い魔法を使う練習をする?」
「当たり前だろ、あたしが植えた花だよ? 庭を荒らす莫迦はコテツだけでたくさんだよ、まったく」
がつん、といきなり俺の頭にサーティエが拳骨落としたもんで、油断して痛覚無効を使ってなかった俺は激痛に涙目になって頭押さえてしゃがみ込んぢまった。
「いってぇえええぇぇ! なんだよ、俺は散らしてねえだろ!」
「誤魔化せると思ってんのかい、コテツ? あたしが屋敷を出てから、植わってる品目が減ってんだよ。枯らしただろ?」
「うっ。いや、けど、剣の練習するの、ここが丁度いいからよ?」
「踏み荒らさなくたって練習は出来るだろう。全くこの子は、令嬢らしくしな、って言ってんのに」
がつん!
「そんなぽんぽん叩くなよ、俺の頭は打楽器じゃねえっつの!」
「――失礼ながら、サーティエ様と、コテツ様の関係をお聞きしても?」
今の俺と皇城での俺の態度が繋がらねえのか、怒られまくってる俺の様子に目を丸くしてるエイランダールが訊いて来るもんで。
「……えーと。俺の、母ちゃん。養子だけど」
「養女だけど、あたしの長女だね。女らしさの欠片もないけど」
「――誠に失礼ながら、コテツ様は、皇帝の……」
「あー、エイランダール? あっちの話も進めて貰わなきゃならねえんだ、一日は短いんだし、修行頑張れよ?」
まずい流れだ。こりゃ、きっとサーティエに怒られるか泣かれるかどっちかになる。
俺はそわそわしながら中庭を駆け出そうとしたら……、出口で、でっかい魔法剣士な親父にとっ捕まって。
エイランダールの説明を交えながら、サーティエとアドンの前で正座で反省させられることになった。
……くそう、こんな予定、なかったのに。
――――☆――――☆――――☆――――☆――――☆――――
「今は皇帝の長女ってことかい。ほんっとに、お前はどうしてそう、ひとつところにじっとしてられないのかね?」
「サーティエ。こぶになった。治してくれ」
「うるさいね、反省するまでそのまんまだよ」
口では怒りながらも、そっと撫でて<治癒>を唱えてくれる辺りは優しいんだ。――怒らせなければ。
「っつか。何を面白がって見てやがる。いずれお前だってこうなるんだからな」
「ふふ、なるほど? やんちゃでいらっしゃいますね、ご息女は」
「誰彼構わず脅してんじゃないよ、口の悪い。……全く、誰に似たんだろうね、この子の性格は」
もう我慢出来ない、って感じで笑うエイランダールは――、本人にゃ悪いけど到底26歳にゃ見えなくて、本気で童顔で苦労してんだろな、とかぼーっと考えちまうけど。
「ってか、そうじゃねえんだよ。エイランダールに呪符を覚えさせてえ。――とりあえず<沈黙>と<突風>で実演、よろしく」
「ふん? じゃあ、効果範囲外まで下がりな」
サーティエに言われるままに、中庭の中央から外に下がって、中央のサーティエが二枚の呪符を取り出すのを見つめる。
「普通の魔法陣よりかなり小さいですね?」
「あれ以上大きくしたら屋敷が吹っ飛んじまうよ」
「……は?」
「いいから見てろ、びっくりするぜ」
エイランダールが困惑顔でサーティエに目を戻した刹那、サーティエを中心に爆風が噴出した、ように見えた。
見えたって何だ? って……、つまり、サーティエの呪文発動の声も聞こえなかったし、サーティエの大きな胸の前で<突風>の魔法が発動した瞬間に、サーティエの着るローブや髪が激しくはためいた様子がはっきり視認出来たのに、中庭の壁まで下がった俺とエイランダールとアドンには、何の影響も及ぼさなかった、ってことだ。
「ん? 不思議な……、魔法陣でしたね? 一瞬光りましたが、あれは? 見たこともない陣形の、魔法陣の一種に思えましたが」
「いいから。サーティエが呼んでる、『中』に入るぜ」
『声が届かなくなった』もんで、身振りで手招きしてるサーティエに応じて、俺はエイランダールの袖を引いて<沈黙>が効いてる効果範囲……、結界内部に入る。
「あっ、あー、あーーー。『効果』が切れたかね? じゃあ、もう一回、同じ呪符を発動させるよ。これなら、坊やでも分かるだろ」
「……坊やではありません、先月26になりました」
「そうかい、そりゃ悪かったね、大きい坊や」
「……!!」
「あー、俺が言うのもなんだけどよ、逆らうなよ? 怒らせたらマジ怖いんだから」
「ごちゃごちゃうるさいね? やる気がないなら帰ってもいいんだよ、あんたたち?」
「…………緊張しているようだ。怯えさせるな、サーティエ」
「はん、威勢のいいのは口だけかい。大人しく見とくんだね」
俺らの後ろに立ってるアドンが仲裁してくれたもんで、サーティエはそれ以上騒がずに、サーティエが新しい呪符を二枚取り出すのを黙って見てた。
「さて。――驚くんじゃないよ、大きい坊や? <沈黙突風>!」
俺はもう見慣れた『積層魔法陣』だが……、お城に籠もって古臭い詠唱魔術を延々脳みそに詰め込んで来たエイランダールにゃ、刺激が強すぎたかな。
『突風が吹き荒れた沈黙の結界内』で、エイランダールの目が驚愕に見開かれてるのが分かる。
さっきと同じように、沈黙の効果が切れるのを待って、サーティエが口を開いた。
「さて、大きい坊や? 何が起こったか説明出来るかい?」
「原理はよく分かりませんが! 恐らく、先に発動した沈黙の魔法を、同時に発動した突風の魔法が押し広げた! しかし沈黙の魔法は『空気固定化』の効果も含む故に、突風の効果が沈黙の効果範囲内で霧散した、のではないかと!」
興奮冷めやらぬ、って感じ全開でエイランダールがまくし立てるもんで、俺はちょっとその勢いに気圧されて、首を捻じ曲げてエイランダールの顔をガン見しちまった。
「そして威力はそれぞれの魔法陣の効果が相乗されたと思います!」
「……オォ。正解だ。すげえな」
「あんたより頭がいいよ、コテツ。この子はね、最初にこれを見せたとき、理解出来なかったんだよ」
「うるっせえな! 俺はサムライだから魔法に詳しくなくたっていいんだよ、剣があるんだから!」
「どっちつかずの中途半端な分際で吹いてんじゃないよ、バカ娘。で、学ぶ気があるかい? あるなら修行つけてやる、ないなら他所に行きな」
「先程の無礼、お許し下さい、サーティエ様。お許しがあれば、勉学に務めさせて頂きたく」
さっきまでの態度が嘘みたいに、杖を捧げて膝を付く拝礼の姿勢になったエイランダールを横目に、俺はうんうんと頷いて、その場を立ち去ろうとして。
「あんたはお説教だよ。何澄まして逃げようとしてんだい、シスの街に帰ってきた理由とか、何も訊いてないんだからね?」
「待てって、やましい理由なんかねえよ、離せよ親父!」
「…………やましい理由がないなら、逃げる理由もない。離す理由がないな」
拝礼したまんま顔を下に向けて笑ってんだろ、エイランダール? お前、後で酷いからな。
――――☆――――☆――――☆――――☆――――☆――――
「文官をこちらに分離するのですか?」
「アァ、そうだ。皇都を軍事拠点化して、軍事と政治をはっきり分ける。……ここの領主はハイン・アーリュオス・カーン、『俺と同じ皇族』だから、文官を纏めるのに都合がいい」
こってりサーティエに絞られてる時間をエイランダールの機転で短縮して貰ったから、いじめてやろうと思ってたのに借りが出来ちまった、くそう。
一年以上も使ってなかったってのに、屋敷の俺の部屋は出たときのまんまで綺麗に整理されてて、改めてメイドさんたちに感謝感謝、だ。
「ぶっちゃけると、シスの街を副皇都にする。西部国境方面軍はもう解体に入ってるけど、あの地域自体は運用が楽だったからな」
「そうでしょうね。軍人以外が運用範囲内に存在しませんでしたから、民間人や文官の考慮が要りませんでしたでしょうし」
「だろ? それを、皇都に適用する。アーリは根っからの騎士で軍人だ、民間人や文官が居ると手を焼く。――だから、アーリが苦手な奴らを引き離して、アーリが人間を動かしやすい軍事都市にしちまう。……手が届かねえ、背中の紐解いてくれ」
サーティエに会う予定は最初からあったから着慣れねえ令嬢風なドレス着たはいいけど、背中の紐が自分で届かねえんだった、これ。
何故か赤面してる風のエイランダールに手伝って貰って鬱陶しいドレス脱いで、浴槽に一直線、だ。
「大きな軍事作戦が予定されていて、文官や民間人の目が邪魔なのですね?」
「今後も増えてくぜ。心配すんな、民間人の影響は最小だ」
浴室内に声を響かせながら、久しぶりの我が家で入浴、だ。ざああっ、とお湯が溢れるのがいいな。
前はいちいち神刀で沸かしてたけど、今はムギリがボイラー据え付けてくれたんで、いつでも蛇口を捻れば屋敷のどこでもお湯が出る。
「ふぃー、やっぱ我が家の風呂はいいぜ。――税制改革と同時に、ここじゃ魔道士の育成もやる。魔術師つっても、時間ばっか掛かって威力の低い文官の見栄で勉強する詠唱魔術じゃねえ、より実戦向きな呪符魔術だ」
「魔道士の軍事作戦も視野に?」
浴槽の壁越しに聞こえるエイランダールの声はくぐもって聞こえた。
「たぶんな。暫くは後方配置だが、集団で纏めて遠距離魔法や輸送の手伝いをやることになる。期間が短いぞ、あと五ヶ月でそれなりに使えるように仕上げる。お前が最初に覚えて弟子取る感じになるから、悲鳴上げんなよ」
ざばっ、と片手でお湯掬って顔を洗って、それからお気に入りの香油を身体に塗り込んでく。
長らくやってなかったっつか、この香油がここにしかないからな。
「なんとも……、失礼ながら、私の役割が多すぎる、というか、力が大きすぎるように思います。……良いのでしょうか?」
「だから、アーリが先に言ったろ? 『俺の言葉は皇族の言葉、勅命だと思え』って。面倒事は俺に押し付け、俺はお前に押し付ける。そこから先の押し付け先は、お前が自分で探せ」
一通り全身に香油塗って、お待ちかねの泡々タイム。
水吸って重くなったクソ長い黒髪に香油成分マシマシな石鹸塗り込んで、不便だけど片手でがしがしと泡立てながら洗ってく。
こういうときゃ、アウレリアたちに手伝って貰いたくなるが……、モントラルたちと同じで、別件で外に出してるからな。
ウィルペディだけでも残って貰ったら良かったかなあ?
「宮廷魔術師末席っつっても、それくらいの人事は出来んだろ? なんか文句言われたら俺んとこに持って来ればいい。あと、輸送路に川を使うようにするから」
「……川面に、帆船を? 下りはよろしいでしょうが、流れに逆らう戻りはどうするのでしょう?」
「『魔導推進管』を使う。こりゃ、インマンダ港の造船所から仕入れる、そっちに話は通ってるから、今度一緒に受け取りに行こう。ウチの商会で単独で作れるんだが、筋が通らねえからな」
返事がない、っつか、そういや魔導推進管についてはまだ皇都に報告が上がってねえのか。
他の商人が買い付けに便利に使うだろうし、商会の扱う品目のカタログ作った方がいいかな。
もう殆ど商会の全品目管理して商会を動かしてる、インディラさんに相談してみよ。
「俺の下についたら出世街道から外れる、って意味分かったか?」
「それは、この数日でだいたい。コテツ様は、帝国を作り変えるおつもりですね? 例えるなら、鋭く尖った槍のように、富国強兵というか」
「そう。国が富めば兵は勝手に強くなる。だけど国の中がごちゃごちゃしてると、アーリの振る槍の威力が落ちるだろ。俺は、アーリが振る槍の速度を上げてやってるだけだ」
まあ、ごちゃごちゃさせてアーリの頭痛の種を増やしてんのは俺の弟、勇者なんだけど。
そこは身内の恥だから言わなくてもいいだろ。
蛇口を捻って適温より少し熱いくらいのお湯で髪と全身を洗い直して、すっきりさっぱりー。
「あー、やっぱり風呂は最高だ。この文化は帝国全土に広めてえな」
「こっ、コテツさま、お召し物を!?」
「あー、そこら辺にバスタオル落ちてねえ? 無いなら別にいいけど」
「私が良くありません! っと、こちらに近づかないで下さい!」
「って言われたって、そっちにベッドあるんだからよ?」
マッパでぺたぺたと裸足で水を絨毯に染み込ませながらエイランダールに近づいたら、マジで大慌てしてんのが面白かった、んだけど。
「はしたない真似をするなと、いつも言ってんだろうが! 襲われたらどうするんだよ、元気の良い若い男なんだぞ!」
ぶわさっ。
顔面に思いっきり強くタオルを押し付けられると同時に、肩からバスローブ掛けられて。
「『お兄ちゃん』が守ってくれるだろ? いつも頼りにしてんだぜ、インダルト」
「全く嬉しくない頼られ方だよな、少しは女らしさの欠片でも身につけて見せろよ!」
ぷりぷり怒ってるのが本気でお兄ちゃんらしい、インダルトに笑って、片手でバスローブの前を合わせてたら、留め紐を縛るのを手伝ってくれた。
ジェリトのインシェルドのとこに送ろうか迷ったけど、インシェルドなら単身で上手くやるだろうし。
あのくそじじいに便宜図ったら倍返しで怒られそうな気がしたもんで、インダルトには俺の側近護衛をやって貰うことにした。
だから、手が空いたアウレリアたちを他所に送り出せたんだけど、アウレリアたちがなんか恨みがましく俺を睨んでたから、帰って来るのがちょっと怖い。
「護衛殿か? コテツ様、ご紹介頂いても?」
「アァ、そうか。これはインダルト、俺の『お兄ちゃん』役をやってる日給銅貨三枚の不幸の申し子」
「何の話をしてんだよ! インダルト・イヒワン=インディラ、今はコテツの側近護衛だ。エイランダール殿だったな、よろしく頼む。――コイツは本気で人使いが荒い、逃げ出すなら今のうちだぞ?」
さすがに面食らった様子のエイランダールがインダルトに頭を下げて自己紹介してる間に、眠気が来てる俺はいそいそとベッドに潜り込む。
「何澄まして寝る準備してんだよ、コテツ? 俺は今、護衛対象がアントスとシスの街で分かれて困ってんだよ、走って往復するつったって限度があるんだぞ?」
「いま、移動手段をエイランダールに話した。あとは外で二人で適当に話詰めといてくれ。……眠い。もう出てけ。でなきゃ抱き枕にするぞ」
抱き枕、の単語を言った途端に、二人が慌てて俺の部屋の外に出たのは何でだか解らねえけど。
ああ、我が家はベッドも最高だぜ。
おやすみ。




