二本場11
「案外古風なんだな。仁義を推して範と為す、ってね」
「私は立場を振りかざすのは嫌いです。中野くんと麻雀が打ちたい、それだけです」
「いやまぁ、勝負の結果はともかく、美人に誘われたのを断っちゃカドが立つからな」
「クス……中野くん、優しいんですね」
彩葉が微笑むと、中野は頭を掻いた。
「一応断っときたいんだけど、毎日は来られないと思う。その時はちゃんと連絡するよ。入部の手続きはどうしたら好い?」
「明日の放課後部室にいらして下さい。そこで説明します」
彩葉は腕時計の文字盤に視線を落とした。
「あら、もうこんな時間……すいません、私はもう帰らなくては……お付き合い下さってありがとうございました。また明日、お逢いしましょう」
彩葉はかしこまって頭を下げた。その所作には風格が漂っている。
彩葉が背中を向け去って行く様子を見送り、中野は手に持っているコロッケをかじり出した。
「というわけで、中野くんの入部の約束を取り付けました」
翌日、まだ中野の来ていない麻雀部部室で部員を集めて小会議が執り行われていた。彩葉は入部届を既に準備しており、後はこれを中野に記入してもらうだけである。
「さすが部長、仕事が早い!」
夕貴は彩葉にサムズアップを向けた。七海も卓の上に置かれている中野用の入部届を驚嘆した表情で見詰めている。
「でも好く入部してくれましたね……」
「ええ、彼も麻雀が好き、ということですよ」
経緯をあまり事細かに話しては七海の反感を買いそうであるため、彩葉はあまりそのくだりを深くは話さないことにした。
「ま、とにかく後輩くんが入ってくれたらインターハイ行けるじゃん!」
「ん……インターハイ、行く……」
夕貴も沙夜も喜んでいるらしい。後は本人が来るのを待つだけである。
「とりあえず、中野くんが来るまでお茶にしましょうか♪」
彩葉はウキウキ気分で電気ケトルのスイッチを押し込んだ。ティーカップは最高級のオーダーメイド品である。
「よーし、ならあたしはお茶請けを……ってあれ?部長、もう何も残ってないよ。何か持って来てる?」
沙夜は戸棚を引っ掻き回しているが、中は既に空であり、せっかくのティータイムにお茶請けが無いのはいかにも寂しいものである。
「あら、いけない……今日は何も持って来ていませんね。困りました……」
彩葉は困り顔でてのひらを口に当てた。今から買い出しに出たのでは遅くなってしまう。どうしたものか、と、彩葉が思案していた、その時───
「お疲れ、遅くなってすまない」
不意に声がしたかと思うと、パーテーション代わりのロッカーの陰から、ひょっこりと中野が顔を覗かせた。
「中野くん、お待ちしておりました。さあ中へどうぞ」
彩葉は満面の笑みで中野を誘う。中野は彩葉に手を引かれるまま、中に入った。彩葉が握っている方の手とは逆の手にビニール袋が握られている。
「手ぶらで来るのも何だと思ったから土産持って来た」
「おぉ!後輩くんナイス!」
夕貴がそのビニール袋をひったくって中を改めると、焼き絵風に帆船が描かれたパッケージの、ティッシュ箱よりやや細長い黄色の箱が入っていた。
「本家のカステラ、一号二本入り……てなところで大丈夫かな」
「うんうん、ちょうど好かったよー!部長、これでお茶出来るじゃん!」
「ええ、ありがとうございます」
彩葉は中野の心遣いに、にっこりと笑みを浮かべた。
「では中野くん……先にこちらを書いて頂けますか?」
彩葉が差し出したのはくだんの入部届であった。
「学年、クラス、名前、性別……と。これで大丈夫かな」
「はい結構です。では中野くんが正式に入部してくれたので、歓迎会を兼ねて今からお茶会にしましょう」
ちょうど電気ケトルのスイッチが落ちたところであった。
「カステラカステラー♪」
「ん……お茶、淹れる……」
お茶の準備をする三人を横目に、七海は中野へとこっそり声を掛けた。
「入部した以上、インターハイに出るという部の目標を目指して下さい。でも私は、いつかあなたに実力で勝ちたい、そういう対局をしたい。そのつもりでいて下さい」
「ん……」
中野は曖昧に返事をした。
何はともあれ、中野が入部してインターハイを目指せる事になった。これは部としてめでたい事である。そのテンションもあってか、その日のお茶会は盛り上がった。
花より団子、いや麻雀よりカステラ、中野が持って来た土産のカステラは、その日のお茶会ですべて消費されてしまったのであった。




