一本場6
(安めとはいえ2を引いた時に5を切っておけば振り込まずに済んだのに……高めを追求したい気持ちは分かるけど和了れなければただの張り子に過ぎない)
七海は心中で持論を展開しながら、いささか蔑んだような表情で中野の背中を見詰めた。
(まあ、まだ始まったばかりだし……もうしばらく様子を見てみましょう)
七海はカップをテーブルに置くと、改めて中野の手牌に視線を向けた。
東二局、ドラは白。親は中野の対面に座る七三頭のサラリーマン風である。
「お嬢ちゃん、これウチのルールだから」
東二局が始まった時、スキンヘッドがくたびれたA4のファイルを七海に手渡して来た。どうやらハウスルールが書かれているらしい。中野の打ち方も気になるが、とりあえず読んでおかなくてはと思い、頁を開いた。
・風速1-1-2
・アリアリの半荘戦
・和了り止めあり
・一発、赤ドラ・裏ドラ一枚につき祝儀一枚
ざっと目を通すとこんな感じで書かれている。麻雀部はインターハイを目指しているため、普段はそれに則ったルールで打っている。一発裏ドラ槓ドラ槓裏ナシ、もちろん赤ドラもない。ルールこそアリアリではあるが、運の要素を可能な限り廃し、実力の勝負が可能となっている。
ここのハウスルールは正反対である。赤ドラを筆頭にドラが多く、それに対する祝儀ルールのせいで、単純に競技ルールと同じようには打てないだろう。
(先ほど中野くんが差し出していた百円は一発の御祝儀ということですね……ということは千点百円だから、満貫の八○○○点は八百円……でももし赤ドラを一枚でも使ってツモ和了れば、一三○○・二六○○でも収入はほとんど同じということ……なるほど、この辺りの加減にポイントがありそうです)
七海は持ち前の麻雀センスを活かし、普段慣れないルールでもあっという間に攻略の当たりを付けた。後は自分の打ち方に、それを上手く結び付けられるか、である。
気付けば場は八巡目である。七海は中野の手牌を覗き込むようにして確認した。
二三四四六八⑥⑦⑧4555⑧
メンタンピンの一向聴、普通なら⑧はツモ切りし、萬子の両嵌が先に入れば筒子の三面張でリーチである。もし筒子が先に入れば、リーチするなら引っ掛け狙いで四切り、手牌の変化を待つなら八切りと言ったところである。
しかし、中野はそのいずれでもなく、4を切り飛ばした。
(4切り?なぜそんな受けを減らすようなことを……)
平和はなくなるし、先に萬子が入った場合に待ちがあまり好ましくない形になってしまう。
七海の心配が的中し、中野は直後に七をツモってテンパイした。中野は四を切ってリーチした。
そして二巡後、一向聴で⑧を切っていれば和了り牌だったはずの6を引いてしまった。
(もったいない……)
自分が打つわけではないため、七海はもどかしい気持ちが溢れていた。自分が打てばこんな無様にはなっていない。
「おっ、ツモった」
不意に中野は手牌を倒した。
「赤じゃないのが残念だな。裏は……ナシ。一○○○・二○○○だな」
そんなことを言って点数を申告した中野の様子を見て、七海はようやく中野の狙いを察した。要するに中野は赤ドラ狙いで⑤‐⑧の受けを残したのだ。あわよくば萬子も赤五を引きたかったに違いない。