五本場1
季節は梅雨入りしたばかりの頃で、空に張り巡らされた雲からは乙女の泣くような雨がひっきりなしに落ちて来ていた。
中野はそんな雨を窓越しにしばらく見詰め、カーテンを閉めた後で小さな椅子に腰を下ろした。そのすぐそばには大きなパイプベッドが鎮座しており、その上に老人が一人横たわっていた。腕からは点滴の薬液を導流するラインが伸びている。部屋の雰囲気から察するに、どうやらそこは病室のようである。
中野はその老人の顔を覗き込んだ。
「どうだいじっちゃん調子は」
「ああ……雄一か」
中野の呼び掛けに応え、老人は目を開いた。
「今日は雨か?」
「そうだな、もう梅雨だしな」
「雨が降るとどうにも調子が悪いが……今日は好い気分だな」
「そりゃ何よりだ」
中野は上体を反らし背もたれをきしませた。
「店の方はだうだ?」
「まあ何とか。ほとんど話は付けたし、後はアフターケアの段取りくらいだよ」
「そうか……お前には苦労を掛けるな」
老人はまた目を閉じると、タメ息を一つつき、また口を開いた。
「無理はせんで好いから、お前のやりたい事はやれ。学校も行っとるんだろ?」
「大丈夫だよ、それなりにやってるさ。じっちゃんや親父みたいに要領好くはないけど、俺なりにはな」
「これも時代の流れじゃからな。アイツさえいてくれたらお前には苦労を掛けずに済んだんだが」
「もう昔の話はするなよ」
「歳を取るとどうも昔の事ばかり話してしまうな……」
「あんまり喋ると身体に障るだろうから俺はもう行くよ。また来るから」
中野はそう言いながら椅子から立ち上がり、老人が横たわるベッドから離れ、ドアの方へと近付いた。
「ああ、雄一……」
中野は老人から呼ばれ、ドアノブを掴み掛けた体勢のままベッドの方を振り向いた。
「ん?」
「儂らの事はもう気にするな。頼むからお前が後悔だけはせんようにな」
老人の言葉を聞き、中野はドアの方に顔を向け直した。
「また同じ事言ってるぜ、じっちゃん」
中野はそれだけ言うと、ドアをそっと開き、病室を後にした。




