四本場18
終わっての最終的なスコアは以下の通り。
木村 +4
葉山 ▲17
中野 ▲31
沙夜 +44
収支に直せば、木村が+二百円、葉山が▲八百五十円、中野が▲千五百五十円、更に御祝儀▲百円、沙夜が+二千二百円、更に御祝儀+百円である。
一回戦の収支と合わせれば、沙夜は+二百円となる。負けなしで勝ち抜けたのは初心者同然の木村だけとなった。
「木村さんの一人勝ちだな、麻雀部の二人は調子出なかったか?」
葉山は点数表を記入しながらそんな事を言った。
「いやぁ、頑張ったつもりでしたけど、やっぱり先輩には敵いませんよ」
中野は擦り切れた財布から負け分を差し出しながら陽気に言った。沙夜はほとんど中野に助けられたようなもので、いささか納得が行かない心境であった。
しかしながら鳴き麻雀一辺倒だった自分の何かが変わったような気がする。そう言った意味でも今回の対局は価値が高かったように思える。
「おっと、思ったよりも時間が経ってるね……沙夜ちゃん、そろそろ帰ろうか」
初心者の葉山がいたために全体的な経過が長く、部なら一時間は掛からない半荘一回分の対局でも一時間を超えてしまっており、窓から差し込んでいた西日はすっかり夜の帳と姿を変えていた。
「葉山さんも中野くんもありがとう、また打ってくれると嬉しいよ」
「おう、いつでも待ってるぜ」
「お疲れ様。気を付けてな、センパイ」
木村は沙夜を自宅まで送るため、葉山と木場中野に見送られながら二人一緒に雀荘を後にした。
「今日はありがとう。じゃ、また店で」
「ん……お疲れ様」
沙夜と木村は沙夜のアパートの近くの十字路で軽く挨拶をし、別れた。沙夜は今日打った麻雀の内容を、頭の中で反芻していた。
鳴き麻雀一辺倒だった自分の打ち筋が刷新されたような気分である。攻守に優れる門前での立ち技を覚えればどんな状況にも対応出来る。門前にはリーチや裏ドラという付録があるが、一発裏ドラが無い競技ルールではいささか軽視気味になる。
雀荘ルールなら御祝儀引きにも門前が必要だし、そう言った意味で今日の対局は自分の技量の底上げになった事は間違いない。
沙夜は古びた階段を昇り、これまた古びたドアの鍵を外し、中へと入った。
独り暮らしの部屋の中はしんとしており、ペンダントライト(いわゆる吊り下げ式電灯)の常夜灯(いわゆるナツメ球)の光が鈍やかに部屋の中を照らしているだけであった。
ワンルームキッチン付きの格安物件のその部屋はいかにも暗たんたる雰囲気で、沙夜は足を踏み入れると、電灯の紐をカチカチと引いた。伴って蛍光灯が光り暗かった部屋の中を照らし出した。
沙夜は手荷物を畳の上に直に置くと、着ていた春物のトップスを脱ぎ、ハンガーに掛けた。
そのままパイプベッドの横たわると、シミだらけの天井を見上げため息をついた。
部活中やバイト中は常に人が周りにいるため何て事はないのだが、帰宅するとその孤独感は不安をとめどなく助長させるばかりであった。
自分だけの部屋、自分だけのベッド、自分だけのキッチン……
他人とのふれあいの気配が一切無い無機質なその部屋は、安心出来る我が家とは呼ぶに至らない四角いだけの空間であった。




