77話 まんま悪役の台詞だった
「へえ? モントラルさまがお見合いねえ? やっぱ、アタシなんかとは釣り合わないってことだったんだね」
なんて、蓮っ葉な言葉遣いで自嘲の笑みを浮かべる村娘が、俺と目線を合わせないように、嘯いてて。
「やっぱ、貴族さまのお遊びに騙されたアタシがバカだった、ってことでしょ? わざわざ知らせてくれてありがとね、お嬢ちゃん」
つって、手をひらひらさせて『あっち行け』なんてジェスチャーする様子も……、なあ?
「ええと。その、言っては、なんですけれど……、『大根役者』すぎますわよ?」
びくっ、なんて俺の言葉で身体揺らす辺り、バレバレすぎだっつーの。
《コテ姉? でもあたし、こういう人、嫌いじゃないな?》
『アァ、俺もだ。――だが、準備中の計画を進めるかどうかは、コイツ次第だ、ってのは変わらねえだろ?』
《そりゃ、そうだけど……。コテ姉、なんか楽しんでない?》
『……いっ、いやっ、そんなことは……、ない、はず……』
まさか俺が小さい頃母さんによく観劇連行されたロミオとジュリエットの歌劇に影響受けまくってるとか、それを進めるための根回しを今やってるだとか……。
ない、はずなんだが。
言われてみりゃ、なんか芝居がかった振りが多かった気もするよな? 反省しとくか。
「これは秘密のお話で、秘密厳守のために、この小屋もわたくしの手駒が囲んでいるのですけども? ――貴方と一緒になるために、モントラル子爵には、貴族の地位を捨てて貰う、という手筈になっております」
俺の言葉に、村娘はびくん! って全身を震わせて、俺の目を真っ直ぐに見つめて来た。
「ばっ……、バカ言うんじゃないよ! どこの世界に、村娘一人のために貴族の特権捨てるだなんて、そんな男が居るんだい?!」
「モントラル子爵の屋敷に一匹ほど居らっしゃる様子ですわよ? まあ、貴族階級をお捨てになられた後の、ご自身の生活力の無さに気づいて悩んでいらっしゃるご様子ですが」
即答で返したら、村娘は元々大きく見開いてた目を、更に大きく開いて……。
それから、すぐに笑って、自分の両手を開いて、俺に見せた。
「ふふっ……、冗談の好きな子だね。ほら、これ、見える?」
「――いい、豆だらけの手ですね?」
「……庶民の手は誰でも豆だらけ。そうでなきゃ、生活出来るわけないじゃん。――でも、子爵様の手はすべすべで綺麗で、あの手で身体を撫でられたときの気持ち良さって言ったら、もう」
「――ええと。生々しい話はご本人として貰っていいでしょうか? わたくしが聞いても……?」
どうやら俺のツッコミで、自分が言ってる内容がちょっとヤバイ方向に向かいつつあることに気づいたみたいで、村娘さんは慌てて赤面しつつ両手で頬を覆った。
「とっ、とにかく! アタシみたいな村娘と一緒に逃げよう、だなんて、夢物語もいいとこ過ぎるんだよ!」
「まあ、そこら辺は全く同意、なんですけども。一応、子爵様の方にも似たような内容を伝えておりまして、現状、返事待ちでしてね」
車椅子に座ったまま、俺は肩を竦めて、薄暗い水車小屋の中で、暫く、かたん、かたん……、っていう、内部の水力粉挽き機構が回る音を聞いてた。
外はイファンカも含めてメイドたちとハダトさんたち迷宮探索隊が固めてくれてるんで、この話が外部に漏れる心配は、ねえ。
「もし、ですよ? 子爵様が全てを諦めて、それでも、全力で自分が今持ってる自分だけの力を形振り構わず使って、貴方だけを選ぶ、という選択をしたら。――今後の二人の未来を、考えてみて下さいませんか?」
って、なんで俺が駆け落ちを説得する側になってんだ、なんて思いはしたけど。
ここで破局されると話持って来たレムネアにも、話の準備してる俺も、醜聞が広がるだろうモントラルくんやモントラルくん経由で敵に回るような気がするメイティス公爵とかも、いろいろひっくるめて。
――後始末が、超絶クソめんどくせえ。
「まあ、貴方が『その気』にならなかったとしても……、私の方では、モントラル子爵様の発注で『仕事の前準備』を始めているのですけれども、ね」
「バカじゃないの? 貴族のボンボンがスキやクワ持って畑耕す様子なんて、想像つかない」
って、あくまで蓮っ葉キャラ押し通そうとしてるその村娘の声色は、ぶるぶる震えてて。
「バッ……カだよ、アイツ。だって、村人になっちゃうんだよ? 生まれてずっと他人の金奪って生活してたあの方が、すぐに働けるわけ、ない、し」
「そうですね。しかも、『駆け落ち』でしたなら、帝国全土から追われるお尋ね者の立場。畑持って定住、など、まず無理でしょうね」
「最悪じゃん! それに付き合わされるアタシの苦労とか……、考えた上で、そういう選択? それしか、ないのかな」
「ないでしょう? 新興国家ならともかく、歴史ある帝国貴族で階級差、身分差を飛び越えるなど、醜聞でしかありませんし」
「あはっ、ないのか。ない……、よね。アタシが軍人に志願して最下級貴族になったりは……」
「無理でしょう? 今から鍛えるにしても、男性と混ざって生活することにもなりますし。傭兵経験の前歴でもあれば、まだマシとは聞きますけれども?」
「傭兵は、無理だなあ。アタシ、刃物の扱いは苦手だし。一応料理は出来るけど、煮物メインだしなあ」
「芋の皮剥きで鍛えるとよろしいですわよ? あとは、獣の皮剥ぎだとか」
「なんでそんな実感籠もってんの、アンタ? ナイフは切れ味鈍くなると、よく指切っちゃうからさあ」
「そんなときのために、一生使える砥石の知識を。良い研ぎ方を知っていれば、砥石もナイフも一生使えます。良い品物、仕入れますよ?」
「……何の話してたんだっけ?」
「……あっ」
おっと。ついつい商売の話に走っちまった。そんな場合じゃなかったわ。
「ああ、まあ、とりあえずもう計画の第一段階前準備は動いていますので……、ね? とりあえず、貴方は今後、私の商会の新参メイド、という立場に」
「えっ?! メイドとか、ちょっと待って、アタシ、そんなことしたことないし!!」
「大丈夫ですよ? 外に居るメイドたちが、最低限は躾けてくれますから」
村娘さんに答えながら、アウレリアたちにこの話、伝えたときの表情を思い出す。
……あからさまに不敵に笑ってたけど。やりすぎねえかな、アイツら?
思い返せば、シスの街の屋敷に居たメイドたちも、アウレリアたち筆頭メイドの命令には絶対服従してたし……。
「……いえ。たぶん、何とかなる、はず」
「何が何とかなるの?! ねえ、ちょっとぉ?!?!」
「あっと、まあ、こちらの話でして。というわけで……、もう、帰れませんよ?」
「ちょっ、ほんとに?! そんな、用意も何もしてないってのに!! アタシが帰らなかったら、親父がうるさいんだよ!」
「そこら辺もまとめて進めていますから? というか……」
言葉を切って、俺は、無言で静かに、口元だけ微笑む『妖艶な笑み』を浮かべて見せて。
「――だから、ね?」
「なっ、何よ? そんな、いやらしい笑みで誘惑しようったって、アタシ、モントラルさま一筋なんだからっ」
「なぜここで本音が? それはともかく。――死んで下さいね?」
「……だっ、誰かぁー!! 人殺しっ、人殺しだよー!! 助けてぇぇぇぇぇぇ!!!」
「どこへ行こうと言うのかしら? 無駄な行いはおやめ下さいな」
って、ちょっと待て。これ、まんま悪役の台詞じゃねえか。
つい流れに乗って口を突いて出ちまったけど、そうじゃなくてだな。
車椅子から動けない俺から極限に遠ざかって全力でばんばん扉叩いて、水車小屋から脱出しようとしてる村娘に、頑張って『無害そうな笑み』で安心させようとしてみたけど。
「怖いっ、怖いぃぃぃ!! 助けてぇ、犯されるぅぅぅ!!」
『……そんなに俺って、……怖いのか?』
《怖いっていうかね、コテ姉が微笑むと、魅力に抗えなくなりそうな恐怖感がね?》
『邪眼みたいなもんか? おかしいな、<魅了眼>使ってるわけでもねえのに……』
なんかめっちゃ半狂乱になっちまった村娘さんの誤解が解けるまで、その後数時間掛かって。
説明に付き合わされたシルフィンとシフォンに秘蔵の蒸留酒を提供する羽目になった。
……つか、まだ試験中で量がねえ、つってんのに、樽一本全部開けやがって。
あの細くて小さい体のどこに、あの量が消えてくのかマジで不思議でならねえぞ?




