四本場33
木村は發を鳴く前、手格好を以下の形にしていた。
五五六六七七白白發發中中東
ドラ単騎の門混七対子、ダマテンでも跳満の手であった。しかし門混見え見えだと奥方や中野はまず切って来ない。字牌が場に高いとなると、出すのはリーチを掛けた沙夜しかいない。
待ちの枚数が同じなら待ちの種類を増やした方が和了れる可能性は高くなる為、木村は危険を犯してでもドラ勝負に出た訳である。
「鳴いても鳴かなくても跳満か。木村さん、中々豪腕ですね」
「ドラ単騎じゃ勝ち目がないと思ったから思わず鳴いちゃったよ」
「センパイはバッタ待ち?木村さんが東切らなかったら安牌なくて次に切るところだったよ」
北は中野が対子で持っていたらしい。聴牌まではミスなく辿り着けたが、最後の最後でツキがなかったらしい。
最終的なスコアは以下の通り。
一位 木村 三二八○○
二位 沙夜 三○六○○
三位 中野 一八八○○
四位 奥方 一七八○○
更に1ー2のウマを足すと、
木村 +42
沙夜 +11
中野 ▲21
奥方 ▲32
更にチップを足した、最終的な収支は以下の通り。
木村 +1700円
沙夜 +1150円
中野 ▲ 850円
奥方 ▲2000円
一回戦と合わせても沙夜の一人勝ちである。
「沙夜ちゃん強いねぇ」
「センパイは麻雀部でも一二を争う強さですからね」
冗談のつもりか、中野は一人で笑った。
「さて……木村さん、そろそろどう?」
「うん……肚を決めたよ」
「分かりました。なら俺はこれで帰りますよ」
「うん。色々ありがとう」
「じゃあセンパイ、俺はこれで帰るから、また部活で」
「……もう帰るの?」
「ああ、後はセンパイ次第さ。じゃあな」
中野は好く分からない事を言い、おもむろに立ち上がると、部屋を後にした。
中野が居なくなるとやや間が訪れた。木村も奥方も、沙夜もしばし口を開かず、商店街の喧騒が僅かに聴こえていた。
「ねぇ沙夜ちゃん」
その沈黙を破ったのは木村であった。いつもの柔和な顔付きではなく、神妙な険しい顔付きである。
「僕も沙夜ちゃんの身の上は知ってる。ウチでバイトしてるのも施設の自立支援の一環だからね。でもさ……」
木村はそこで、また言葉を切った。
「僕たち夫婦は子供が出来なかったし、長年の夢だったパティシエになれて店をやって行けるだけで楽しかったんだ」
沙夜は突拍子もない木村の話に面喰らったが、黙ってそれを聞いた。
「でもね、実はこの店、永くても後二年で潰そうかと思ってるんだ」
「……え?」
「僕たち夫婦ももう好い歳になるし、それなりにお金も貯まった。だからそろそろ引退して、静かな田舎で暮らそうかと思ってるんだ」
沙夜は全く話の意図が分からなかった。引退はするのは好いとして、なぜそんな話を自分にするのだろう。
「で、ここからは沙夜ちゃんにお願いというか聞きたい事なんだけど……」
木村はまたそこで言葉を切り、奥方の方に一瞬視線を飛ばしてから、沙夜の方に視線を向けた。




