82話 迷宮に入った
「なんとまだるっこしい。このような洞窟など、大勢で攻めればひとたまりもなかろう!」
「それでいたずらに兵力を損耗させたのでしょう? このような場にはそれなりの手順があります。黙って見ていて頂きたいのですが」
「くっ……!」
つって、迷宮の入り口で舌戦を繰り広げてるのは、迷宮探索隊隊長のハダトさんと、国境方面軍団長、ローデン将軍で。
「そもそも我ら迷宮探索隊18人は国境方面軍ではなくカスパーン率いる北東方面軍の所属ですので、将軍の命令を聞く義理はないのですが……」
「それが軍属の言葉か、ハダト!」
「失礼ながら、爵位で呼んで頂けますでしょうか、『父上』?」
「ハダト男爵! この不始末、必ず明らかにするからな!?」
「明らかにされるとお困りになるのはそちらだと思いますよ、将軍?」
「くっ……、覚えておれ!」
なんつって、捨て台詞がもう三下レベルだぞ、ローデン将軍?
「なあ、アーリ? アレ、どうなの軍人として?」
「そうだな? 『オレ』に隠し事をしている時点で、不始末などと言っている場合ではないと思うが」
って、マキシの姿に戻った俺を抱き抱えて運んでんのが、二メートル近い長身で全身筋肉の塊っ! っつー化物みたいな体格の大男な、『今上帝、赤槍のアーリュオス・カーン』その人なんだけどな。
――いや、軍議決まったらハインとかその他に『邪魔だからどっか他所で遊んでろ』とか言われたもんで、まさしく遊びに来てるとこ、迷宮に。
アーリってな、コイツがお忍びで遊びに出るときの偽名で。
外じゃ『マキシの椅子』でいいっつーから、まあ俺の雇った傭兵、って扱いになってる。
「まあ正直、ここから毎度毎度皇都まで修行で足を伸ばすのも疲れっから、アーリが影武者立てて出られるんだったら歓迎だったけどな」
「オレの方も、皇城に詰めてばかりでは息が詰まるからな。しかし、皇都周辺ではすぐにバレるから、こういう隠れ蓑を用意してくれるのは、オレも助かっている」
俺はアーリとにんまり笑い合って、迷宮の奥へ降りようとしてるハダトさんたちの後を、こっそり距離明けてついてく。
別にハダトさんたちから隠れる必要もねえんだけど、アーリが『隠れて見てて、要所で飛び出したら面白くないか?』っつーからよ?
なんかそれ、ヒーロー参上っ! って感じでかっこいいかな、って。
まあ、ぶっちゃけるとアーリの弟子の立場にはなったけど、ちょっと血の力使いすぎて――、アントスの街から直で霧化して移動したもんで正直疲れ果ててんのと、暇を持て余したアーリがお忍びでアントスの商会までわざわざ尋ねて来て、噂になってる迷宮に行ってみてえ、っつーもんだからよ。
そういやローデンの依頼を長いこと放置してたの思い出して。
ロミジュリ作戦からこっち商会の雑務手伝って貰ってたハダトさんたちに、ローデンが攻略失敗した迷宮の探索お願いするのと平行して、アーリと俺の暇潰しで付いてくことになった、って感じ。
「しかし……、ハダト・ローデンか。これほどの逸材をカスパーンが育てていたとはな」
「そんなすげえの、ハダトさん? 俺は軍人つったらカスパーン爺さんか、ハダトさんなんだけど」
「索敵範囲がケタ違いに広い。恐らく、これ以上近づくと気づかれるぞ」
「……つか、アーリが目立ちすぎだからじゃね?」
白仮面で顔隠して、赤備えの全身鎧に莫迦長い赤槍だもんな。そんで、右腕だけな両足欠損の俺を抱き抱えてんだから。
「この姿は譲れんぞ? 格好いいのは妻マイネのお墨付きだ」
「へいへい、ごちそうさま。つか、俺もう、いつもの姿に戻ってもいいんだけどな。ローデンは近習連れて帰っちまったし」
首を曲げてローデンたちが帰ってった方向を黒ベール越しに見るけど……、戻って来る気配、ねえし。
「オレの弟子をやるのだろう? 今日は見学だ、戦闘は許さん」
「過保護って言われねえ? アーリ」
「超一流の戦闘をこれほど間近で見る機会なぞ、そうそうあるものではないぞ? 甘えておけ、コテツ」
「まあ、普通は『女を一人抱っこしたまんま迷宮に潜る』なんて莫迦は居ねえからな。――つか」
ぽりぽり、と後ろ頭を掻きながら、思わず。
「ほんとに大丈夫だろうな? 一応、今上帝なんだからな? 無理だったらすぐに放り出せよ、俺は不死身なんだから」
「弟子でなければ永久に肉を抉って遊んでもみたかったがな。可愛い奴め、黙って甘えておれ。――力の戻りが遅くて本調子でないのだろうが」
「……ちぇっ、バレバレかよ」
不貞腐れて、視線を先に戻したら。ハダトさんたちが準備を終えて、迷宮の入り口へ入って見えなくなってくとこだった。
――――☆――――☆――――☆――――☆――――☆――――
「言い訳はございますか、マキシ様?」
「……オイ、アーリ? 何が『これ以上近づいたら』だよ。全バレしてんじゃねーか」
「むう? 隠形は完璧だったはずなのだがな」
何の漫才だっつの。
ハダトさんたちを追いかけてほんの一時間程度で、少し広い通路を抜けて、坂道に差し掛かった部分で俺はハダトさんたち探索隊の包囲を受けて、ホールドアップさせられちまった。
「確かに、対人であれば隠形は完璧でしたが。アーリさん、でしたか? 装備が重装すぎましたね。装備の立てる音が岩窟に反響していました。見れば傭兵の様子ですが」
あ、アーリの正体については気づいてねえのか。それなら別に同行してもいいか?
ちらり、とアーリに目配せしたら、アーリも同じように考えたみたいで。
「うむ。マキシ嬢に護衛と移動で雇われた傭兵だ。ハダト殿と言ったか? よろしく頼む」
「一年ですげえ腕上げた、ってインダルトに聞いてたけど。ほんとなんだな、以前とはえらい違いだよな、ハダトさんたち」
「隠れて付いて来られますと、隊の連携に支障が出ます。決して私から離れませんように。――本日は軽く偵察だけですので、ボス攻略まではやりませんよ」
うっ。ハダトさん、目がマジだ。怒らせたかな?
「それで、マキシ様。武装は?」
「っあー、一応、小太刀だけ」
アーリの背中に無造作に差してる俺の小太刀を指差したら、とんとん、ってハダトさんが頭の横を指で叩きながら、俺とアーリを交互に眺めて。
「お疲れで剣が振れぬのですね?」
「うー。うん。そう。ごめんな? 見学っつか、息抜きしたかったんだよ」
「――小休止時の調理に期待しております、と言っておきましょう」
「……任せとけ! 腕に縒りをかけるぜ」
破顔してみせたハダトさんに親指立てて、俺たちはハダトさんに従って全員で坂を下った。
――――☆――――☆――――☆――――☆――――☆――――
「なんか、こりゃ食えそうにねえ敵ばっかだなあ?」
「喰えなくはないだろうが……、腹は壊しそうだな」
「無茶言うなよ、人肉食はレパートリーに入ってねえ、っつの。人じゃねえけどさ」
軽口叩きながら、天井までの広い空間を縦横無尽に飛び回りながら、空から襲って来る翼の生えた悪魔たちをアーリが次々に片手で軽々と抱えた赤槍で刺し貫くのを見てる。
さすが帝国の三本槍の一人っつか。黒槍カスパーン爺さんが最年長で、もう亡くなってるけど先帝の白槍マイネさんが最年少だったんだってな。
「コテツと先日対戦したときから思っていたのだが。コテツよ、お前、なまじ目が良すぎるのが難点だな。暫く、目を封印してみろ?」
「アァ? 今か?」
「そうだ。目を閉じて、魔力の流れで世界を見てみろ。出来るだろう?」
「そりゃ、出来っけどよ……」
アーリに言われた通り、目を閉じて、魔力感知を最大にしてやる。
……あ、そうか。俺自身が魔力ゼロだから、動く魔力は基本、全部敵か。
周囲の探索隊の魔力は見知った魔力だから誤射はねえし。
っつーか。
探索隊もそうだけど、アーリの反応速度が速すぎるっつか。
「なんか、分かったような……。こりゃ、攻撃されてから反撃してるんじゃねえんだな?」
「お前は目が良すぎるのだ。そして、身体の反応も良すぎるので、大抵の相手なら『目で見てから対処して間に合ってしまう』」
「アァ、勇者やレムネア辺りなら五分かなあ……」
「目は開くな。オレがいいと言うまでずっと閉じていろ。街に戻ってからもだぞ? だから、相手のレベルがある程度以上に上がると、対処不能になってしまう」
「タケミカヅチや、アーリ相手ってことか?」
「そうだ。……なるほど、いい練習場だな。しかし、倒すと金貨に化けるのはなぜだ?」
「知るかよ、ダンジョンマスターに聞け。……行方不明だけどな」
アーリの言う通り、なんでか悪魔たちを倒すとその場で金貨に化けやがって、今や俺らが通過して来てる道筋のそこら中に、ばらばらと金貨が落ちて目印みたいになってやがる。
シンディの奴、マジで何考えてこんな仕掛けしたんだか。
ゲームならともかく、リアルじゃ重さがあるんだ、いちいち小銭拾って歩かねえっつの。
「思うに、この先は更に曲がりながら下る道筋ですね。――見えますか、下の方?」
ハダトさんに言われて、ぽっかりと暗闇の中に口を開けてる橋の下を覗き込んでみたけど。
最初の坂から大広間っぽいかなり天井の高い部屋を抜けて、急に狭まってる二人並ぶのがやっとの細い坂を更に下った先に、一人ずつしか進めないような細い石橋があって。
その下に魔力感知の糸を伸ばしたら、三百メートル近く下に、今叩き落としたガーゴイルやレッサーデーモンたちよりも更に強力な悪魔がうろついてるのが感じられた。
「あー、下はかなり強いな。っつか、食料の手持ちねえから、今日はマジであと数時間くらいしか進めねえな、こりゃ」
「携行食料で数日は持ちますが……、偵察で無理はしたくないですしね」
「なるほど。生存第一で、しかも少数精鋭部隊で探索するわけか。これは面白いな」
俺とハダトさんの相談に、迷宮初体験のアーリが絡んで感想を言ってる。
「暇潰しに最適だろ? 命掛かってるし、各迷宮ごとに出る魔物も対処法もまるで違うから、単独はおすすめしねえけどな」
「了解しておこう。コテツと二人でなら進めそうだがな」
「そいつも却下だ。俺は魔法も使えるし剣も使える侍だが、だからって万能じゃねえ。過信は死に繋がるぜ」
「しかし、コテツは不死身だろう?」
「不死身だからだよ。脱出不能の罠に引っかかったら、そこで全滅だ」
「罠か!? そういうものまであるのか」
「今のところ、この迷宮では見つけておりませんが。《氷の迷宮》が罠の数は最高数でしたね」
驚くアーリにハダトさんが答えてるけど。
「あれ? もしかして、《氷の迷宮》って、俺とヒトツメが埋まってた先の、山頂の迷宮か?」
「ええ。一応探索は行いましたが……、宝物は全て持ち去られた後でしたね。金貨類だけは多少再ポップするようでしたが」
「待て。宝物とは、どういうことだ?」
そういや、アーリは迷宮がどういうもんだか全然知らないのか。
っつーか、そりゃそうか、盗賊ギルドで発見迷宮全部牛耳ってて、冒険者希望の傭兵関係者以外にゃ情報が出回ってねえから、今んとこ胡散臭いデマレベルだもんな。
なもんで、アーリにも簡単に迷宮の存在と大雑把な共通内部構造、それに存在目的と宝物の種類とかを教えたけど。
「むう。軍を差し向けて宝物独占を……、と思ったが。そういう話ならば、やはりハダト殿のような専門職でないと厳しそうだな」
「そりゃローデン将軍がやって失敗してる。俺らは今、それの尻拭いしてるとこだからな。――一応、盗賊ギルドの中から迷宮探索専門職ってことで分離して、冒険者ギルド、ってのをアントスに設立中なんだけどな」
だから、ぶっちゃけ暇しまくってるレムネアとタケミカヅチをアントスの街に引き抜いて来たんだが。
レムネアが冒険者ギルドのギルドマスターで、タケミカヅチが最低限の戦技指導役でな。
……でも、タケミカヅチってマジで教え下手なんで。
「そうだな、アーリも一枚噛むか? 冒険者って傭兵から転職する奴が今んとこ多いんだが。――何しろ元が傭兵だからな、戦技レベル低くて未帰還者多いんだよ、まだ」
「ふむ? 通常の練兵とは全く違った技能が必要になりそうだからな、対人と対魔物とでは対処法も異なるし。――そうだな、帝国軍事予算の一部をその、冒険者ギルドとやらに回すようにするか」
「――――深く事情は尋ねませんが。アーリ殿? お忍びでしたら、もう少し言動に気をつけられた方が?」
――あ。バレた。
ハダトさんの白い目が、痛い。
そういや、お忍び元気老人なカスパーン爺さんに振り回されてる人だったよな、ハダトさん。
でも、あからさまにニヤニヤ笑い浮かべてるアーリの方が一枚上手だぜ、こりゃ。




