五本場8
「いらっしゃい」
見覚えのあるドアを開くと、これまた見覚えのあるスキンヘッドのゴツい店員が七海を出迎えてくれた。
「やあお嬢さん、確か中野くんの」
「こんにちは、お久しぶりです」
月並みな挨拶を済ませ、七海は店内を見渡した。雨のせいか客はあまりおらず、待ち合い用のソファに、土建屋風の男性と坊主頭の板前風の男性が座っていた。後はテレビが点いているだけで静かなものであった。
「中野くんはまだ来てないよ」
「いえ……その、打たせてもらえないかと」
「へえ、今日はわざわざ打ちに来たのかい。構わないけど、ちょっと待っててもらわないとね」
マスターは打たないらしい。店は場代で稼いでいるのだから、当然と言えば当然である。
しばらく待っていると、不意にドアの開く音がし、スーツ姿のサラリーマン風の男性がハンカチで顔を拭いながら店内に入って来た。
「参った参った、駅を出たら雨だし、売店の傘は売り切れてるし……」
「いらっしゃい。お客さん初めてですね?」
「ええ、出張でこっちに来たんですが雨がひどくて。雨が落ち着くまで打たせてもらえませんか」
「構いませんよ、どうぞ」
マスターは男性からスーツを預かり、それをハンガーに掛け、大きめのタオルを手渡した。
「ウチのルールです」
サラリーマン風がひとしきり身体を拭き終わると、マスターは七海の時と同じようにA4のファイルを手渡し、それを見ながらルールの説明を始めた。
「分かりました。分からない事があればその都度訊きますんで」
サラリーマン風は一応ルールを把握したらしく、待ち合いしていた二人と七海を交えて対局開始と相成った。
場決めの結果、起家は板前、後は七海、土建屋、サラリーマンとなった。ルールはアリアリの半荘戦、一発赤裏に付き祝儀一枚である。
七海は今日の部活で、中野や彩葉が盛り上がっていた話題を試してみようと考えていた。ここへ足が向いたのもそういう潜在意識があったのかも知れない。
東一局、ドラ⑧。親は板前。
五巡目、七海は好形の一向聴となった。
一二三六七八九①123南南
ドラは無いがチャンタ三色かピンフ一通の一向聴である。
「チー」
不意にサラリーマンが土建屋の切った③を②④でチーした。サラリーマン風は最初に二八と切っている為、筒子の染め手らしい。
板前が切った後七海は西をツモって来た。場に一枚切れている為、特に気にもせずツモ切りした。サラリーマンはそれを見て、向かって手牌の右側から二枚抜き出し、左側に寄せた。
(あれは……恐らく西の対子を捨てる為に右側に寄せたのでしょう)
土建屋が切った後、サラリーマンは案の定西を一枚切って来た。
次巡、七海はテンパイした。
一二三六七八九①123南南 五
ピンフ一通テンパイ、問題はこの①がサラリーマンの染め手に通るかどうかである。しかし恐らくは西を対子落とししている途中であろうから、まだ通るはずである。
「リーチです!」
七海は牽制の意味も込めてリーチを掛けた。
「すいませんロンです」
①④⑤⑥⑥⑦⑧⑨⑨①(②③④)
「跳満ですね」
①と⑨のシャボ待ちである。七海は①が不自然な置き方をしてある事に気付いた。
(西の対子なんて持ってない?じゃああの二枚寄せは……)
七海はようやくサラリーマンがわざと西を二枚寄せたように見せ掛けたのだと気付いた。




