二本場3
それはそうと、インターハイに行くためにはまず五人のメンバーが必要になるため、彩葉は何が何でも中野を勧誘したいと考えていた。
六月の末から地方予選が始まるが、六月の頭にはメンバー表を提出しなければならないため、それまでには中野を入部させたいところである。
腕前は申し分無いと分かったことであるし、後は口説き落とすだけである。
となると、一番手っ取り早いのは麻雀で勝負し、勝った上で言うことを聞かせる方法である。自分だって麻雀の腕には覚えがあるし、相手がどんなに手練れでも麻雀の勝負に絶対はない。
彩葉がそんなことを考えていた時、ふとどこからか天ぷら油の香しい薫りが漂って来た。そういえば夕飯時である。空腹故にその薫りに気付いたのか、その薫りが空腹を誘い出したのかは分からないが、彩葉はつい薫りの出どころを探してみた。
その出どころは、彩葉が立っている場所から20m程歩いたところにある肉屋であった。肉屋の店先に『揚げたてコロッケ』と書かれた幟が客引きに尽力していた。
彩葉は少し考えた。もちろん帰宅すれば夕飯が待っているのだが、この薫りの持つ誘惑は半端ではない。春先とはいえ夜はまだ肌寒いこの季節、熱々のコロッケなど殺人的な誘惑を向けてくる。
結局彩葉はその肉屋に向かってみることにした。
「いらっしゃい」
様々な種類の肉が収められたショーケース越しに恰幅の好い中年女性の店員が歓迎してくれる。彩葉は店先をぐるりと見渡してみた。
特に広いわけでもなく小ぢんまりとした店構えで、店舗の奥は自宅であるらしい。
「お嬢ちゃん、何にするの?」
「あ、えっと……」
彩葉はショーケースの上に置かれた手書きのメニュー表を見た。じゃがコロッケ、カレーコロッケ、クリームコロッケ、メンチカツもあるらしい。
「じゃが……コロッケを」
「はいよ、百円ね」
店員は手際好く揚げたてを紙に包み、彩葉に手渡した。彩葉は代金を支払うと、そのコロッケをまじまじと見詰めた。
食べやすいようにコロッケの半分が紙から出ている。本当に揚げたてらしく、紙越しにでもその熱さが好く分かった。
もちろんコロッケを食べたことがないわけではない。しかし出来立ての、しかもこんな場所で食べるのは初めてである。
とにかく薫りが誘惑してくる。彩葉は意を決して、人通りの多い場所であるにも関わらずそのコロッケを頬張ろうとした時、目の前に誰かが立っていることに気付いた。
彩葉が目線を上げると、そこに立っていたのは先日麻雀部と激闘を繰り広げた中野であった。
彩葉はコロッケを食べるために開いた口のまま、しばし無言で中野と見詰め合った。
「いや、邪魔して悪い……続きをどうぞ」
「いえ、これはその……ず、ずっと見てたんですか?」
「今たまたま通り掛かったら、見た顔がいるな、と思ったからつい」
「そ、そうですか……」
彩葉は何となく気恥ずかしくなってしまった。
「食べないと冷めるよ」
「え、ええ」
彩葉は思い切ってコロッケにかじりついた。唇に油の温度が伝わってくるが、彩葉はハフハフしながら何とか最初の一口を食べ終えた。
「……おいしい」
ソースはかけられていないが素材の味と下味だけで充分である。彩葉ははしたないと思いながらも夢中になって食べ続けた。
「見事な食べっぷりで」
「いえ、その……つい」
食べ終えると中野がそんなことを言ってきた。特に弁明するようなことでもないが、気恥ずかしさからか彩葉はつい中野から視線を反らしてしまった。いつの間にか中野もメンチカツを手にしていた。
しかしこんなところで中野に逢えるとは予想外であった。七海もこの商店街で出逢ったというから、もしかすれば自宅が近くにあるか、通り道なのかも知れない。
彩葉は先程考えていたことを話すため、中野が食べ終わるまで待つことにした。




