三本場4
何らかのテナントを改装したものらしく、店内は二階建てで、1階にスケボーやロードバイクなどのオンロードギア、二階、というよりはロフトの構造に近いフロアにアパレルなどのファッションギアが置かれていた。店内はお世辞にも広いとは言えず、所狭しと商品が置かれている印象であった。
「田所さん、田所さん!」
中野は店の奥に向かって名前を叫んだ。しかし返事はない。それでも構わず中野は店内に入り、階段の踊り場にあるカウンターの中を覗き込んだ。
「田所さん!」
「あ~うるさいなぁ、昼寝の邪魔だろうが」
中野がカウンターの中に向かってさけぶと、間の抜けた返事が聞こえ、のっそりと上半身が姿を現した。
「客ですよ、客」
「今日は休みだぁ、他を当たれぇ」
手を振って客を追い払おうとするその姿は店員にあるまじき姿である。中野は夕貴を手招きで呼び、夕貴は間口の広い階段を上がり、カウンターの前に立った。
「スケボーが壊れたんですよ、診てください」
「あ~ん、スケボーくらい自分で直せぇ」
田所と呼ばれたキャップを被った店員はそう言いながらも手をひらひらさせ、差し出された夕貴のボードを受け取った。
「アクスルが曲がってらぁな、アクスルだけじゃなくてトラック全体がもうダメだな。トラックを交換するか、さもなきゃ新しいボードにするか、だ」
やる気が無いように見受けられるが、田所の診断は的確のようである。
「デッキは気に入ってるんですよ、トラックの交換はいくら掛かりますか?」
夕貴はカウンターに身を乗り出し、田所に向かってそう言った。
「そうだなぁ、工賃は三千円。後は部品代だな」
「部品代……」
そう、確かにトラックはもう交換時期に来ているのである。アクスルの軸はブレが来ているし、ハンガーもヘタってマニュアルも安定しない。
「あっちにトラックの在庫あるから、勝手に見て好きなの選べぇ」
田所のやる気の無さは実に不愉快であるが、夕貴は堪えて田所の指し示した場所へ向かった。店内の隅の方であり、照明も届かないような奥まった場所であった。
箱に収められたトラックが壁棚に陳列されている。夕貴はその中から一つを手に取った。
「あ、これチタン製で軽いヤツだ。前に人が使ってるのに乗せてもらったことある。これ好いなぁ」
「チタン製だと結構高いんじゃないか?」
「う、ホントだ……」
箱に貼られている値札には一万三千円と書かれている。高校生にとっては結構な大金である。夕貴はため息を吐いて、その箱を棚に戻した。
「お小遣い貯めなきゃなぁ……あ、でも服も欲しいし……」
夕貴はほとんど独り言のようにブツブツとしゃべっている。そんな夕貴の様子を見ていた中野が口を開いた。
「それならこうしよう。俺はセンパイが何と言おうと壊れたことに責任を感じてるから、ここは俺が立て替えておく。ある時払いで返してくれれば好い、ってのはどうだ?」
「えっホント?うーん、でもなぁ……」
中野の提案は夕貴にとって天祐神助であった。しかしそんな大金を借りていて大丈夫だろうか。月の小遣いがウン千円の夕貴にとっては例え月に二千円の払いでも負担は大きい。
「気にしないで好いさ、このトラックで好いのか?」
「えっ、うん……あっ」
夕貴の返事を聞くか聞かずか、中野はチタン製のトラックが入った箱を持ってカウンターに引き返した。
「田所さん、これで頼みます」
「あーん、これなら工賃込みで一万六千だな。今日置いて帰りゃ明日には交換しといてやるよ」
「じゃ、頼みます。一万六千円ですね」
夕貴がオロオロして後ろから成り行きを見守っていると、中野は財布から惜し気もなく提示された金額を抜き出し、カウンターに乗せた。
「センパイ、明日また来られるか?」
「う、うん……大丈夫だよ」
「なら行こうぜ、俺も腹減ったよ」
夕貴は最後まで不安であったが、とにかくボードは店に預け、FAKIESを後にした。




