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プロローグ

「……なんだこりゃ?」


「お望み通りの食事だ。――要望は、血の滴るステーキ、だろう?」


 全身を拘束する拘束着に身を包んだ、身動きひとつすら出来ない俺に怯えるように決して近寄って来ないくせに、態度だけは不遜で傲慢、ってな笑い話だよな。


「お望み通り? 俺の要望は『美女の生き血』だったんだが、どこでどう聞いたら美女が牛に置き換わったんだ?」


「殺人の死刑囚の最後の食事に殺人が許される、と思っている貴様の頭がどうかしている!

 ……刑の執行は明朝だ、せいぜい味わって食べるんだな!!」


「おいおい、ちょっと待てよ? せめて拘束着解いて行けよ?? ――クソが。どうやって食えっつーんだよ、っと」


 がん、ばん、ばたん! なんて三重になってる扉をいちいちこれ見よがしにけたたましい音立てて締め切って行きやがって、うるせーっつんだよ?


 ……さて、バランスが問題だ。


 俺の両手は自分で自分の肩を抱くみたいに無理やり背中に回される形で固定されてて、両足はひとつに結ばれてて、首から足首まですっぽり強い生地の一枚布に包まれてる状態。


 囚人が暴れたとき用の拘束着、ってやつだな。


 やっぱ、最初の刑務所でクソな看守の喉笛食い千切ったのが不味かったんだよなー? もう少し落ち着いて言いなりになってりゃ、あと二人か三人くらいは食えたかもしれねえんだけど。


 まあ、後の祭り、ってやつか。


「さて、ここから、テーブルの上まで上半身を傾けて、肉を咥えて元の姿勢に戻る――、人生最後の努力がまさかこんなもんに費やされるなんて、思わなかったぜ?」


 ぶつぶつ独り言を呟きながら、俺はそっと、そーっと慎重に、そっけない独房のテーブルの上に置かれたステーキ皿に口元を近づけようって努力を続けた。


 なんでこんな苦労してっかって?


 この拘束着な、腹のとこに変な詰めモノあるのと、背中から足までぴーんって引っ張られてる関係で前屈み姿勢続けると勝手に身体が左右に傾くんだよ。


 両手が拘束されてる状態で左右どっちかに傾いたら――あとは、判るよな?


 この独房の椅子に座ってる状態ですら、床に転がされてる状態から何時間も苦労してやっと座れたってのに、明日には死刑執行、っていう死刑囚の身分で、またそんなことして時間潰したくはないからな?


 そんなこんなで、まあ、ようやく舌がステーキに届くくらいまでは絶妙なバランスを保って前屈み姿勢になって――。


「大変そうだな。手伝おうか?」


「アァ? あー、悪ぃけど今忙しい。手伝ってくれるなら勝手にやってくれ」


 いつの間に入りこんだんだか、ステーキ皿の向こう側に居た大きなハシブトガラスが俺に向かって喋りかけたみたいだけど、俺はそれどころじゃなかった。


 美女の生き血って最高のスパイスがないのはまあ残念だが、この世で食べる最後の肉だ、食感を最後まで堪能したかったのさ?


「むっ……、くっ、このっ、もうちょっと……、おっ、さんきゅ!」


 カラスが気を利かせてくれたのか、くちばしを巧いこと使ってそれなりのボリュームの肉が載った皿を俺の方に寄越してくれたんで、俺はカラスに礼を述べて、がぶり、と肉に食らいついて、味を堪能……、くっ、そ、クソッタレのボケナスがぁぁぁぁ!!!!


「……もったいない。最後の肉だったのではないか?」


「ニンニクは嫌いなんだよ! 何が最後の食事だあの看守の野郎、せっかくの肉をニンニクとコショウまみれにしちまいやがって!!」


「匂いで分からなかったのか? 随分鈍いようだな、『吸血鬼』にしては?」


「うるせーっつんだよ。鼻が効かねえのはこの部屋に焚かれてる『香料』のせいだ、そいつが俺の敏感な鼻を莫迦にしちまってる。

 くっそ、最後の晩餐に変なもん食わされちまった、かあああっ、ぺっ、ぺぇっ!」


 思いっきり唾きを集めて口から吐き出したけど、絶食してもう30日以上も経ってる、出るもんも出なくて、ってかもう暴れるのも疲れて、俺はため息をついて背中を壁に預けた。


 で、だ。


「……で、オマエは『何』だ?」


「やっと尋ねてくれたな? この姿で当たり前と認識されているのか、と思っていたよ」


 テーブルの上のカラスは、やたらと人間臭い仕草で身体を誇示するみたいに翼を広げながら、若い女の声でそんな風に返事してきた。


「そうだな、解り易く言えば『神』なのだが。信じるか?」


「アァ? 俺のこの戒めを解いて、もう一度美女の生き血を飲ませてくれる、って話なら信じてもいいぜ?」


 まあ、飲まなくてもあと百年は生きられそうだけどな?


 ったく、母さんも父さんも普通の人間だったってのに、何が『先祖返り』なんだか、俺だけ吸血鬼になっちまう、なんて。


『神』だってのなら、俺の身体を人間に戻してみやがれ、ってんだ。


「ふむ。ヨーロッパ系の父の遺伝子から吸血鬼因子が発現した、ということかな?」


「思考を読んだか? オメエ、エスパー系かよ? 使い魔使ってんのか?」


 女の声の主がどうも俺の思考を読んだっぽかったが、こちとらそんな能力なんざ慣れっこだ。別に珍しくもなんともねえ、『施設』にゃそんな奴ら、ごまんといたからな。


 俺の妹――、シンディも、そうだったからな。最後に飲んだあいつの血、甘かったなあ。


「ふむ? 入り込みやすさを優先してこの姿を取ったが、どうやら、妹御の姿を借りた方が良さそうだな? 済まないが、少々血を貰っていいかね?」


「――ご同類かァ? 『施設』の生き残りかよ? 全部ぶっ潰したと思ってたのに、なァ。……オマエはどっち側だよ?」


「どちらでもない。そもそも、私は施設の生き残りとやらではない。拒絶の意志なし、として血は貰うぞ。

 DNA型を摂取利用した方が変身が早いからな?」


 好きにしやがれ。最後に変な味の肉を食わされたもんで、俺のモチベがだだ下がり、って奴だ。


 もう一度深々と深呼吸みたいなため息をついて、目を閉じてぼーっとしてたら、ちくり、って痛みが首筋に。ほんとにやりやがった、くちばしで突いたな、思いっきり?


 軽く薄目を開けてそっちを見たら、黒い羽毛の塊が俺の左肩と左腕付近に、両足でしがみつくようにして器用に乗っかってて、そこから頭を俺の首に突き立ててるみたいで。


「出血多量で刑の執行前に死亡、なんてのはごめんだぜ?」


「そんなヘマはしない。――面白いな、君は。自分で殺し尽くした60人の罪を被って死ぬつもりなのだね?」


「――生まれ変わったら採血には黒いカラスを指定することにするぜ。で、オマエの正体は、何だ?」


 どうやら、空腹すぎて幻覚でも見てんのかもな?


 俺の肩に乗っかってたそれは、見つめているほんの僅かの間にむくむくと上下左右に身体を膨らませてて。


 全身を覆ってた羽毛が蒸発するみたいに消えた、と思ったら、真っ白な素肌とすらりと伸びた外人体型の手足、それなりに整ったふくよかな脂肪を身に付けた、生まれたときから一緒に過ごしてた、忘れようのない――。


「シンディ?」


「それは君が喰い殺した妹の名前だな? 残念ながら、私は違う。

 君の遺伝子を原型に、Y染色体を排除しX染色体を複製した上で、君の記憶の中に鮮烈に残る少女の姿を模して成長を促進した仮の姿、だ」


「……偽者ってことかよ、趣味の悪ぃ。シンディは笑顔が可愛かったんだ。

 ――無表情のオメエなんか確かに似ても似つかねえよ、悪かったな間違えて」


「笑顔か。私もまだまだ人間については勉強中だが、それも要望のひとつとして受け取っておこう」


 相変わらず無表情をぺたりと顔に貼り付けたまま、妹のシンディとそっくりの姿と顔で喋るコイツがどうにも……、そういや名前聞いてねえな?


「アァ? 名前聞いてねえな?」


「む? そうか。君たちは名前がないと不便を感じるのだったな。私の名は『思兼(オモイカネ)』だ。

 君は、(たちばな)虎徹(こてつ)、で合っているな?」


「オゥ。よく調べてんな、っつか、俺の正体もやったことも全部知ってて、それで来てんだな? 何者なんだよオメエ?

 オモイカネ……、変な名前っつか、ああ呼びづれえ、いいや、オマエは今から『シンディ』だ。俺が決めた、今決めた」


 シンディ、シンディか。シンディ。……なんて口の中でぶつぶつ呟いてる間も、相変わらずの無表情。コイツ、感情ねえんじゃねーのか?


「ふむ。良い名前を頂いた。では、私は今からシンディだ。それでは、そろそろ本題に入っていいかな?」


「言えよ。今度はどこの研究機関に回されんだ? また、叩き潰してやっからよ?」


「――そうだな、ここに収監されている理由がそうだったな。非人道的実験の対象にされている異能を持った少年少女の研究施設を叩き潰した。

 ……完璧に全員を一噛みで食い殺していたな、なかなかの手際だった」


「――見たのか?」


「現場の残留思念でな。本当に見事だった、あれなら苦痛を感じる時間もあるまい、一撃で呼吸を止め、脳への血流を遮断し、同時に頚椎をへし折っている。

 吸血鬼というよりも、野生の狼のようだな?」


「――うるせえな? オマエも喉笛噛み切ってやろうか?」


 だが、脅すようにかちかちと伸びた犬歯を噛み合わせた音は、コイツ――シンディを脅す材料にはならなかったらしい。


「元より、それが条件ならば従おう。そのための肉体だからな?」


「条件、条件、また条件か。パブロフの犬じゃねえっつーんだよ、何だよ用件は?」


「……私と共に『異世界』へ渡って欲しいだけだ」


「……は?」


 聞き間違えか、と思ったけど耳の穴ほじくろうにも拘束されてっからな?


 異世界? 異次元とか別の世界とかそういう系統の……意味、なんだろうな。今更だけど、コイツの能力の違和感が判った。


 心を読むだけの奴、物を動かす奴、俺みたいに先祖返りで吸血鬼になっちまった奴、人狼の奴も居たっけ。みんな親兄弟を殺されて、施設に集められて実験動物みたいに扱われてた。


 でも、それでも、俺に命を預けて、文字通り血をくれて生き延びさせてくれたあいつらの誰でも、ここまで超絶的な力を持った奴は居なかった。


 ――鳥の姿で現れて、人語を喋って、血の力で人間の女になって、それで、今は素っ裸で目の前で喋ってて。――いつからそうやってんのかわかんねえけど、たぶん、今、時間を止めてる。


 独房に入ったときからクソッタレにうるさかった洗面台の蛇口から水が滴る音が、消えてる。


 それだけで時間が止まってる、なんて勘違いするほどガキじゃねえ、はっきり確信したのは。


 ……蛇口から落下してる途中の水滴が、そのままの姿で空中に静止してやがる。


「――さすが、目も耳もいい、『吸血鬼』というのは事実のようだ」


「オマエが『神』ってのも事実みたいだな。――明日には死刑の身の上だ、もうこの世界に未練もねえし、行っても別に構わねえ。だが、美女の生き血は必須だぜ? 俺の渇きはそれでしか癒やされねえんだからな、まったく、因果な身体だぜ」


「異世界ではその身体に別れを告げられる、と言ったら、多少は慰めになるかな?」


「……ヘェ? そりゃいいね、吸血衝動が出て以来、親にも妹にも迷惑掛けっぱなしで……、クソ、要らねえこと思い出しちまった。もう帰れよ、俺は眠てえ」


「君の能力が原因で両親妹全て亡くなったのだったな。こういうときは、ご愁傷様、と言っておいた方がいいのだろうか?」


「……二度は言わねえ。帰れ」


 吸血鬼の能力、魅了眼を全開にして俺はシンディを睨みつけて、命令を告げる。本来なら、この魔眼に逆らえる人間は居ない。


 ――んだが、コイツにゃそんなもんお構いなしのようで、無表情のままで俺のことを見つめ返すだけで。クソが、マジモンの神なのかよ。


「では、一旦君の前からは消えるとしよう。だが忘れないで欲しい、『契約は成った』のだと」


「アア、そうだな。生きてたらオマエの言うとおりにしてやるさ、いくらでもな?」


 ……答えて目を開けたときは、既にシンディの姿は独房内のどこにもなかった。


 ぴちょん、ぴちょん、って耳障りな洗面台の水音が響いてることにも気づいて。――夢、か?


 クソが、最後の夜がコレ、とはな? 仲間の全員と、妹を噛み殺したクソ兄貴にゃ当然の報いって奴かよ、神様よ?


 不貞腐れてそのまま俺は眠りに就いて。



 翌朝、予定通り、絞首刑が執行されて。


 俺は、死んだ。



前作「転生したら神になれって言われました( http://ncode.syosetu.com/n9370dr/ )」とビミョーに繋がってます。


あちらの約1000年ほど前の物語ですけどね。

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