二本場4
中野は特に熱そうな素振りも見せず、あっという間に平らげてしまった。中野が紙を捨てたのを確認し、彩葉は声を掛けた。
「中野くん、突然で申し訳無いんですが、私の話を聞いてもらえますか?」
「ん?」
「ご存知の通り、私は麻雀部の部長を務めてします。私は、いえ、部員は皆インターハイに行きたいと願っています。でもインターハイに行くためには五人のメンバーが必要なんです。先立っての勝負で私は中野くんの腕に惚れ込んだんです。是非、麻雀部に入部してもらえませんか?」
中野はキョトンとした表情を浮かべているが、話の内容を理解すると笑い顔を浮かべた。
「どんなことかと思ったらそんなことで。気持ちは分かるんだけど俺は部活で麻雀したくないよ。店で打つなら好いんだけど」
「なぜですか?見返りがないからですか?」
「そうだな、それもある」
妙な言い回しをするものだ、と彩葉は思ったが、それには触れず話を先に進めることにした。
「分かりました。では私と勝負してもらえませんか?私が勝ったら入部して下さい」
「……俺が勝ったら?」
「そうですね、入部することと同等の内容なら私も中野くんの言うことを聞きます」
「入部と同等の内容ってのがちょっと思い付かないけどな。まあ好いよ、美人にそこまで言われて受けなかったら角が立つからな」
言ってみるモノだ、と彩葉はラッキー気分であった。これで自分が勝てばインターハイを目指すことが出来る。
「どこでやるんだ?また部室?」
「いえ、部員の皆と打てば部員は私を援護してくるでしょうから、お互いに自力で打てるように店で打ちましょう。ちょうどその先に店があるみたいですし」
彩葉は先程眺めたいた看板の方を見た。中野はその看板を確認し、頭を掻いた。
「俺たちの勝負はともかく、負けたら金払わなきゃならないけど大丈夫か?あの店、東風戦で結構レート高いぜ」
「大丈夫です。では行きましょう」
彩葉は中野に先立って意気揚々と歩き出した。中野もその後を追って、看板の矢印が伸びている路地へと足を踏み入れた。
「勝負は二回で決めましょう。最終的にスコアが高い方が勝ち、ということで」
「ん……」
彩葉と中野は並んでその店を目指した。路地から少し入ったところにその店はあった。年季の入った雑居ビルの三階で、一階は理髪店、二階は何かの事務所のようである。
お世辞にも華やかな場所であるとは言い難い佇まいであるが、築年数で麻雀を打つわけではないのだ。
エレベーターなどという贅沢設備は無く、中野が先頭に立って階段を昇った。三階に着くと、通路の突き当たりに店のドアがあった。
ドアに貼り紙がしてあり、それには『麻雀倶楽部 花菖蒲』、その下に『風速1‐1‐2、アリス有』と書かれていた。
「アリス……とは?」
彩葉も聞いたことのないルールのようで、中野に訊ねた。
「不思議の国の主人公」
「ツッコミに困るボケをしないで下さい……」
「アリスってのはご祝儀だよ。門前で和了った時にドラ表示牌の横の牌をめくって行って、出た牌と同じ牌が手の中にあれば一枚に付き五百円もらえる。同じ牌が出なくなるまでめくって行ける。ツモなら三人からもらえる」
ということは、もしツモってアリスが三枚乗れば四千五百円もらえるというわけだ。確かにこれは高いレートである。
「……」
「思ってたより高いだろ?止めといた方が……」
「いえ……大丈夫です。行きましょう」
中野は小さくため息を吐いたが、仕方ないといった様子でドアを開けた。




