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四本場1

「ツモ、五○○オールは一○○○オール。ラスト……」

 麻雀部の部室では放課後の部活動が行われている最中であった。南四局、和了りの発声を行ったのは麻雀部二年生の名古沙夜であった。

「えー、三万点差あったのに……」

 唖然とした声をあげているのは、南三局で暫定トップであったらしい夕貴である。沙夜は約三万点差を、怒涛の五連荘で跳ね返したようである。

「名古さんは連荘するのが得意ですからね」

 部長の彩葉は手牌を伏せながらそう言った。小さい和了りでも積み重ねれば大きな力となる。

「たくさん和了れば……勝てる……」

 一撃の打点に比重を置くのも戦略としてはアリだが、どんなに高い手も和了れなければ張り子の虎に過ぎない。

 沙夜は目が見えなくなるくらいに伸ばされた前髪の隙間から、黒板の上に掲げられている壁掛け時計を上目遣いに見上げた。時刻は午後五時半を指している。

「下校時刻までまだ時間あるからもう一回打てるよ!もう半荘やろう」

 夕貴はまくられた事がよほど悔しいのか、卓上に身を乗り出して卓の真ん中で右手の人差し指を立てた。もう一回、の意である。

「ゴメン……私もう、帰らなきゃ……」

 沙夜は椅子から立ち上がりながら呟いた。夕貴もはたと何かに気付いたようで、壁に掛けてあるカレンダーに目を向けた。

「あー、今日木曜だっけ。なら仕方ないなー」

「うん……ゴメン……」

 沙夜はすまなそうな表情で卓から離れ、ソファに置いてある自分の荷物を手に取った。それとほぼ同じタイミングで、部室のドアが開く音がし、パーテーション代わりのロッカーから中野が顔を覗かせた。

「お疲れ、ちょっと遅くなったな」

 手には何かしらの差し入れが入っているのだと思われるレジ袋を持っている。

「お、もうお帰り?」

「ん……バイト、行かなきゃ……」

「そうか、せっかく丸美堂の水羊羹持ってきたのにな」

「ん……羊羮は保存が効くから、明日もらう……」

 沙夜はそんなことを言いながら、荷物を持っていない方の手を、中野の頭に向かって伸ばした。

「なに?」

「ん……頭、撫でる……」

 中野は身長が180cm近いが、沙夜は150cmあるかないかという差がある。沙夜は必死に手を伸ばした。

「ん……好い子好い子……」

「ははは、ありがとう先輩」

 中野も腰を屈め、素直に頭を撫でられた。

「夕貴……私の分の羊羮、食べたらダメだからね……」

 沙夜はドアを開けようとロッカーを迂回したが、姿が見えなくなったかと思うと、突然首だけロッカーから覗かせながらそんなことを言った。

「いやー、それはこの口に言ってくれたまえ」

 余り物はいつも夕貴がせしめているらしく、それに対する諫言であった。

「まあ好いや、打とう後輩クン!さっきまくられて終わったからアツいんだよね」

 沙夜が部室を後にすると、夕貴は俄然やる気を出して牌を流した。

「そう言えば、名古先輩は頭を撫でるのが好きだよな」

 中野は手土産をサイドテーブルに置きながら、空いた席に腰を下ろした。

「んー、頭撫でるのだけじゃなくて、抱き付いたりとかも好くされるよ私」

 夕貴は早速中野の手土産を広げながら中野の話題に返事をした。中野が持ってきたレジ袋の中から長方形の延べ棒を引っ張り出す。

「そうですね、確かに名古さんは好くスキンシップを図って来ます」

 彩葉も思い当たる節があるのか、夕貴の意見に賛同した。

「何か心臓の音聴いたら安心するとか、って言ってたよ」

 夕貴は延べ棒の包みを割いた。

「まあ七海ちゃんとか後輩クンにはお姉ちゃんみたいな感じなんじゃない?だからまだ頭撫でられるだけなんだと思うよ」

「いえ、その、正直言ってこの歳になって頭を撫でられるというのはちょっと恥ずかしいのですが……」

 七海も撫でられた経験はあるらしく、困惑したようや照れたような、いぶかしげな表情である。

「それよりさ、早く食べようよこれ、早く打とうよ」

「クスクス、では飲み物とお皿を用意しますので……」

 夕貴の花より団子っぷりを微笑ましく思ったのか、彩葉は柔和に笑いながら茶棚に向かうのであった。

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