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転生したら王になれって言われました  作者: 澪姉
第四章 商会篇
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83話 国盗りを始めた

「全く。人が悪いにも程があるぜ、メイティス公爵?」


 俺の皮肉にも動じた様子もなく、公爵は楽しそうに笑うばっかで。


「まあ、メイティスを責めるな。オレの忠実な臣下なんだからな」


「もう、どんだけ草――、密偵が居るんだ、って話だよ。盗賊ギルドにも貴族にも」


 俺の動く椅子、直属傭兵って立場になってる白仮面のアーリが豪快に俺を抱き抱えたまんま笑うもんで、俺はちょいと顔を顰めて片耳を塞いだ。


 ――メイティス公爵の妙な態度が分かった、っつか、アントスに戻ったら当人からネタばらしされたんだけど。


 メイティス公爵は、アーリュオス・カーン皇帝直属の草で、直属の騎士だ。


 アントス領主で居ながら、国境までの広範囲の動向を全部皇帝に直通で知らせる役割を負ってるって。


 そんで、カスパーン爺さんとも旧知で、カスパーン爺さんも皇帝直属だってさ。


 なるほど、勇者勢力が増大しても、なんか妙にカスパーン爺さんに余裕があったのはそのせいなのかも。


 ってことは、アントスに俺が入った当初から、俺のことは知ってて泳がせてた、ってとこかよ。


「ホッホッホッ。試すような真似をしたのは謝りましょう。――私とアーリは若い頃に一緒に帝国を旅した仲間でしてな。その頃からの縁ですよ」


「へえ? 冒険者……、じゃねえか、その頃はなかったもんな。傭兵を?」


「いや、当時はお互いに放浪騎士だった。オレ達は同郷、皇都南部の出身でな。――もう、50年ほども前になるか。旅は長く続き、仲間も何度も入れ替わったが」


 仮面の奥で、アーリが懐かしそうに目を細めるのが分かる。


「懐かしいですのう。ときどき、あの旅路を思い出し、また旅に出たい衝動に駆られますな。白槍マイネさま、黒槍カスパーン、赤槍アーリ、私、――名も知れぬ女魔術師。楽しく激しい帝国平定の旅でした」


「……水戸黄門ばりの悪人成敗の旅なんじゃねえだろうな」


 水戸黄門の単語が分からなかったのか、アーリとメイティス公爵は目を見合わせて、それから俺に視線を移して、なんか困ったように苦笑するばっかだった。




 迷宮攻略の邪魔になるから帰れ! ってハダトさんに怒られたもんで、俺らは一旦アントスの街に戻って。


 そしたらアーリがメイティス公爵と合流してやることがある、っつーもんで、俺の予定とも合うから、って話で三人とメイティス公爵の従者その他の一行で移動して来たんだよな。


 一応皇帝のお忍び行ってことになってるアーリのお供がほんとに誰も居ないのはどうなんだ、って思ってるが。


 ……俺か? 俺がお供なのか? どっちかってーと、荷物扱いなんだけど。


 マキシの姿で抱っこされてるもんで車椅子が要らなくて、いつものメイド三人組には別の用事であちこち動いて貰ってっから、本気で俺も一人なんだけど。




「悪人成敗の旅、というのは当たらずとも遠からず、ですな。成り行きですが、最初の二年ほどがまさにそうで」


「全くだな。成り行きで奴隷を密売買していた村長を斬ったのが最初。正道を糺したわけだが、恩恵を受けていた村人から恨まれて村を出た。――誰に言っても信じて貰えず、な」


「親元からは二人揃って勘当、めでたく流浪の主君なし放浪騎士の誕生、でしたのう。分家筋の私はともかく、本家筋のアーリの憤慨と慟哭たるや、凄まじいもので」


「へえ? っつーか、入婿なのは知ってたけど。元は貴族家の騎士なのか、アーリ」


「そうだ。……飲むか?」


 俺を片腕で抱えたまんま、子供をあやすようにテーブルに出された紅茶を口元に当てて来るもんで、俺はちょっと眉根を寄せて、アーリの首に回した右腕をほどいてカップを受け取って自分で飲んだ。


「子供じゃねえっつの。椅子の役割だけやってりゃいいんだよ」


「なに、昔を思い出してつい、な。マイネにもよく、こうしていた」


「はあ? そんな甘えっ子だったのか、先帝マイネって」


「当時は白槍姫ですな。先々帝の六女で、女騎士として皇都南西、インマンダの街の警備隊を率いておりました」


 同じく優雅に紅茶を啜りながら、公爵が補足して来る。


「まっすぐな性根に優しさと苛烈さ、強さと弱さが同居した、不思議な女だった。――インマンダの掌握に始まり、皇都を経て、当時は黒槍の居城であるシスの街との交戦、北回りでアントスを落とし、ジェリトにまで至る過程で黒槍が仲間になり、同時に帝国版図も西進した」


「へえ、すげえ旅だったんだな。っつーこた、シスの街やアントスに、ジェリトは元々は帝国領じゃなかったんだな?」


「元々は別の国家で、先帝マイネが広げた版図だ。――20年前にマイネが病死し、オレに帝位が譲位され、西進は止まった。それが今の国境線だ」


 淡々と語る様子に、悪いこと聞いちまったかな、ってアーリの顔を見上げたけど……、一応顔を隠すってことで白仮面付けてんだった、表情なんか分かるわけねえ。


 心拍数や呼吸で図る感じ、慟哭を堪えてるとかそんな様子はなさそうだけどな。


「ジェリトは元は交易商人たちが集まる街で、治安最悪のならず者の都市国家だったな。……今は廃坑になっているが、東側にジェリト金山に続く金鉱があり、山師と商人たちが集まる賑やかな街だった」


「金鉱が廃坑になったってのは?」


「元々金鉱が賑わっていたのは先々帝の時代、70年以上も前だ。オレたちがジェリトに赴いた20年前には既に金鉱の金生産量は落ち込みを見せ、ジェリト山の方に当時の帝国南国境を超えて山師の住民移住が続いていた」


「ジェリトの南に小さな港があるのですがな。そこが、密貿易の一大拠点として活用されておりましての。――姫殿下は、帝国の西進の最終としてそこを征伐されたわけです」


「……そうだ。そして、皇都に戻り、帝位を継ぎ、同時にオレたちは近衛隊の一員となった、というわけだ。――今は、勇者とかいう若造の領地となっているが、まあ、体のいい厄介払いだな。あいつらは、動き方が派手すぎた」


「ですな。ご次男の病状悪化にも関わる風でありましたし……。しかし功績とするなら、有力貴族家の当主を幾人も暗殺した由。おかげで、軍人の勢力が増しましたから」


「手口は全く判らんがな。あの白い女、フヴィトルと言ったか? 怪しげな術を使う。皇都に長く置きたくなかった」


 勇者の勢力がだいたい何やってたのかは大まかに掴んでる辺り、アーリたちとハインたちが最初から共闘してたら話が早かったんじゃねえのか、って思わないでもない。


 でも、まあ、勇者の話はまた後でするとして……。なんか、前の西進の最後ら辺でいろいろあったっぽいな。


 アーリと公爵の目が微妙に沈んだ感じになったし、コレ以上は訊かない方が良さそうだ。


「まあ、楽しい昔話だったけど。……領主、ハプサリ公爵とやらはまだか?」


 テーブルの上に乗ってるケーキに手を伸ばしたら微妙に遠くて届かなかったもんで、ばんばん、と手でテーブルを叩いたら、苦笑したっぽいアーリが皿を引き寄せてくれた。




 ――ここはアーリの長男、ハプサリ・アーリュオス・カーン公爵の治める南西インマンダの街の領主館だ。


 帝国再西進に超大型の船が必要になるもんで、先にムギリたちを商会から技術指導で送り込んでんだけど。


 ムギリはドワーフテレポートで距離を無視して移動出来るっつっても、あっちでもこっちでも大量に用事を言いつけてるし、そろそろ単身じゃなくて正式に弟子つけて役割分担した方が良さそうだよな? つったら。


 師匠のヒトツメと相談して、ドワーフ族を招集することにしたそうだ。


 先にある程度ヒトツメの鍛冶場で修行して、ある程度修行を修めたドワーフがアントスの街の商会やシスの街に、このインマンダにも置いた商会支部に入って、各街での仕事を受注する流れになってる。


 ドワーフ一人で人間の鍛冶師百人に匹敵するからな、どこの街でも歓迎だろうよ。元々、数が少なくて滅多に会えない種族だしな。




「客人を待たせてしまい、申し訳ない。インマンダ領主、ハプサリ公爵です」


「アントス領主、メイティス公爵です。いや、予定外の来訪でしたからの。ハプサリ様のお手を煩わせてしまい、申し訳ない」


「いやいや、此度の軍船造船の発注、造船所への最大の出資者であるメイティス公爵なれば、いつの来訪であっても歓待するのが筋。お気になされるな。――して、そちらの見目麗しき女性、ご紹介頂いても?」


 ハプサリ公爵が俺の方に水を向けて来るもんで、俺もとびっきりの商売用愛想笑い全開で。


「アントスのクレティシュバンツ商会主、マキシと申します。このような姿ですので、女子の礼についてはご容赦を。私を抱えるのは従者、アーリ」


 アーリと揃ってぺこりと頭下げて、ちらり、とハプサリ公爵を見たら。……めっちゃ笑うの堪えてる風だった。


「バレてるやん」


「たまにお忍びで来ているからな、息子に隠せるとは思っていない」


「そんなもんか。内緒にしてくれてるってことでいいんだよな?」


「あちらが皇都にお忍びすることもあるし、お互い様だな」


「へえ」


 俺とアーリがぼそぼそとないしょ話する間も、いかにも聞こえてませんよ、ってポーズ取ってるハプサリ公爵が居て、どうやら嘘じゃなさそうだ。


「して、此度はどのような用事かな? 皇帝の要求により、大型の軍船建造、という大口契約でインマンダ領は特需に沸いており、領主の私も少々忙しい」


「わたくしは商人ですもの、無論、商談ですわ? インマンダ領主ハプサリ公爵さま、『鉄の船』というのはご存知でして?」


「……? いや、過分にして存じ上げない。鉄が水に浮かぶと? 大型魔法のようなものですかな?」


「いえ、実地でお目にされた方が良さそうですわね。我が商会の鍛冶師が港で既に準備を行っております、そちらにご足労願えませんか?」


「それは、構わぬが。視察に向かうところでもあったし。――マキシ嬢、失礼ながら、本気で鉄を水に浮かべると?」


 そりゃ、疑うよなあ。つか、疑われると思ったから、アーリと有力貴族で大商人なメイティス公爵を証人で引き連れて来てるわけだし。


「ええ、本気ですとも。ただし、わたくしのクレティシュバンツ商会がハプサリ公爵にお売りするのは、設計図面。造船資金はメイティス公爵家が、買い取りは帝国海軍が。――関わる皆がそれぞれに利を得る三者得策として、懐を暖めるものになる、と信じておりますわ」


 いつもの『妖艶な笑み』を浮かべた俺を、さすがに胡散臭そうにハプサリ公爵が見つめて来るのは、まあ仕方ねえか。



――――☆――――☆――――☆――――☆――――☆――――



「これは……、マキシ嬢、これは、魔法ではないのだな?!」


「船体の推進には魔法を使用しますが、浮いていること自体は魔法ではありません。詳しくは、あそこで船を操るムギリにお聞き下さいませ」


 ――剣や鎧みたいな鉄製品を作るのが鍛冶師の仕事、って思われてる時代に、船体丸ごと総鋼板製の『鉄の船』を持って来るんだから……。


 地球で例えるなら、第一次世界大戦の装甲艦を、ローマ時代に持ってくようなもんだからな。


 ハプサリ公爵を始め、半信半疑で付いてきたメイティス公爵やアーリが驚くのも無理はない。


「それは、有り難いが……、秘匿すべき軍事秘密ではないのか?」


「ありませんとも。原理は、金属の椀を水に浮かべれば、何方でもいつでも見れるものですから」


 驚愕を隠せず、ハプサリ公爵は俺と、水面に浮かぶ総鉄製の、帆も帆柱もない小舟がゆっくりと潮の流れに逆らって進む様子を大仰に首を振って見比べてる。


 それが不思議に思えるのか、港内で帆船の操作をしていた船員たちや、商談してた商人に、荷降ろしの人足たちまでもがわらわらと大勢集まって来て。


 そんで、その全員が、呑気に小舟の上で蒸留酒を一杯やってるムギリを指差して大声で騒いでるのが痛快すぎた。


「『鉄甲船』、と呼んでおります。あれは正に船上から水面下まで総鉄製で、木造船よりも軽量ですわね」


「なに? 鉄が木よりも軽いとは、何を馬鹿な」


「いえ、強度上の問題のことで。鉄の門扉が木の門扉よりも破りにくいのは軍人であれば周知と思いますが。同じ厚みであれば、鉄は木よりも強度を持ちます」


「――なるほど、利に適っておる。逆に、木製で鉄と同じ強度を持たせようとすれば、その厚みは鉄の三倍以上が必要となりますな。その場合、当然にその重量も倍増すると?」


 事前に俺からある程度話を聞いてたからか、ハプサリ公爵よりも先に驚きから立ち直ったメイティス公爵の補足に、俺は頷いた。


「そうですわ。ですから、木造船は同じ大きさの鉄の船よりも重くなります。……船が水に浮かぶのは、木が水より軽いから、ではありませんの。浮力の問題でして」


「浮力、とな? 魔法、ではないのですな?」


「そうです。浮力とは、……そうですわね、あそこに浮かぶ木造船をご覧下さいませ。あれは今は浮かんでおりますが、船底に穴を穿てば当然沈みますわよね?」


「それは、そうだの。内部に水が満ちれば、当然に沈む」


「――なぜ水より軽い木が、『当然に』沈むのでしょう? 水より軽くて浮いているのでしたら、内部に水が染み通ろうとそうでなかろうと、常に浮かばなければおかしいでしょうに」


「それは。そう、重量だ。固まった船の重量が水より重いから、沈む。故に、分断し軽くなった船は水に浮かぶ」


「――でしたら、『総重量が木造船より軽い鉄の船』が浮かぶことには、何の疑問もありませんわね?」


 はっ、と息を吐いたメイティス公爵の目が、みるみる開かれてくのが分かる。


 こりゃ、たぶん船乗りには常識な話なんだよな。


 現に、集まって来てる民衆の中で、船乗りっぽい衣服の奴の中には、当然、って顔してる奴らがちらほら見える。


 簡単に言っちまうと、船が水に浮くのは、『水の反発力』、つまり水圧で、そいつが上向きに働くのが浮力そのものだ。


 船の大きさを図る単位に『排水量』って単位があるが、それが船が水上にあるときに、水を押しのけて船体の一部を水中に沈めてる重さ、体積を指してる。


 だから、船底に穴でも空いて「船が水を押しのけてる力」が減って船底にかかる水圧が減ると、浮力と拮抗してた状態が崩れて船が沈む。


 船に浸水したら船全体が徐々に沈んでくのも、船底の下の水圧と船内の水圧が同一に近づいてくからだ。


 船の外と中の水圧が同じに近づいたら、浮力が失われる。そしたら、重力に負けて沈む、ってこった。


 潜水艦がありゃ、圧搾空気の開放で船の中に蓄えた水を外に出して浮上したり、その逆で船内に水を入れて潜水したり、ってやってるから説明がもっと簡単だったんだがな。


 さすがに、ちょっと実演すっから船一隻持って来い、ってわけにゃ行かねえしな。ここの民衆は味方につけときてえし。


 で、なんで鉄甲船が今までなかったのかって……、そりゃ単に、『鉄そのものの値段が、船一隻作るほどの分量を買うと木造船より高くつく』からだ。


 だから、この計画にゃ、製鉄所の計画も同時に進めてる。


 鉄甲船の耐久度は木造船を遥かに凌いで、地球じゃ百年以上も使われてる船があるくらいなんだし。


 ――これから作るのは軍船、戦争用の船だ。どっかのモンゴル王みたいに、神風や火矢で簡単に燃えて沈んでたら、洒落にならねえ。


 今後の帝国の勢力拡大を支える先行投資と思って、そこんとこは迷宮から出た財宝で補填するけどな。


 メイティス公爵にゃ悪いが、平和が続いてぶくぶく肥え太った商人貴族や豪商にも金を吐いて貰う、それがフヴィトル側についた貴族の力を奪う手段でもあるし。


「しかし、鉄製の船では、建造費が木造船を遥かに超えるであろう? それに、あれには帆がない、しかし! しかしマキシ嬢、あれは、あの鉄甲船は、帆がないのに海流に逆らって進んでいるように見える、なんだあれは?!」


 幸いにしてインマンダ港の港内はめっちゃ透明度高いんで、下に魚や亀が居て鉄甲船を乗せてるとか、水中ロープで引っ張ってるとか変な推測されずに助かった、っつか。


 それに、狭い港湾内をぐるぐる円状に周回してるムギリが操る鉄甲船の後ろ、船尾水中で推進力そのものの泡を吹いてるのも確認出来てるだろうし。


「魔法鋼管、と呼んでおります『推進機』ですわ。と申しましても、原理は甚だ単純で、船体の左右に船首から船尾に貫通する鋼管を通し、鋼管中央よりやや後部に<火熱(ウーレー)>の魔法陣を仕込んであるだけです」


「ふむ? <火熱(ウーレー)>でなぜ船が進むのか、オレにはそれが判らんが」


 じろっ、とか息子のハプサリ公爵に見つめられてんぞ、アーリュオス皇帝陛下。敬語だよ敬語。気づけよ。


 ――っつか、もしかしていつの間にか俺らを囲んでる民衆も、アーリの正体には気づいてんじゃねえのか?


「ええと。鋼管の中央より後ろに魔法陣を貼り付ける、という点が工夫にして推進力となる理由でして。ムギリ! 説明を!」


 遠くでムギリが片手を挙げて返事を返して、小舟サイズの鉄甲船を岸に引き上げ始めたんで、俺の周囲を囲んでた船乗りたちも手伝いに走って、俺達もそちらへと移動した。




「おう、マキシ嬢。試験結果は上々じゃぞ。ひとつ言えば、この部分には魔力を徹しやすいミスリルを使用するか、全ミスリル船にした方がよりより軽く、船足が速くなるじゃろうの」


「その予算で鉄甲船が何隻も作れるのですから、必要ありませんわ。今は、速度より輸送量が必要なときです。鉄甲船の時点で、防御力は既に十分、普通の手段では沈みませんでしょう? ――皆様に、推進機構の説明を」


 技術者らしい構造改善の意欲を示すムギリに苦笑してみせる。


 だいたい、アユカの調理鍋一式をミスリル化するだけで城のひとつやふたつが軽く建つって言われてんのに、小舟一艘まるごとミスリル化したら、帝国領地を買い上げられるんじゃねえのか?


 ドワーフだから、ミスリル鉱山見つけて加工するのに手間掛からねえもんでこんな発想が出るんだろうけど……、今は人間相手の商売だからな。


「ミスリル船は戦争が終結してから、オレが使うかな。それより、推進機構の説明を頼む」


「見ない顔じゃの? マキシ嬢の新しい配下かの?」


 あ。ムギリとアーリはアントスの街をすれ違ってっから、商会で顔合わせしてねえのか。


 なもんで、簡単にムギリに『俺の新しい椅子』って説明したら、爆笑したアーリに肩に乗せられちまった。


 胸に抱かれるより視界が高くなったし、まあいいか。


「では、説明じゃの。これはマキシ嬢の設計で、ワシの案ではないことは理解しておいて欲しいんじゃがな。これの改訂や大型化には、ワシでなくマキシ嬢の設計図面が必要じゃ。――じゃから、ワシに直接注文しても応えられん。必ず商会を通して欲しい」


 いや、ほんとは知識の神シンディの、神の知識に繋がってるシィが設計したんだけどな。


 俺はウォータージェット推進なジェットスキーから着想しただけだし。


 ……シィの話だと『ウォータージェットっていうよりは、パルスジェットやラムジェットに近い』とか説明されたんだが、生憎俺はパルスジェットってのが何だかよく理解出来なかった。


 まあ、そういう技術的に深い話はシィやムギリたちに任せるとしてだ。


『必ず商会を通した依頼でなきゃ受注しない』ってな、単にムギリの職人としての仁義なんだけど、商会としちゃ旨味があるから訂正はしねえ。


「さて、原理は全く単純じゃ。鋼管の寸法をよく見てくれ」


 言って、ムギリはひっくり返した鉄甲船の推進管を小さなハンマーで軽く叩いて、小気味よい金属音を響かせる。


「先端が細く、中央で少し太くなり、後端でまた細くなっておりますな? この形状に秘密が?」


 商人らしく、素早く鋼管の構造に着目したメイティス公爵がムギリに聞いた。


「形状もそうじゃな。マキシ嬢から伝え聞いたのかは海上におったワシは知らんが、『中央部よりやや後ろ寄りの水を加熱する』ことに意味がある。これは小型なので簡単な構造じゃが」


 答えながら、ムギリはあらかじめ内部を見れるようにしてたのか、一見してそうと分からないような鋼鉄板の貼り合わせの部分をこんっ、と叩くと、そこに継ぎ目が現れて、継ぎ目に沿って鋼管をぱっくりと分解して見せた。


「表からは見えんが、この、部分的に紫になっておる部分。ここの裏側、船底の内部に加熱魔法陣が貼ってある」


「水を温めた力で進む、と思って良いのか?」


「概ねそうじゃ。水を瞬時に温め沸騰させる、すると熱せられた水が膨張して圧力の低い方へ流れ出ようとする。しかし、鋼管全体よりやや後ろ側で膨張した熱水の出口は二つある」


「入り口と出口、だよな。出口だけに導くのはどうやるんだ?」


「じゃから、中央を故意に膨らませた上で、やや後方の水を沸騰させるんじゃ」


 船乗りたちと周囲の商人たちが次々に質問して来るもんで、ムギリの解説も矢継ぎ早になってきた。


「ここで暖められた水はぬしらの言うとおり、入り口と出口に向かおうとするが、入り口側の方が水量が多く、出口側の方が水が少ない。――なれば、暖められ膨張した水は後ろに向かうのが必然」


「なるほどな? そっちの方が、水の精霊たちには熱から逃げるのが楽だからな」


 科学じゃなくて精霊の動きで理解するとそういう理屈になるのか。俺は、アーリの呟きにちょっと微笑んじまった。


「そして、船の周囲に流れる水の流れよりも、鋼管を出る熱水の流れの速さが速くなれば、出る水の力に押された船は前に進む。分かったかの?」


「後進するなら、魔法陣を貼る位置を前に持っていって同じことをすれば良いし、方向を変えたくなったら、片方を止めりゃいいのか。……ムギリさんつったか、これ、すげえぜ!? 俺の船にも付けてくれよ、金なら払う!!」


「抜け駆けするな、俺の船にも頼む! 風まかせの船よりも自分で進む船の方が便利がいい!!」


「まあ慌てるな。利点があるなら当然難点もあるんじゃ。それに、こりゃマキシ嬢の『発明』じゃ、マキシ嬢の許可なしにワシの勝手には出来んと、さっき言うたじゃろうが」


 ムギリがちらり、と俺の方に目配せして来るもんで、俺も軽く頷いて説明の先を促す。




 ――この世界じゃ『技術使用料』や『特許』みたいな、技術に対する価値がすげえ薄くて、発明家が何十年も掛けて技術開発した製法でも一度でも作成法が漏出したら盗作し放題って風潮があるもんで、そこんとこを認めさせる試みでもある。


 尊敬だけ受けたって、その発明に掛けた時間と資金が事後収入に変わって報われなかったら、その発明家が生活出来ねえからな。だから、この世界じゃ技術発展性が低いのかもしれねえ。




「まず第一に、帆がなくても進める代わりに、同じ重量の船なら帆を張った方が速い。――鋼管の大きさと数、魔法陣の火力の強さと持続時間に船足が依存するが、鋼管自体にも当然重量と抵抗があるからして、船底に付けられる鋼管の大きさには限りがあるからの」


「第二は、これは恐らく魔道士を複数名以上必要とするな。特に、魔法陣は使い捨てのはずだ。同じ単独の魔法陣に持続的に魔力を込められる魔力の持ち主など、いるはずもないからな」


 仮面の奥で俺に鋭い目線を向けて、アーリが言う。――回避法も気づいてやがんな。


 別に鉄甲船全部に推進機構付けずに、一隻だけ曳航専用の魔道士、推進管ガン積みな船で交代で魔力送ってもいいし、そもそも熱源魔法陣使わずに、適当な別の魔法で直接船を動かしてもいいんだし。


 もう少し推進技術自体の開発が進んで、スクリューやエンジンみたいなもんが開発出来たら解決するんだろうけど。


 そもそもそんな複雑な工芸品、「ムギリにしか作れない」んじゃ大量には売れないし、整備不能だからな。


 けど、この簡単な推進機構は、「商売として」売り込むもんだから。


「第三に、魔道士の賃金の高さですな? 一般人が使用する前提でしたら、私なら温熱魔法陣を複数枚購入して『加速装置』として使用しますな」


 ちょっとだけ不器用にぱちん、とウィンクして来るメイティス公爵にも、俺は笑みを向けて。


 助け舟さんきゅ、ってとこだ。こりゃ一般人向けの、商会の旨味補填の商談でもあるからな。


「推進鋼管を取り付けた小舟をあらかじめ帆船に積んでおいて、大凪のときなどに船を曳く用途などで使用出来る、と思います。それと、操作が風を読める熟練の船乗りを必要とせず、帆走よりも簡単ですから、港湾内で単に移動したり、船を曳く用途などでも」


「んー、そう言われっと、魔法陣の単価が問題になるんだが……、嬢ちゃん、魔法陣の値段はどれくらいなんだ?」


 最初の大騒ぎはなくなったけど、それでも買ってまで使うもんかどうか計り兼ねてる風になった船乗りの一人に訊かれて。


「それは、領主さまの判断次第で。わたくしども、クレティシュバンツ商会は卸売り専門の商会です。――図面そのものは紙とインク代だけですから、それ以上はわたくしどもの『智慧』にお支払い頂く金額」


 ん? と首を捻った奴らに、もう一度強く語りかける。


「設計図面自体の単価は酷く低いものですが、その図面を引くにあたり、わたくしどもが負った研究開発費を回収せねば、わたくしどもは負債を回収出来ませんの。――例えは悪いですが、金貸しと取り立ての関係、と言えばお解りでしょうか?」


「っあー、なんとなく分かるぜ? 図面引きに金を貸した嬢ちゃんが金貸し、取り立て先が図面の写しを買う俺らか」


「図面の写しを買うのは鉄工所、製造元ですわね。ですので、鉄工所への発注金額には当然、――僅かながらの負担ですけども――図面購入費用が含まれます。それが発注毎に重なることが、わたくしどもの利益、ということに」


 一旦言葉を切って、理解が広まるのを待つ。


 そもそも「図面通りにものを作る」って概念がぎりぎりあるかどうかの世界だからな、「良い品物は良い職人が作るもの」って固定観念あるだろうし。


「品物を製造されるのは造船所および鉄工所、そちらにも利益が出るように。小売販売は地元の商人の皆様にお任せしますし、どれくらいの仕入れかも、領主さまと商人の皆様との関税交渉後、商会に発注して頂けましたら?」


 突然話を振られて目を白黒させてるハプサリ公爵の顔色が面白かった。




 地元の商人に常に旨味を与えて喧嘩するな、ってなインディラさんの教えだからな、俺らは卸売り専門でいいんだ。


 元から販売ネットワーク構築してる地元の商人に任せた方が、自分らで地元に新しく商店出すよりも軋轢も少ないし、卸すのは全部新商品だから、地元と商品の競合が少なくて楽だもんな。




「すると……、マキシ嬢の商会の、直接の取引先は、領主様、ってことになるので?」


「ええ、そうです。商会はこの地に独自に販売店を置きませんので、領主様の所有する倉庫をお借りする形に。――そうすれば、領主様はわたくしどもの倉庫使用料などの代金と、皆様から発注分の代金をいったん領主様にお預け頂き、その関税で二重に利益が」


 にっこり微笑んだつもりなんだが、なんで真っ赤になって俯く奴らが多いんだ? まあいいけど。


「その先に、どのように利益を皆様がお出しになられても、わたくしども商会の関知する由ではありませんわ? ――もちろん、この推進機構、鉄甲船以外にも商会の扱う品物は全て、一旦領主様の倉庫に運び入れますので、奮って発注して下さいませ?」


 わっ、と盛大に沸き立つ商人と船乗りたちが居て、目論見通り、って感じだ。




 卸売りで商品輸送した時点で輸送料が盗賊ギルドに、販売料が商会に入るんだから、その先にどんな売り方して大儲けしたって俺らはもう一文も要らねえよ、って話だからな。


 そこから先、領主は関税で儲け出てんだし、領主館経由で発注した商人たち、購入する船乗りたち、取り付けたり新造する造船所でどういう儲けが出るのかは知らねえけど。


 ……自分たちでそれぞれが旨味が出るように、頑張って調整して下さいね、ってこった。


 まあ、まだ一般人には公表されてねえ軍事機密だけど、西方平原侵攻で使う、軍馬を輸送する用の輸送鉄甲船には帝国海軍が関わるんで、帝国から商会に鉄甲船自体の設計図面の発注が入るんだけど。


 それも領主ハプサリ公爵の頭越しじゃなくて、ちゃんと領主に金が回るぜ? 領主に金が回るなら、当然領民にも仕事が出来て旨味が出るぜ、ってな。


 期間が半年しかねえんで、平行して鉄鉱石が採れる皇都南の鉱山付近にある鉄鉱石鉱山を拡大するのと、ここの造船所の近くに直通輸送路を敷いて製鉄所を作ろうぜ、って話をムギリやインディラさんと話してたんだけど、こりゃまた後の話だな。


 街の規模や輸送路を倍増させるようなでけえ商談になっちまうから、そこら辺の商売や調整が巧いインディラさんをアントスから呼び寄せねえと。




「ふむ。……マキシ嬢は賢い。そして強い。これはやはり」


「だろう? オレの眼力は衰えておらぬぞ」


「まさに。小じわは増えたがの」


「抜かせ、ぶくぶくと豚のように肥え太りおって。それでも騎士か」


「騎士は儲からん、だから商人になった」


「騎士の誓いに背いたな? 剣を返せ、不心得者め」


「私の剣を捧げた相手はマイネさまだ、お前ではない」


「マイネはオレの妻だ。妻の騎士ならオレの騎士だろう」


「屁理屈を抜かすな、私はマイネさまの騎士だ」


「お前の方が屁理屈だ」


 なんか唐突に漫才始めたアーリとメイティスさんの様子を怪訝そうに俺らは見つめながら、領主ハプサリ公爵と、それに合流したムギリを交えて、造船所に移動して。


 兵馬と糧食積む鉄甲船と動力船、つまり曳航船を分けて作って、曳航船に帝国魔道士ガン積みで移動速度稼ごうず、って話で合意した。




 ――ハインを連れて来なかったのは、盗賊ギルドが海運まで牛耳ると、国内の影響力が強くなりすぎる、ってインディラさんの懸念でな。


 陸路と海路じゃ、大量輸送に向くのは間違いなく海路だ。


 今まで輸送が陸路に頼ってたのは、帝国領土が陸地メインで、航路にあまり旨味がなかったのと、小規模帆船ばっかで沈みやすかったからだが。


 鉄甲船を帝国海軍が持って、商品輸送と輸送護衛を海軍力の一部が受け持つようになったら輸送量と防御力が比例してケタ違いに上がる。


 そしたら、ジェリト港周辺で跋扈してるらしい海賊なんざメじゃねえぜ? 叩き潰して、海運を海軍が牛耳れる。


 ――盗賊王は俺の配下に収まって、盗賊ギルドの流通網はもう把握済、レイメリアが協力してくれてるから、密偵網も掌握済。


 海路も押さえたら、帝国の陸と海は商会の影響力が全土に及ぶってこった。




 ジェリトみたいな国境の田舎町牛耳っていい気になってんなよ、フヴィトル?


 俺は帝国全土に王手掛けてんだぜ。


 金の力で国を取る――、経済侵略ってな、こういうことだ。



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