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転生したら王になれって言われました  作者: 澪姉
第四章 商会篇
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84話 養女になった

「ふむ。コテツの献案はどれも、(ちん)の琴線に触れる良案に思えるが……、誰ぞ、異論ある者は申してみよ?」


 って、皇城の玉座に座って俺の話を聞いてたアーリが、いつもの口調をまるで変えて、皇帝口調で。


 ……いや、本来この口調と態度で誰にでも接するのがカーン帝国皇帝なんだから当たり前なんだろうけど。


 この一ヶ月ほど、『マキシの椅子』として一緒に過ごした期間が長かったもんで、こうして玉座に収まって、偉そうな態度でにやにや笑いを浮かべて、集まってる皆に厳かに述べてる様子が別人に見えちまうっつか。


「……だから、めくるなっつってんだろが!」


「自分で脱げば素裸でも気にせん癖に、めくられるとそのように羞恥する様子は面白いのう? 何故じゃ?」


「知らねえよ! 脱ぐのはいいけど、めくられるとなんでか恥ずいんだよ!!」


 先帝マイネの遺品だっていう、チャイナ服っぽいファンタジー風な膝丈衣装だからかもしれねえ。


 この世界じゃ女性が足を見せるのがふしだら、って観念があるもんで、スカート類は基本全部足首まで隠すロングスカートだから、俺もそれに慣れてたし。


 でも、アーリの言う通り、脱げって言われりゃここでマッパになっても別に気にも止めねえんだが……、「めくられると急に恥ずかしくなる」ってな、何なんだろうな?


 そういやシィも生前、水着は見せパンみたいな認識だから気にしないけど、巻布巻いてるパレオをめくられるとなんだか恥ずかしい、とか言ってたっけ。


 そのシィは今はモントラル夫妻にくっついて西部国境外で工作活動中だから、俺のそばには居ないけど。


「愉快、愉快。……して、皆に異論なければ、朕は筆頭軍師殿の献策を実行に移そうと思うが。如何か?」


「恐れながら」


 一段高くなった玉座の左右に近衛騎士を置いて、その更に左右にずらりと幕僚が門まで一直線に並ぶ玉座の間で。


 ローブと杖って魔道士風の衣装な若々しい男が一歩、挙手しながら歩み出て。


「エイランダール子爵だったか? 発言を許す」


「……若輩の分際で、小生意気な」


 今ぼそっと言ったのは、誰だ? って、なんかどす黒い怨念籠もった目でエイランダール子爵を見つめてる、同じくローブの壮年の男か。


『アーリ。エイランダール子爵の立ってた右横の親父、ありゃ誰だ?』


 ちらり、と俺の方に目線を向けたアーリが、俺が示した方向に目を向け、すぐに同じく接触念話で返して来る。


『宮廷魔術師次席、グナワン侯爵だな。そういえば、あれは勇者の息の掛かった貴族だったか』


『ほんとに皇城内部まで浸透してんだな、勇者勢力って』


『気にするな、文官ばかりだ』


 俺の言葉に凶悪な笑みで答えて、アーリは近づいて来るエイランダール子爵を見つめたまま。


『フヴィトルは怪しげな術を使うが、オレには効かないし、帝国の中枢を担う要職の者は<絶対魔法防御(アンチマジックシェル)>を持つ。どのような手段でも操られなどせぬ』


『なんだそれ? 初耳……』


『後でな。子爵と問答せよ』


 アーリの方から念話を打ち切られて、アーリの膝の上から視線を前に向けたら、玉座の前に跪いたエイランダール子爵が居た。


「恐れながら、皇帝陛下。コテツ様にいくつか質問が」


「許す。コテツ、答えてやれ」


「アァ、分かったけどよ」


 アーリに答えて、俺はアーリの膝から降りて、跪いたままのエイランダール子爵の前に移動する。


 ……けど、俺の脳裏にあったのは別のことで。


 アーリはいま、<絶対魔法防御(アンチマジックシェル)>、つったけど。


 アンチ(ANTI )マジック(MAGIC )シェル(SHELL)は、『英語』だ。


 なんで、この世界に俺が作った魔法以外で英語の魔法名が存在するんだ?


「コテツ様。帝国筆頭軍師の就任、まずは祝辞を」


「挨拶は抜きにして、本題に入ってくれ。俺はこれでも忙しいんだ」


「……皇帝の(しとね)での夜の運動ですかな」


 ざわっ、と列席がざわめいたのを、俺の方から片手を上げて制して。


 いいな、子爵。物怖じしない、不遜を地で行く、思ったことをそのまんま口に出す豪胆な奴は、大好きだぜ?


 列席の他の軍師や軍人貴族たちは俺がどうやって皇帝の『寵愛』を得たか、って経緯を知ってるもんで、反対は少なかったけど。


 列席の右列、宮廷魔術師や文官たちにとっちゃ、俺は「唐突に皇帝の膝の上に座って政治を操る毒婦」に見えてるだろうからな。


「生憎と、そっちは別の男に操を立てててな。アーリとは何でもねえよ」


「コテツは我が娘として可愛がっておる。我が妻は、先帝マイネただ一人」


「随分と仲のよろしい親子ですな」


 すげえ胆力だな、エイランダール子爵。


 今の一言が、殺されても文句は言えねえくらいの無礼だってのは、宮廷に詳しくねえ俺でも分かるぞ?


 宮廷魔術師にしとくのは勿体ねえっつか、なんでコイツが下っ端やってんだか。


 ――勇者にくっついてジェリトの方に行ってて不在な宮廷魔術師主席様はインシェルドだったな。


 宮廷魔術師は不遜でなきゃ務まらねえのかもしれねえ。インシェルドは俺に対してのみ、妙に辛辣なんだが。


「俺は『人間の子』は産めねえ身体だからな、そういうこた気にしなくていい。んなことより」


 相変わらず跪いたまんまのエイランダール子爵の前にどっかりあぐらかいて座って、視線を寄せる。


「献策について質問っつか、懸念があるんだろ? 言ってくれよ。アーリはこの通り、ぶっちゃけちまうと軍事莫迦だからな? 政策に詳しくねえから、政治専門な文官の宮廷魔術師から意見貰えると助かる」


 ぱちくり、って感じで若々しい子爵が目を瞬かせたのが少し笑った。


「で、では。『住民の人頭税、街の入場税、通行税を全廃、商人隊商は全土で自由通行を認める』ですが。――帝国の税収の二割にも及ぶ巨大な収入源です、これを認めれば、帝国財政が傾く。どこで補填するおつもりか?」


「『消費税』を掛ける。っつか、段階的にだが、それ以外の税収の割合を消費税に合わせて調整して、なるべく引き下げてく。コイツは領地単位で何年かおきに税率が若干変わるだろうけどな」


「『消費税』……とは? 何分若輩なもので、理解が及びませぬ。説明を、お願いしたく」


 緑色の澄んだ目が綺麗な男だな。「自分は大体分かったけど、後ろの莫迦どもに分かるように説明しろ」ってことか。


「消費税ってな、要するに『売買した商品それぞれに税収を掛ける』ってこった。まあ、最初はちょいと高めに10%掛けるか。年次で引き下げてくのが理想だが」


「……値段が金貨1枚の商品なら税収は銀貨10枚、銀貨1枚なら銅貨10枚。銅貨商品なら10個売って初めて銅貨1枚の税収が発生、ということでしょうか?」


「そうだ。それで、『全ての売買』に一律で掛ける。その代わり、それ以外の多重課税を引き下げたりしてく。最終的には撤廃だな」


 俺の説明に、まだ小首傾げてやがんな。左列の軍人たちは完全に専門外だから、仕方ねえけど……、右列の文官まで目を白黒させてんのは、政治家の意識が足りねえぞ?


「いいか? 今までは住民が存在するだけで税金が掛かってたから、街や村に人間を増やせば増やすほど全体の税率が上がるもんで、村単位、街単位で(おさ)が住民増加を嫌がるか、商売人以外の住民を圧迫してたんだよ」


「それは、当たり前でしょう? 帝国臣民は帝国に暮らす限り、全てが皇帝の恩恵に預かる。恩恵に対する感謝としての、人頭税です」


「働ける人間ならいいが、働けない病人や老人を抱える家族にゃすげえ負担になるのはテメエでも分かるだろ。そいつを撤廃して民衆を楽にするんだよ」


「コテツさまは慈悲深い。そのお慈悲は、徴税の恩恵を預かる軍人、貴族には向けられないので?」


「俺はどっちかってーと、軍人に近い立場なんだがな。軍師筆頭なんだから」


 そういや、この人事は直属軍団以外にゃまだ通知してなかったか。


 エイランダールの目が若干驚き気味に広げられたのが見えた。


「もちろん、税収は大事だ。だが掛け方が問題だ。民衆を搾り取るんじゃねえ、肥え太らせて金を回すんだよ。『金は天下の回り物』なんだからな?」


「『金は天下の回り物』、ですか。初めて聞く格言ですが、説明を?」


「民衆の生活が厳しけりゃ金は懐に入れてなかなか出さねえ、そりゃ商業活動の低下を招く。――だから目に見える簡単なとこで、生活を厳しくしてる税金を(やわ)らげて、必死に溜め込んだ金じゃなく、商売すればするほど懐に溜まる金の上前を跳ねる」


「商売人に対してはそうでしょう。それでも少ない賃金を溜め込むだけの愚かな民衆は?」


「金の回し方を知らねえ、小銭で満足する貧乏人はほっとけ」


「手厳しいことを仰いますな、軍師筆頭様は」


「莫迦言ってんじゃねえよ、マジの話だ。貧乏人から無理に金巻き上げたってその先がねえ、狙うのは『薄利多売』だ。――『多売』で儲けが出るんだから、そこそこ資金持ってるけど豪商には成り上がれねえ小売人を増やす」


「……小売人でも、仕入れ自体に『消費税』が掛かるのではありませんか? 売買の一種ですし」


 ちょっと、エイランダール子爵の目の色が変わったかな?


 ざわついてた文官たちも、話を聞く姿勢になった気がする。


 ……軍人が真剣に聞いてはいるけどよく解ってないです、って顔してるのはこの際気にしないでおくとして。


「よく分かったな? 仕入れ、卸し、販売で豪商は三回消費税が掛かる。……対して、産地直送するような行商人みたいな小売人は仕入れと販売で二回、生産職人は採れたもんをそのまま売るんだから、一回のみ」


「輸送費用は最低限なのですから、豪商ほど大量の税を支払うことになる、と。なるほど、金持ちほど見返りが大きい代わりに、何度も税を支払うことになる。計算が些か面倒ですな?」


「街に文官置いて計算させろ。計算も有料だが脱税は重罪を掛けろ。――その代わり、売買の収支が金貨以下の取引は特例敷いて見逃せ。そうすりゃ、本気で大口の取引以外にゃ面倒は出ねえ」


「街に置く文官は皇都直属ですね?」


 お、解ってきたな? ぶっちゃけると脱税自体は今でもあちこちで当たり前にやってる、そいつを締め付ける。


 脱税自体は構わねえんだが、額が問題だ。少額でそれなりに金が回るなら見逃してやってもいいが、溜め込むのが悪だ、ってこった。


 だから、大口取引は皇都直属の文官が取引そのものを監視する。けど金貨以上の取引、つまり貴族以下の民衆には無関係だけど、盗賊ギルドが動くような目立つやり方はすんなよ、って感じだ。


 元々盗賊ギルドがそういう裏社会に根付いて旨い汁吸ってたんだから、ハインならこういう税制改正にゃすげえ素早く対処するだろ。


「しかし……、少額取引を重ねる小売人の収入を圧迫しますぞ?」


「圧迫しねえよ。輸送税や販売先の入場税が免除されて安くなるし、税がいずれ消費税に一本化するんだから売買そのものが楽になる」


「しかし、小売人より個人で大口の売買が多い豪商の方がキツくなりませんか?」


「そりゃなるけど、全出費の10%以上に上がらないんだったら全体で見りゃ旨味の方がでかい。――入場税や通行税は荷物の数に対して掛かってる、だから豪商しか大規模隊商が組めなかったんだ」


 そういやアントスの街に入るときは、俺が突っ込まれた箱にも税が掛かってたっけ。


 エイランダール子爵の前でろくろ回しながら、俺は説明を続ける。


「そんなとこで姿勢良く並んでねえで、お前らもこっちに集まれ。説明しづらい」


 きょろきょろと首を巡らせてる文官を尻目に、軍人貴族たちはさっ、と足並み揃えて周囲に輪を作るのがさすが練度の差、みたいな。


 いや、こんなとこで軍人と文官で練度比べてどうする、って話だけど。


「こりゃ『楽市楽座』って政策だ。狙いは商売繁盛、どんな商人でも売った分の10%しか税収は掛からねえ。――今は市場で露天商を敷くにも座代、商品輸送にも輸送費用に入場税、通行税ってあの手この手で多重徴収してるだろ? これも撤廃する」


「入場税を撤廃するということは、入場検問も行わないのでは? それでは、悪意持つならず者たちも入場してしまいますぞ?」


「解ってんよ。帝国直属の歩兵がちょいと余る予定になってる、だから各領地に割り振って、街の中や領地内の警備兵を三倍以上に増やす。――領主は領地内で商売繁盛させねえと、警備費用で四苦八苦することになるから頑張れってこった」




 ほんとは徳川家康に倣って参勤交代させたいとこだが、あんまし移動経費遣わせて締め付けると領民の徴税に跳ね返っちまうからな。


 領地内で儲けを増やして領主の懐を暖めさせる、これは約束してやる。


 だけど民衆の生活を見ずに浪費してると、「商人含む民衆の移動を縛る税金を撤廃する」んだから、消費税率が上がったまんまで生活が苦しい領地に人は根付かねえ。


 消費税の最初は全土一律10%だが、そいつは最大税率で、領主に税率の増減はある程度任せる。


 貴族なんだから贅沢はしてもいい、だけど、民衆に恨みを抱かれてまで贅沢してたら人心が離れるぞ、せいぜい頑張って領地経営しろ、ってこった。


 簡単に街の人口と売買率を伸ばすなら税率を下げて薄利多売にする方法もある。


 でも無理にそれやると領主が私財を吐いて領地経営することになるし、逆に税率は変えずにそれ以外で商人を集めるなんかの手段を講じてもいい。


 ジェリト金山なんかは金、ってあからさまに金になる商売の元が出るんだから、税率10%掛けたまんまでも人口比率は変わらねえだろうし。


 アントスは商会の本部があるもんで、生産商業都市に変わりつつある。


 領主のメイティス公爵なら、どかんと税率1%まで一気に下げて、ここぞとばかりに住民数を増やすだろうな。


 人数が集まれば街の消費が増える、何しろ帝国どころか大陸唯一の新製品を売る商会があるんだ、目端の利く商人ならアントスに移住すれば仕入れ価格が激減するのを商売の基礎に組み込むだろ。


 シスの街は中間貿易都市だ、税率5%から7%程度に抑えつつ、皇都とアントスの街の間で上手くやるだろう。


 あそこはそもそも商業輸送を牛耳ってる盗賊ギルドのお膝元だ、街そのものの税収よりも盗賊ギルドから上がって来る税収の方が多くなるはずだしな。


 南部のハプサリ公爵が頑張って軍船造船やってるインマンダは今、雇用が倍増してるし、今後は海上輸送でもっと潤うことになる、ここも税率はかなり引き下げるだろうな。


 皇都とインマンダの間にも製鉄鉱山都市を作る予定だし、そこの税収もこれから帝国に力と金の双方を供給することになるだろ。


 ――土地に縛られる農民だけが動けねえが、そこんとこはまた後で新規開拓含めた農地改革進めるしかねえ。


 そりゃ、そこら辺に詳しいシンディが帰って来てからの話だ。


 ……こういう頭の使い方はシンディの方が詳しいはずなのに、なんで俺がやらなきゃならねえんだ、って話だよ。


 くそ、戦史だけじゃなくて経済政策も授業取っときゃ良かったぜ。大学は一年の前期しか行ってねえけどな。




「し、しかし……、理屈は分かったが、それでは、各領地の領主が力を蓄えすぎる。反乱が起こりますぞ?」


 エイランダール子爵のすぐ外、跪いてる軍人の輪の後ろで立ち見してる、この政策の旨味がよく解ってないっぽい文官が発言して、俺はちょっと苦笑しちまう。


「なんで政治文官が軍人の後ろで立ち見なんだよ。お前ら、位置を入れ替えろ」


「御意」


 ざっ、と一糸乱れぬ動きで立ち上がった軍人が文官の後ろに回って。


 その絶対服従っぷりに、文官たちが俺と軍人の軍団長たちを交互に見て、不思議が倍増したように狼狽えてるのが面白いったらありゃしねえ。


 まあ、軍団長たちは俺の西進派兵に全面賛成してるし、俺とアーリの撃剣訓練見てて、俺がアーリの直弟子だって知ってるからな。


 俺が、『実力で』帝国の中枢に居座るつもりなのも気づいてんだろ。……手段は階段数十段飛ばしだけど、実力見せりゃいいんだったら、簡単な話だ。


 俺は不死身の神族なんだからな。――二度と、負けねえ。


「起こらねえよ。つか、領主の持つ歩兵主体の私兵程度じゃ帝国軍の騎兵に勝てねえもん。こりゃ文官にゃまだ話してなかったが、いま帝国軍は全軍で部隊再編中だ。――国境線も縮小して、予算ばっか食ってる金食い虫の国境守備軍団を解散して他の軍団に振り分ける」


「……国境方面軍団長、ローデン将軍はどうなるので?」


「アイツは降格。守るのは巧いが、予算を使いすぎるし損害が大きい。皇都に戻して輜重(しちょう)兵の管理をやらせる」




 カスパーン爺さんとハダトさんの双方からローデンの評価聞いてて、すげえ違和感あったんだけど。


 ローデン将軍の真価は輜重兵管轄、つまり『予定通りに移動を完了させること、全部隊を常時把握しておくこと』っていう『物事を完璧に進める』、みたいな資材管理の方に発揮される人材だ。


 本人的には最前線から引きずり降ろされて閑職に回される人事みたいに思うだろうが、とんでもねえ。


 ハイン率いる盗賊ギルドが今は輜重兵の輸送路を整備したり移動を管理してるが、ローデンが管轄するのはその上の段階、各方面軍の必要糧食や軍事費を把握、計算して輸送させる命令を下すこと。


 それに、運び入れるだけでなく、各方面軍の補充物資の消費率や無駄な浪費を省いて円滑に次回の補充物資量を報告から計算しなきゃならねえ。


『全部の命令が全て自分の思い通りに行かなきゃ何がなんでも我慢ならねえ』って性格のローデンにゃ、ぴったりの役職だ。


 ローデン自身にゃ武勲も武功も武威もねえ、いかにも平和な時代に年功序列で成り上がった軍人だが、こういう細かい計算能力に掛けちゃ、そこら辺の文官なんか及びも付かねえ驚異的な能力を持ってる。


 なんでかって……、『迷宮に無理な突入を繰り返して、数千人単位で兵士数を浪費してるのに、あの手この手で辻褄合わせて上にそれを気づかせない』って報告改竄の手際がそれを示してる。


 カスパーンもそれに気づいてんだろう、上に報告上げずに俺のとこに連れて来たからな。


『処罰はいつでも出来るが、むしろ弱み握って上手く使え』ってこったろ。俺もそれに同意だ。


 ローデンは莫迦だが、とんでもなく頭の切れる、数字に強い莫迦だ。これからの帝国軍に必須の人材、って言ってもいい。


 税率を下げて、それでいて、軍事力は下げねえんだから……、そのためにゃ、金の浪費を抑えて徹底的に倹約を進めなきゃならねえんだからな。


 軍の金が足りなくなって税収増やして対処する、どんぶり勘定の時代はもう終わりだ。


 これからは、予算を喰い過ぎた軍団長はローデンに土下座することになるし、ローデンは予定外の出費を極度に嫌う、自分が責任を持つことを厭う人格だから、内々で済ませずに必ず上に予定外物資補給を報告するだろう。


 だから、軍の金庫番として、中間管理職として大いに働いて貰う。


 ついでに……、ローデンにゃそのうち憲兵総督でもやって貰わねえと。各軍に憲兵隊置いて、数字の動きに目を光らせる内部監査の役割だ。


 密偵は報告上げるだけで終わりだが、憲兵隊はそれ自体が逮捕拘留権を持つ、軍隊内不正摘発官ってこった。


 上に報告上げて処分決定するより、その場で不正を糺す方が早い。


 憲兵隊は軍隊の中じゃ嫌われ者って話だが、ローデンが上に乗っかってるなら、財布の紐をがっちり縛るローデンの性格もあって憎まれるのはローデンだけだろ。


 まあ、マジで得難い管理能力者なんで、ガッチガチに身辺警護して暗殺から守ってやるくらいはしてやるさ。


 出世も出世、大出世だが……、『戦場で武勲上げるのが騎士の誉れ』ってこの時代じゃ左遷に思うんだろうな。


 まあいい、俺はローデンの弱みを握ってんだから。弱みは使ってなんぼ、ってな。




「……どこかで、大きな軍事作戦があるのではないですか?」


「お? 鋭いなエイランダール子爵。つか、お前、宮廷魔術師筆頭やらねえ?」


「おれが!? ……いや、失礼、取り乱して。私めが、でございますか?」


「びっくり顔が可愛いなー。何歳?」


「……26、ですが」


 あ。拗ねた。10代後半くらいに思ってたが、その年齢で皇帝と直で顔合わせるほどの役職に付けるはずもなし。


 童顔気にしてたのかな、悪いことした。


「つか、主席はインシェルドだもんな、俺が怒られるか。――でもよ、マジで俺の下に付かねえ? その洞察力で末席やってんの、勿体ねえぜ? なあ、アーリ?」


「コテツの好きにせよ」


 身体揺らして笑ってやがるから、これは皇帝的にはおkな人事なんだな。


「よし、決まった。んじゃ俺の直属でよろしく。つっても、俺が決めた政策を噛み砕いて説明したり、実施を徹底させる役なだけなんだが。――あと、軍人寄りの俺の下だから、文官の出世街道からは多分外れる。悪いな?」


「……皇帝陛下のご命令ならば、謹んで」


 跪いたまんまで杖を立てて頭下げてんのが、魔術師の拝礼なのかな。そういや、こういうのはサーティエに習ってねえや。


 サーティエは俺を貴族令嬢にするんだ、って張り切ってたもんな。


 ――貴族令嬢じゃなくて、皇帝の養女……、皇族になっちまってんだけど。いや、アーリと相談したけど、こっちの方が動きやすいから、って話でさ。


 ……なんかサーティエは泡吹いてひっくり返りそうだから、聞かれるまで黙ってよ。


「皆にも改めて言っておく、これは我が養女に迎えた、我が娘、皇帝の長女であり、我が剣の弟子である。――故に、コテツの言葉は皇族の(こと)()、帝の勅命である。皆、そのように扱え」


「……だんだん交換条件が不平等な気がして来たんだけどよ」


 ぼそっ、と呟いた言葉はエイランダール子爵にしか聞こえなかっただろうな。


 ちらちらと、俺とその奥のアーリを見比べてる辺り、俺とアーリの肉体関係をまだ疑ってる気がして、なあ?


「教えとくが、俺はマジでアイツとは寝てねえぞ? アイツ、そっちの欲より戦闘欲の方が強くて、毎晩剣の修業してるけどな」


「『狂剣帝』初の愛弟子とは、ご愁傷様です。……残った右腕をお大事に」


 ほんとに10代じゃねえのか疑うくらいに目元を細めてくすくすと笑う辺り、俺が勝てねえと思ってんな?


 ……勝ててねえけど。いや、そのうち勝つんだからな、絶対。




 確かに、いっぺんアーリとタケミカヅチと引き会わせた感じ、アーリ自身も言ってた通り、明らかにタケミカヅチの方が強いんだけど……。


 50年以上の戦闘経験は伊達じゃねえっつか、俺とやり合っても勝てる要素がねえんだよなー、今んとこ。


 タケミカヅチも要訣を噛み砕いて教える人材は有り難いってことで、師匠のお墨付きも出たし、俺がアーリに弟子入りしてるのはタケミカヅチ公認。


 ……タケミカヅチは『そこいらの人間には負けないだろう』とは言ってたけど、アイツは俺が不死身なことも織り込んで言ってるのと、俺を主君と仰いでて世辞が入ってる気がするからな。


 そうじゃなくて、俺は勇者に勝ちてえんだもん。――俺が知る限り、最強の剣士に、剣力だけで。




「んじゃ、細かい策の内容はこのエイランダール子爵に伝えるんで、俺らは別室に行くぜ? 解散、かいさーん」


 胡座をかいたまんま、投げやりに手を振ったら、さっきのアーリの養女発言が効いたのか、すぐに幕僚たちが従って元の位置に戻り始める。


 さっきエイランダール子爵に文句つけたグナワン侯爵以外にも、俺に妙に敵意向ける何人かが、フヴィトルの息の掛かった貴族かもしれねえな。


 いやまあ、ぽっと出の皇族養女なんて怪しさ大爆発だから普通の反応ではあるんだけど、そこんとこも、インシェルドが戻ったら確認しねえと。


 ……っつか、インシェルドって戻れるのか?


 実は、勇者の所領になったジェリトには前線縮小を伝えてねえんだよな。


 簡単に言っちまうと、前線国境壁にくっついて西部辺境、亜人圏と帝国の通用門状態になってるジェリトは『蝙蝠都市』で。


 亜人圏とも帝国とも事を荒立てない程度に中立保って、帝国物資の横流しや海賊抱えて私掠船やってたのは最初から分かってたから。


 帝国としても、国境壁破壊後にそのまんま亜人たちに攻めさせて、街ごと一旦くれてやっても大混乱は発生しないだろうって腹積もりで。


 そんで、後でゆっくり亜人圏の退路を塞いで西側平原から逆侵攻、再占領な予定なんだが。


 ついでに逃げ場なくして孤立した勇者も潰す予定なんだけど、インシェルドが死ぬのは勿体ねえよな。


 俺、アイツの杖の秘密、判ったし。避けられるかどうか、試す前に死なれるのは、なんか悔しい。


 孫のインダルトを送り込むべきかなあ?



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