五本場10
熱くなっている七海はそれどころではない為ドアの方を見向きもしなかったが、入って来た客は中野であった。
「こんにちはマスター、景気はどう?」
「やあ中野くん。彼女が来てるよ」
中野はマスターが陣取っているカウンターに近付き、半身の体勢で左腕の肘をカウンターについた。
「ああ、及川か……負けてるみたいですね」
「フリのお客さんに負けてるみたいでね……」
「プロ……には見えないな。及川がこっちに気付かないくらい熱くなってるって事ですか」
「出張のサラリーマンって言ってたけど……」
二人は幾分小声で話した。七海はカウンターに背中を向けて座っている為、カウンターに立っていれば手牌が見える。同じ体勢のまま、中野は対局を観戦し始めた。
ちょうど七海がツモったところで、手牌はこうなっていた。
五五六六七①②③④2234 七
確定一盃口、①を切って満貫テンパイである。しかし七海は少し考えた後、2を切り出した。
「リーチします」
「……」
中野はその様子を黙って見ている。
「リーチです」
七海がリーチを掛けた直後、対面がリーチを掛けて来た。七海はリーチを宣言した牌を凝視した。期待した①ではなく、全く関係の無い8であった。
(8!?偏張落としじゃない……!?)
対面のリーチの直後に七海がツモったのは5であった。
(普通にピンフに受けていればツモってたのに……)
七海は仕方無くツモ切りした。
「ロンです」
サラリーマンは理牌をしてから手を倒した。
六七④⑤⑥⑨⑨⑨789南南
「裏無し、二六○○の一枚ですね」
(理牌してなかった……読み過ぎました……)
サラリーマンは端に並べた偏張を落とそうとしていたのでは無く、理牌せずに打ち、たまたま左から二番目に置いてあった②を切っただけに過ぎなかった。
(さっきから読もうとすればするほど裏目になってしまう……)
七海は点棒を差し出しながら歯噛みした。いつもとは違うアプローチで手の内を読もうとしているが、こうまで読み違えるのは予想外である。
しかし、中野や彩葉は華麗にそれを決めていた。自分も後れをとってはいられない。七海はオーラスに賭け、牌を流した。
「なるほど、確かにああいう手合いが相手じゃ、及川はちょっとキツいかもな」
「三味線とかじゃないから私は何とも言えなくてね……」
「まあ好い刺激になると思いますよ。好くも悪くも及川は『競技者』ですから」
対局の一場面を観戦していた中野は大体の状況を把握したらしく、マスターとそんな事を話した。中野は相変わらず体勢を崩さず観戦したままで、場はオーラスを迎えた。




