一本場3
「んーこの食感!和洋折衷の極みね!」
新作のクレープを口にした夕貴は目を目一杯細め、頬に手を当てて歓喜の表情を浮かべた。そのクレープは、生地に生クリームを敷き、茹でた粒餡をその上に重ね、小振りな白玉を挟んだものである。
甘いものが文化の極みであると主張する夕貴が、いかに甘いものに目がないかが好く分かる。
「これは確かに素敵ですね。……また体重が」
彩葉はそんなことを呟いた。
「……」
沙夜が頼んだのは生クリームとアイスクリームを挟み、その上から緑色のメロンソースを垂らしたものである。
特に何か言葉を発するわけではないが、食べているものを楽しんでいるらしい。
「……」
盛り上がる三人の様子を、七海はじっと見詰めている。
「これホントたまんない!七海ちゃんも食べたら?」
「いえ、私は……」
あくまで七海は拒否する姿勢を崩さない。七海が三人から視線を外した折、裏路地の奥にあるものを見付けた。
「んー?七海ちゃんどうかした?」
「いえ……」
裏路地の奥をガン見している七海を不審がって夕貴が声を掛けてくる。七海は視線を戻し、取り繕った。
「あ、皆さんそろそろ行かないと……一本後の便になってしまいますよ」
彩葉が手首の内側に向けた時計の文字盤を見ると、思ったより時間が経過していることが判明した。残りのクレープを急いで平らげると、四人は店の前を離れようとした。
「すいません、私ちょっと用事を思い出しました。先に帰られて下さい」
その折に七海がそんなことを言い出した。三人は不思議そうな視線を向けたが、特に気にしている様子ではなかった。
「そ、ならまた明日ね七海ちゃん」
三人に別れを告げ、七海は三人の姿が見えなくなったことを確認し、先ほどあるものを見付けた裏路地の奥へと向かった。
果たして七海が見付けたものとは、裏路地の一画に位置する、雑居ビルの看板であった。
その看板には『麻雀ハウス竜王』と書かれていた。いわゆる雀荘である。
しかし雀荘なら特に珍しいというわけではないだろうが、七海が見付けたものは、その看板に似つかわしいある人物であった。
七海は雑居ビルの足元に立ち、ビルを見上げた。三階建ての建屋の内、雀荘は二回にあるらしい。年季の入った外壁、昨今ではほとんど見ない無垢のアルミサッシ、その窓には『麻雀竜王』というバイナルの店名が貼られている。
いかにも場末という風情が漂っていた。
そのフロアには一応電気が点いていることが確認できたため、営業中ではあるらしい。七海は多少戸惑ったが、階段を昇ることにした。
薄暗い階段はどうにも不快な印象を受ける。七海はそれでも二階を目指して歩を進めた。
やがて二階に着くと、『麻雀ハウス竜王』と縦書きに店名が打たれた鉄製の扉が七海を出迎えてくれた。気になるのは、店名の隅に『十八歳未満の立ち入りを禁ず』と書かれた小さなプレートであった。