木の上が安全すぎるんだって
まずは戦闘行為を控え、どれくらいまで隠れていられるかを調査しようと思う
といっても戦闘用のスキルをほとんど取っていないからなのだがそれは言わないお約束だ
背の高い木々が一定の間隔で生え、頭上で青々と茂った枝葉で太陽の光の殆んどを遮っている
薄暗いそこで枝葉の隙間から太陽の光が差し込むその景色は美しかった
「最近やってなかったけどグラフィックの水準やばすぎだろ」
思わず一人つぶやきながら登りやすそうな木を見つけ強度を確認しながら這い上がる
幹近くならばそれほど撓ることがないのを見るに散策として木の上を移動した方が色々と楽しそうである
踏み出し枝を撓らせその反力を用いて次の枝に飛び移る
それを入り口付近で繰り返し体に馴染ませる
そうすれば初めは煩く木々を揺らしていた移動もその成りを潜めていき、動きにも無駄がなくなっていく
満足仕上がりにまた笑みが浮かぶが気を新たに林の奥に移動を開始した
途中木に生っていた木の実を食べながら進んでいくと灰色の集団を見つけた
木の実は甘酸っぱくておいしかったです、はい
その集団に近づき木に隠れながらその様子を見たところオオカミの群のようだ
数にして13匹、ソロ活動中しかも始めたばかりに遭遇したらと思うとまず捌ききれない数である
このゲームのパワーバランスを少し心配していると周りよりも二回りほど大きなオオカミがその顔を突然上に向けた
気づかれたかと思い木に体を隠して気配で様子を窺ったがどうやら俺ではなく別の何かを感じ取ったのかその集団は俺が来た方向に向かって走り始めた
しばらく身を潜めその集団を目視ではっきりと確認できる位まで移動したところでそのあとを気付かれない様に追い始める
半分程折り返しただろうかやっとオオカミ達が何に向かっていたのかが分かった
オオカミ達がその身を木に隠しながら近づいて行くのはプレイヤー達である
一度町で装備を買ってから来たのか自分と装備がまるっきり違っている
鉄の胸当てにグリーブとガントレットと部分鎧に身を包む盾と剣を持つタンクに同装備で固めた大剣を背に担いでいるアタッカー
木製の杖に黒と白という合い反する色同士のローブで身を包んでいる魔法職であろう二人
魔法師と僧侶ならばある意味理想のPT構成ではあるが眼下のオオカミ達を相手にした場合は無意味であろう
盾役が何匹相手取れるかはわからないが多くて半数というところであろう
残り半数もいれば後ろの後衛など大した労力もなしに狩れるであろう
さらに言うならばここまで何とも出くわさなかったからか和気藹藹と会話しておりそこに奇襲を受けて数分で片が付いてしまうであろう
さすがにそれでは見ているこちらが退屈だ
せめて善戦してくれという感情と少しの実験として手に持っていた木の実を彼らの前に投げ捨てる
何かがつぶれる音とともに急いで陣形を戻す四人に陰に隠れていたオオカミ達も動き出した
半数のオオカミが彼らの後方以外から襲いかかるが盾役の叫びにすべてのオオカミが進路を変え一人を囲う様に攻撃し始めた
さすがにそこはゲーム。ヘイトが存在するようだ
だがその一群れに集中するあまり後ろが疎かになっている
ということで後ろから近づいてきているオオカミの一匹に手に持っていた木の実をぶち当ててみた
攻撃判定になるとは思うがこちらに気にした様子はなく彼らに向かうところを見るに隠れながら攻撃しても発見されるわけではないらしい
そんな思考を遮るように後衛二人の叫ぶ声が林に響く
ここで助けに入るなりする人が多いだろうが俺はあくまで観察するだけである
とくにHPゲージなど見えないが形式上はそちらに近いようで後衛二人に駆け寄ったオオカミの攻撃を受けて二人が光となって消えていった
しかしいくら後衛とはいえオオカミの引っかき二発でご臨終とはいささかこの森強すぎではないだろうか
盾役が気を引く前に終わってしまった攻防に前衛が少し動きを止めてしまう
そこにボスを除いた全員が襲いかかり早くも勝負がついてしまった
しばらくその場でウロウロしたオオカミ達はボスが奥に消えていくのと一緒に消えていった
さすがにこの森はやばすぎると理解できたが逸れた一匹を見つけられればいい経験値が稼げそうなので集団が戻っていた方向とは別方向に向かって移動を開始する
少し太陽の光が赤みを帯び始めたころようやく一匹オオカミ君を見つけることができた
伏せているオオカミに狙いをつけて早速初めての魔法を使ってみたいと思う
だがいかんせんチュートリアルを飛ばしたことがここで裏目に出てくる
前情報もなしに始めたようなものでこのゲームの仕様が分かるはずもなく、ましてや現代にない魔法である
どうすれば魔法が打てるかもわからず適当に『火よ出ろ火よ出ろ』と手のひらとにらめっこを開始した
そんな空しい時間をどれほど過ごしたことか手のひらに弱々しい火の球が浮かび上がった
そのことに年にもなく喜んでいると数秒後に火の球は空気に溶けるように消えていってしまった
少し悲しくなったがめげずにそれを繰り返すこと数十回、やっと火の球をオオカミに投げつけることができた
だがオオカミはそれを気にした様子もなく地面に伏したままである
その姿に軽い苛立ちを覚えた俺はそのあとひたすら火の球をオオカミに投げ続けた
投げ続けること数十発少し火力が上がってきた様でようやくオオカミが顔を上げ周りを見回し始めた
一か所に立ち止まるのもここまでと周りの枝に飛び移りながら火の球投げに興じる
何発目だろうか、途中で数えるのも億劫になり数えてないがオオカミが小さく唸りながら火の球の飛んできた方向にダッシュするようになった
しかしながらすぐに移動する俺を発見することは叶わず良い動く的として火の球を出し続ける
途中火の球が出なくなったりしたが数分後には問題なく出せるようになるが長いこと打ち止めるのも退屈なので発動間隔を調整し打ちどめの起こらない様に火の球を打ち出す
色々やったところ現状は20秒に1回ならば問題なく火の球を出せるようでそれを意識して火力の上がってきた火の球を打ち出し続ける
太陽が完全に沈みあたりが暗くなったころようやくオオカミは光になって消えていった
ずっと薄暗い所にいたためか視界が確保できていたことが幸いである
さすがに疲れが出始め木の上から転倒しては叶わないので一旦その森をから町に引き返した
初日に結局一匹しか狩れなかったことに少なくない悲しみを覚えたがそこは気にしてはいけない
プレイヤー:ナツ
スキル:メイン10(SP9)
『気配12』『回避3』『素早さアップ12』「隠密20」『察知2』
『魔法:火13』『忍び足20』『目10』『足12』『魔力回復7』