三本場3
後輩といってもそんなに長い付き合いという訳ではないのだが、元々人懐っこい夕貴は誰とでも会話が出来る。中野も会話の量こそ少ないもののその内容はウィットに富んでおり楽しい会話が出来る。そのため、対局中でも二人は案外に話すことが多い。
「通り掛かってみたら知った顔がいたから、声掛けてみようと思って」
「まだ寒いけど好い天気だったからね~、こういう日は外に出たくなるよ」
「スケボーやってるのか」
「うん、結構長くやってるよ」
中野はベンチに立て掛けられていた夕貴のスケボーを会話に挙げた。夕貴はボードを手に取った。
夕貴のボードは、デッキの色が黒に塗られ、表面はオレンジのラインで縁取りされ、裏面には隅にオレンジの筆記体で『flat slope』と書かれている、シンプルなデザインであった。
「キックフリップ練習してるんだけど中々巧く行かなくてさ、いつかはキックフリップでオーバー・ザ・ベンチ!と思ってるんだけど」
「ふうん、カッコイイな。何かトリック見せてくれよ」
「う~ん好いけど……あ、そうだ」
夕貴は何かを思い付いたのか、中野の顔を含みのある意味ありげな横目で見た。
「トリック見せるから、お昼おごってくれない?」
「高い観覧料だな……まあ、見せてくれるなら」
「よし来た!任せなさい後輩くん」
何ともキャッシュな夕貴は喜び勇んでボードを地面に置き、先程練習していた、壊れたベンチに向かう体勢を取る。
(よーし、成功するかはともかくここは一発キメてセンパイとしての威厳を見せ付けよう)
となるとやはり上級テクを披露しなくてはなるまい。やはりオーリーからのキックフリップを決めるしかない。
夕貴はベンチから少し離れたところでボードを停めると、プッシュで加速を付け始めた。中々好い速度でベンチに向かう。いつもは独りで練習しているため誰かに見られるのは初めてである。
もう目前にベンチが迫っている。夕貴はテールを蹴った。
見事オーリーに移行し、ボードが座面を越えるだけの高さに飛び上がる。そこから更につま先でデッキを蹴る───が、夕貴はそこで違和感を覚えた。
「あっ!」
「おっ?」
キックフリップに失敗し、後輪のハンガーが座面の縁に引っ掛かってしまった。ボードはあらぬ方向に吹っ飛んでしまい、夕貴も体勢を崩しかけたが、巧く膝を使って転ぶことなく着地に成功した。
「あ、あはは、ゴメーンカッコ悪いね」
「大丈夫か?ケガとか……」
「大丈夫大丈夫、着地は得意だし、転ぶのも慣れてるよ」
夕貴は照れ隠しに苦笑いを浮かべ、飛ばしてしまったボードの方に向かい、腹を見せて地面に倒れているボードを拾い上げた。
拾い上げる時、夕貴はボードのステータス異常に気付いた。
「あっちゃ~アクスルが……引っ掛けた時かな~」
リアのウィール(車輪)を通すためのアクスル(シャフト)があらぬ方向に曲がってしまっており、この状態で転がす事は不可能である。
「悪い、俺が見たいって言ったばっかりに……」
間接的とはいえ原因を作ってしまった中野は申し訳なさそうに謝ってくる。
「いやいや、あたしが失敗したからいけないんだよ。もう大分使い込んでるし、どっちにしてもそろそろ限界だったから……」
確かに使い込んでガタが来ていたのは事実であるが、やはり愛用していただけあってショックは多少なりともある。
「ここの横丁にストリートギアのショップがあるんだけど、スケボーも扱ってるからそこで直してもらえるぞ。行ってみるか」
「ホント?行ってみる行ってみる!」
やはり多少気負いがあるのか中野はそんな提案をしてきた。一も二も無く夕貴は賛同し、空腹なのも忘れて中野に付いて行くことになった。
二人で、行った、横丁のショップ、店名は『street gear FAKIES』というらしい。スケボーだけでなくアパレルやシューズ、バッグ類なんかも取り扱っており、正にストリートギアの専門店といえる。
中野は遠慮なしに店内に入り、夕貴もその後を追った。




