三本場6
かつ勝を後にした二人は、横丁のやや奥まった場所にある雀荘を訪れていた。場末な雰囲気が多い雀荘であるが、この店はまるでオシャレなカフェのような雰囲気であった。
レンガ造りの外装の一戸建てであり、入口に掲げられている木製の看板に店名が『るり色の夜明』とある。まるでテレビ番組のタイトルのようである。
「これ雀荘?」
「雀荘だよ」
入口の側に置かれているA看板に、多色のポスターカラーを使用して『風速1‐1‐3、東風戦、チップ有』と書かれていた。なるほど確かに雀荘である。
「千点百円、ウマが一万三万、チップは一発赤裏、役満が五枚の十枚、トビで二枚。一枚五百円だ。要はどれだけチップを狙うか、さ。ちなみに場代はトップ払いの千円」
夕貴は部活での競技ルールでしか打ったことがなく、赤ドラやチップを扱うルールは初めてであった。
「赤ドラがあったらチップが一枚もらえるってこと?」
「そうだ。ツモなら三人から一枚ずつもらえる。赤を一枚使って、一発ツモの裏ドラ一枚なら計九枚ってことだ」
仮にプラス30のトップで終了した場合、ウマの30が加算されプラス60、つまり六千円、先程中野が挙げたように計九枚なら更に四千五百円、これだけでボードの修理代が半分以上払えることになる。
もちろん負けるとそのまま逆になり得るのであるが……
「どうする、やるか?」
「……やる」
高校生にとっては結構な高レートであるが、中野が普段打っている麻雀を経験してみたいし、何より修理代を稼ぎたい。夕貴は店内に入って行く中野の後を追って、自身も中へ入った。
店内は中々オシャレであった。板張りの床、天井にはシーリングファン、落ち着きのある間接照明、BGMにバロックが流れている。やはりオシャレなカフェに違いない。
「いらっしゃいませー」
中野が店内に入ると、中から店員の声がし、ストライプのブラウスに、テーパードのアイボリーのチノパンを穿き、その上に目に優しい緑色のエプロンを掛けた女性の店員が姿を現した。
「あら中野くんいらっしゃい」
「どうもレナさん、一人、好いかな?」
「ええ、ちょうどさっき一人欠けたところだったの」
中野がレナと呼んだその店員に連れられ、二人は更に奥へと足を踏み入れた。レナは艶やかな黒髪をアップにまとめ、上品な立ち振舞いから、いかにも美人であった。
「中野くんが打つの?それとも、お友達?」
「俺は見とくよ」
レナが案内した卓には、スーツ姿のビジネスマン、アンバーのジャケットを羽織った初老の男性、パンツスーツを着た、すらりと背の高い、長髪の妙齢の女性がもう一人の着卓を待っていた。
「センパイ、そこに座んなよ」
「あの、よろしくお願いします」
中野に促され、一応夕貴は頭を下げながら空いている席に着いた。
「中野くんの友達?」
女性が声を掛けてくる。
「いえ、俺は付け馬です」
中野は笑いを浮かべながら洒落にならない冗談を飛ばしてくる。しかし相手先も冗談だと分かっているのか、その場にいた全員が笑った。どうやら場の空気を和ませるために言ったらしい。
「それじゃ、コワーイ付け馬を怒らせないように頑張らなくちゃね、お兄さん」
「……自分は女です」
「あらそうなの、ごめんなさい」
女性は口に手を当てて柔和な笑みを浮かべた。色っぽいとはこういう人の事をいうのだろう。
「お飲み物、何か?」
レナがメニュー表を提示した。値段が書かれていないところを見るとフリードリンクらしい。しかしかなり充実した品揃えらしく、珈琲や紅茶はもちろん、緑茶や玄米茶、変わったところではギムネマ茶、桜湯なんかもある。
(桜湯って確か見合いとか結婚式で飲むものじゃ……)
「俺はブラックで」
夕貴の疑問をよそに中野はさっさと決めてしまった。夕貴も慌ててオレンジジュースを注文した。
「じゃ、中野くんはここね」
そんなことを言いながらレナは折り畳みの椅子を中野に差し出した。これに座れという意味らしい。中野はそれを広げ、夕貴の左手後ろに腰を据えた。
「それじゃ始めるかいの。ワシは宮田じゃ」
「自分は村上です」
「私は高橋よ、よろしくね」
「あ、あの、平坂です」
簡単に自己紹介した後、村上と名乗ったビジネスマン風の男性がサイを振った。
「前回のトップ振り……対七で高橋さん、起家です」
現在の席順は、夕貴から見て、村上、宮田、高橋の順である。ということは夕貴は南家スタートになる。
「じゃ、始めましょう」
高橋が繊細な指先で、サイのボタンを押した。




