四本場2
さて部室で話題に挙がっている本人はそのことを露知らず、駅前商店街の一画に脚を運んでいた。沙夜のアルバイト先は商店街の中にある店舗である。
沙夜がアルバイトに通うその店は目抜き通りに面しており、商店街入口からすぐの一等地にあるため、小規模ながらもそれなりに繁盛している店である。軒に掲げられた屋号は『お菓子のもみの木』とある。
沙夜は店舗の脇の細い道を通り、従業員用の通用口から中へと入った。
「おはよう……ございます……」
「やあ沙夜ちゃんおはよう」
通用口をくぐると従業員の休憩室を兼ねているロッカールームになっている。中にいたのは、調理師服とコック帽を身に付けた、眼鏡を掛けた初老の男性であった。マグカップを片手にしているところを見ると、恐らく休憩中らしい。
「店長……休憩中……?」
「うん、今日は色んなところから特注が入ったからね。忙しかったよ」
「女将さんは……?」
「今配達に行ってるよ」
店長、と呼んだ調理師姿の男性は木村という名前である。その男性と雑談をしながら、沙夜は前掛けと三角巾を手早く身に付けた。この男性は店長兼調理師であるようだ。
沙夜は雑談もそこそこに切り上げ、店舗に通じるドアを開いて、薄暗い通路を通って店舗へと出た。スイングドアを開くと、商店街の通りを望む八畳ほどの店舗の中である。ちなみに調理場は薄暗い通路から店舗への通路とは違う分岐を進んだ先にある。
「おはようございます……」
「あら沙夜ちゃん、おはよう。もう代わってくれるの?」
「うん……」
ショーケースの前に立ち、沙夜と挨拶を交わしたのは、パートの太田という女性である。
店は午前十時から午後九時まで営業している。開店から午後二時までは店長の奥方である女将さんが店舗に立ち、午後二時からは午後六時までは太田が、そして午後六時から午後九時までは沙夜が担当する。
沙夜がシフトに入るのは木曜日と日曜日だけである。木曜日は学校があるため夕方のシフトであるが、日曜日は開店から午後六時まで入る。
他にも後一人パートの従業員と、調理場を木村と共に担当する男性調理師が一人いる。
若くて小柄な沙夜はマスコットのような存在であり、事実沙夜がシフトに入る木曜日の夕方は他の曜日に比べて売り上げが高いのであった。
「ありがとうございました……」
沙夜は客に向かって頭を下げるが、あまり深く下げすぎるとショーケースに身体が隠れてしまうため、そこで沙夜は首を俯くくらいに下げることにしている。
クリスマスになると販売担当の従業員総出でもてんてこ舞いするほどの売り上げが出る。それに比べて梅雨や暑い季節になるとなまものであるケーキなどの売り上げは下がってしまうが、それでも誕生日のお祝いなどで購入していく客もあるため、一定の需要はある。
ぼちぼち遅い時間であるため客はほとんど来ない。目抜き通りも歩いている人間は大分まばらである。ショーケースの中の商品もほとんど捌けてしまった。時計を見ると午後八時半を少し回っている。
そろそろ閉店作業をしようかな……と沙夜は考えた。




