一本場5
「すまないねお嬢ちゃん、今始めたばっかりだから、打つなら少し待っててくれ。飲み物は何が好いかな?」
「え、と……紅茶を」
スキンヘッドは待ち合い用の折り畳み椅子に七海を座らせ、愛想の好い返事をすると、奥へと消えて行った。
七海がこの雀荘へ来た理由は、見たことのある顔がこのビルに入って行くのを見掛けたからである。一階は不動産屋、三階は大学生用の賃貸であり、受験が終わり大学に入学する時期でもない限り、高校生がその二つに用があるとは考えにくい。
となれば、消去法で考えるとこの雀荘となるわけだが……同じクラスの人間に麻雀を打てる者がいたとは七海も予想外であった。そのために後を付けてきた次第である。
というより、こんなにホイホイ十八歳未満の客を入店させても好いものなのだろうか。扉に書かれているプレートの一文はただのポーズに過ぎないらしい。
七海はスキンヘッドが淹れてくれた安物の紅茶を口に運びながら、目の前に座る中野の手牌に目を向けた。
東一局、ドラは⑦。起家は中野の下家、つまり中野は北家である。中野の手牌は以下の通り。
三四五六八八八④⑤1135
ここに七をツモり、中野は1を切った。タンピン三色一向聴、4をツモればダマでも満貫が狙える。七海も自分ならば同じように打つだろうと考えた。
七海ははっきり言って、打たせてもらわなくとも一向に構わなかった。知った顔が麻雀を打てるとなれば、麻雀部の人員に勧誘することが出来る。十八歳未満立ち入り禁止の店に出入りしているのだから、学校で声を掛けてもとぼけられる可能性がある。しかし言い逃れの出来ないこの状況ならば、相手が了承してくれるかどうかはともかく、麻雀が打てないなどととぼけられる可能性はない。
七海もやはりインターハイに出場したいという思いはある。決して雀力が高いというわけではない矢上南高校の麻雀部であるが、インタージュニア優勝の肩書きを持つ以上、それは必然的な願望であった。
中野が一向聴になってから二巡後、中野は2を引いた。
三四五六七八八八④⑤135 2
タンヤオも三色も消えてしまう安め引きである。
(平和のみテンパイ……安めだけどここはテンパイして、ダマで状況を見るのが好いでしょう)
七海はそう判断した。しかし、中野はしばらく悩んだ後、1を切って一向聴に戻した。
(1切り?あくまで三色にこだわる?それじゃ他の三人にチャンスを与えるだけなのに)
そんな七海の懸念が当たったかのように、一巡後に西家がリーチを掛けて来た。その直後に中野は4を引き、2切りでタンピン、高め三色テンパイである。
(果たしてその2がリーチに通るかどうか……ですね)
西家のリーチは宣言牌が3であり、タンヤオ風の捨て牌からすると3の跨ぎはいかにも危険である。七海はまた紅茶を飲んだ。
「うーん、通らばリーチ」
中野は強気で2を振った。
「おっ、中野くんそりゃロンだ」
間髪入れず、西家が手を倒した。
一二三五六七②②⑧⑧⑧34
「リーチ一発からの──ちぇっ裏はナシ。二六○○だ」
「あちゃ、せっかく高めでテンパイしたのになぁ」
中野はそんなことを言いながら、二六○○分の点棒と百円玉を西家に差し出した。